74話 新たな目的
ウィルは初めて端末に連絡がきたと端末を起動させると呼ばれたようだとウィル達は城に戻る。
ジェイルに会うためではなく、ある一室へと足を踏み入れる。
「すみません、お呼びだてして」
一礼で迎えたのはヨネアだった。
使用人ではなく白い服に着替えているヨネアは顔を上げる。
その顔は寝ていないのがよくわかり困り果てた表情だった。
広い一室にならぶベッドは綺麗に片づけられていて他に寝ている患者はいなかった。
アドルを除いては。
「貴様達か」
白いカーテンで間仕切りされた区画でウィルはダーナスに再会した。
口調は相変わらずだが表情を作るほど気力がなく気迫は一切感じなかった。
ベッドにはアドルが仰向けで静かに眠っていた。
嫌な予感がウィルに過ぎったが微かに胸が上下しており、最悪の事態ではないことに安心した。
「正直、安心できません。傷口は塞ぐことはかろうじてできたのですが、術式と体内のマナの流れがうまく作用しなくて時間をあけると傷口が開いてしまうんです。まるでマナ自体受け付けない感じで、こんなこと初めてです……」
ヨネアの表情から悔しさがにじみ出ていた。
噛みしめる唇から血が滲む。
「……待って」
ニーアは静かにアドルの胸に手をかざす。
その手に小さく紋章が浮かび上がる。
それはディアヴァロの召還の時に現れた紋章と同じものだった。
「ニーアちゃん、どうです?」
「うん、ディアヴァロも間違いないって。もっと早く分かればよかったんだけど体内のマナが暴れていたから分からなかったよ……」
二人をのぞきウィル達は理解が及ばなかった。
ニーアは手をかざすのをやめて一息つく。
「すみません。皆さんには説明していませんでしたね。この傷自体は特に問題ありませんが、打ち込まれた弾が問題のようです」
ウィルはその情景を思い出す。
アドルを撃ち抜いた黒弾、その瞬間を思い出すと何もできなかった自分に再び腹が立った。
「ふつうの光弾ではなく黒色。皆さんは覚えがありませんか?」
腹ただしさを除けるためにさらに記憶を探ると一つ、確実な心当たりがあった。
「ディアヴァロ……」
ウィルが呟くとヨネアは頷く。
「そうか、確かにお母さんの力場も貫通したって言ってた。それってディアヴァロの」
「テイクオーバー。むしろそれよりも中途半端にたちが悪いって」
ディアヴァロの言葉か、ニーアはそれをそのまま伝えた。
「ですよね。あの闘いでは問題なく治療できたので……」
「うん。ディアヴァロが言うにはね、自分の力の模造品のようなものだ。模造品であるが故にいつまでもその力が中途半端に残って体内のマナの正常化を阻害している。我ならばそのような醜い遺恨を残すようなことはしない、我の能力を持ってしても取り除くのは不可能。マナの位相相殺、ああ、マナを吸収、無力化する力を吸収すれば小僧、ううん、アドルのマナ自体も不可逆の影響を与えるだろうって」
ところどころニーア自身で訂正している箇所があったが、まるでディアヴァロが話しているような感じがしてウィルは妹に似合わない口調が気持ち悪く思った。
「そんな……どうしようもないのか……?」
ダーナスはすがるようにニーアの服を掴み膝を落とす。
ニーアは自分より年上のはずのダーナスの様子にやさしく手を添える。
再び瞼を閉じて、しばらくすると瞼を開けてダーナスを優しく見つめる。
「ううん、治癒力が阻害するマナさえも上回るほどの霊薬さえあれば、回復の土台はできるって」
すすり泣くダーナスは鼻を赤くしたままニーアを見上げる。
「霊薬……?」
ダーナスの瞳にはかすかに希望の光が灯る。
「まさか、エリクサーですか? 確かにそれなら……」
それに思い当たったのはオルキスだった。
だが、声は尻すぼむように小さくなり、眉をひそめて迷う表情に変わる。
「オルキス……それさえあればいいんだな!」
オルキスも同じ可能性に気付いたことでダーナスは今までの弱々しい感じから立ち直るようによろよろと立ち上がる。
その様子を見て言いにくそうにオルキスはダーナスとニーアを交互にみる。
ニーアはディアヴァロから聞いていたのか頷いてオルキスの言葉を待った。
「先に結果だけ言います。エリクサーを探すのは不可能に近いです」
先に結果だけを伝えたのはオルキスの気遣いでもあった。
余計な期待を持たせたくなかった。
「そんな……」
案の定、うなだれるダーナス。
結果を後に持ってくると余計にダメージが大きかっただろう。
「すみません……。ウィルさん達は前に聞いていたかもしれませんが、エリクサーは霊薬の中でも第一位の効力を発揮します。それこそ命さえあればどんな傷も癒すとも言っても過言ではない代物です」
「オルキスのおじいちゃんが聞いてたやつだよね」
レインシエルはオルキスが階段から転がり落ちた時に、正気かどうか確認するためにザラクが質問していたことを思い出した。
「はは……あんまり思い出して欲しくないですが……」
その時の失態はオルキス自身思い出したくないようで苦笑いを浮かべる。
ヨネアはエリクサーという霊薬に心当たりがあるようで記憶を探りながら話し出す。
「エリクサーは私もミディエラーとして勉強していた頃に書物で読んだことがあります。エリクサーの効果は奇跡と揶揄されるほどで、かつて錬成士の始祖マグナが考案し実現した奇跡の霊薬、その創製のーー」
ヨネアは過去に読んだ書物を頭に思い浮かべ読むように話す。
だが、そこで止まった。
気付いてしまったのだ。途端に歯切れが悪くなる。
「なんだ、言ってくれ」
ダーナスは既にこれ以上の絶望はないとヨネアを促す。
そしてヨネアは静かに、なるべくはっきりと口を動かす。
「創製の再現は不可能……」
その言葉がなんであろうとそのニュアンスは予想していたのだが、ダーナスはそれでも何度も何度もその言葉を頭で繰り返し納得させようとする。
だが途中で納得よりも疑問に行き着いた。
「不可能……? オルキスはさっき不可能に近いと」
それがただの優しさであるとは思っていたがダーナスには自分を納得させるためにきっぱりと答えが欲しかった。
ヨネアは自分の読んだ書物と違う言い方をしていたことに気づき、オルキスを見る。
「はい、わたしもそう思ってました。お母さんの日記を読むまでは」
オルキスは服の内側を探りオルティの残した日記を取り出す。
今では熊のかわいい装丁となっていたが、この雰囲気でつっこむ者は皆無だった。
オルキスはほぼ一回でそのページを開く。
「特S級の奇跡の霊薬、エリクサーの再現、始祖マグナの記述通りの素材で創製、成功したものの効果はエリクサー本来の力にはほど遠い。やはり記述以外のアレンジが必要だ。当時とは素材の質が悪いことが原因であると考える。二回目、夫に頼んで錬成台座の改良をはかる。マナの伝送、交換効率を20%向上させた。結果、概ね被験者は大きく再生したが、三日後に回帰し死亡。三回目ーー」
オルキスは日記をすらすらと読み上げる。
三回目、四回目と続いた。
「完成したと言っていいだろう、ルイノルドを対象としたがマナの正常化を確認。一週間様子を見たが回帰することもなく、まるで元気のいい子どもように飛び跳ねている。うざすぎるほどだ。それでも本当に良かった……。以降、詳細を記述」
オルキスは途中、ルイノルドの名前が出た時点でちらりと口を開けるウィルの顔を見た。
「死にかけてんじゃねえかよ……」
ウィルはルイノルドが出てきたことにも驚いたが、エリクサーを使うほどの瀕死状態だったことに呆れるのだった。
「ということはオルキスの母は創製に成功しているではないか! 不可能に近いとは確かに想像できないことはないが出来ないということではないんだろう!?」
黙って聞いていたダーナスは堰を切ったようにオルキスに詰め寄る。
オルキスはそれに物怖じすることなく手を前に出しダーナスを諫める。
「まだです。……素材は世界樹の樹液、マナクリスタル、創世の泉水、神世のかけら、オーロラ調合液。だが世界樹の樹液、創世の泉水、神世のかけらはもう採取不可能だ。ユグドラシルの扉は閉じてしまった。おそらく、私が最後のエリクサー創製者となるだろう。よって広められないものを公表できない。記録だけ残す。願わくば新たな光を見いだす者にこれを託されることをーー」
「……それはつまり完成品も創り出すこともできないって、諦めろって言うのか……」
ダーナスはふらふらと床にへたり込む。
オルキスは後悔するように目線をそらし自らの足下を力なく見つめた。
その場にいる全員が希望が完全にないことを察した。
ただダーナスに手を差し伸べるニーアだけを除いて。
「死ぬ覚悟があるのなら、一つの道を示そうって」
それはこの場にいない黒竜の言葉であった。




