72話 計画と矛盾する思い
ぶつぶつと俺の、俺がと小声で文句を言うジェイルを余所にアルフレドはそれを説明した
広域共同連合、リーベメタリカと名付けられるらしいが、古い言葉でリーベは反抗とか反逆、メタリカは運命共同体のような集まりを差す言葉をつなげたらしい。
ジェイルはそれも言うのかと高らかに宣言するつもりだったのか、さらにやる気を無くしたようにずるりと椅子から滑っていった。
対象はイストエイジア国はもちろんだが先の大戦時にアストレムリの属国となった国、イストエイジアと同じようにただ国としての形を保つに止まる小国群や独立自治領を範囲としある種の連合国のような位置づけとなる。
もちろん世界大戦にもなる戦争に与する国はほぼ存在せず、勝ち目がないと腰をあげる国はなかった。
それをひっくり返したのがイストエイジア国単独でのアストレムリ聖帝国に対して渡り合ったという事実だった。
勝利への可能性を示した電撃作戦と蒼の英雄と目される人間がイストエイジアに与したことはもちろん、主導するイストエイジア国による利害関係を無視した全面的な技術供与や貿易面での通商条約などでイストエイジアの自由への解放という大義名分が現実味を帯び、諸国がようやく腰を上げることに至った。
まだ現状の規模は大きくはないが、今後、属国領を中心に解放しリーベメタリカという広域共同連合に参加する条件はあるものの、支配国が変わるだけということはせず主権の復活を前提とするということもリーベメタリカ憲章なるものに追加するということも各国に対しては前向きに取られるものだった。
なにより解放を望む国にとっては好機であることは事実なのだ。
「ーーと長くなりましたが明日には共同声明を行う予定です」
アルフレドは咳払いをして一仕事終えたように椅子に座る。
「つまり、戦争する体制は整うのは分かるけどさ。俺は、いや俺たちは元々親父を追うっていう目的があるんだけど、正直そっちを優先したいんだ。別に必要があるなら協力はするけどさ」
ウィルは大きく頷いたあと、腕を組む。
そもそもの目的を失うわけにはいかなかった。
それに本格的な戦争なんて話にしか聞いたことがなく想像は容易ではなかったが、人が大勢死ぬということなによりニーアをそんな危険にはさらせなかった。
先ほどの件もあり口にはしないが。
「それももっともだ。それもーー」
しょげていたジェイルが腰の位置を背もたれ側に戻す。
「それももちろん考えてありますよ」
今度はメレネイアが口を開く。
またもや遮られたジェイルは再びずるずるとずり落ちていく。
「考えているというか、ウィルさん達の目的はこの解放戦争の勝利への大きな一因なのです」
「私ね」
すっと黙っていたニーアが立っているメレネイアを見上げる。
「そう。ニーアさんには巡礼、もとい楔の解放を急いでもらう必要があります。知っての通りあちらには嘘か誠かエファンジュリアを名乗り、少なくともその力を顕現させています」
「イフリーテだっけ」
レインシエルは話をちゃんと聞いていたようでセラの召還した炎を纏う竜の名を思い出す。
「楔の解放がエファンジュリアに対して召還の力を持たせるという意味ならば、彼女の目的も同じでしょう」
それは疑うことはないとウィルは思った。
だが楔の意味が本当にそれだけなのかと疑問はずっと残ったままだった。
そして、嫌な考えも思いついてしまい、思わず立ち上がってしまった。
「なあ、ニーアがディアヴァロとか召還できるようになったけどさ。これから他の奴も同じようにしてその力を戦争に使う、って事はないんだよな。もしそうならーー」
「ーーやめて、ウィル兄」
もしそうなら、抜ける。
その前にニーアに遮られる。
「なんでだよ」
きっとにらみつけるようなニーアにウィルは少したじろいだ。
「メルさん。旅は続けるし、必要になればこの力も使う覚悟もあるよ」
ウィルの質問にニーアは答えず、自分の考えをメレネイアに伝えた。
「……それはニーアさんに任せます」
メレネイアはかろうじてそう答えた。
そもそも強制するつもりも、それを戦争に使うことなど到底考えておらず、そうならないようにとジェイルとアルフレドと話していたのだが、それを伝えるにはニーアの意志の宿った目が強すぎた。
「……なんだよ、そんなこと許せるはずないだろ!」
それは俺の仕事だ。
人を殺すという罪は自分だけで十分だと思っていた。そんな覚悟をニーアに持たせたくはなかった。
そんなの抱えきれるわけがない。
ウィルは机を叩き大声で怒鳴った。
「ーーなんでウィル兄に許可をもらわないといけないのよ! いつまでも守られているのは耐えられない! 私も皆の力になりたいの!」
負けじとニーアも机を叩き、身を乗り出す。
いつもなら涙を浮かべていたニーアにはその様子はない。
ただその眼差しは強くウィルの心に突き刺さる。
「ーーっ、ふざけんな! それでお前が、お前がーー」
死んだらどうする。
その先を言おうとしたが寸でで止める。
その答えはウィル自身が決めることだったからだ。
「死なない。それはウィル兄が守ってくれるんでしょ」
急にトーンを落とし、ニーアはウィルが言おうとしたことを察していた。
「……」
ウィルの心中は穏やかではない、確かに守ると約束した。
だが、それはウィルにとって確実ではなくなるのではないかと今、改めて言い切れるのだろうか。
その迷いがウィルの返答を遅らせた。
「大丈夫だよ。ウィル兄だけじゃない。皆もいる。それにウィル兄を皆を私が守りたい。そのための力があるのに使わないのはそれこそ許せない。だから」
ニーアは自らの手をきゅっと握る。
その中に自らの決意を固く留めるように。
「ウィル」
レインシエルが心配ないと言わんばかりに力強く頷く。
ウィルは周りを見渡す。
誰もがニーアの決意を支持するようだった。
「なあ、ウィル。巻き込んだ俺が言えることじゃねえが、一人でなにもかも抱えると潰れちまうぞ。俺はお前じゃねえがこのままだとどうなるか目に見えてんだよ……」
ジェイルの言葉はとてもつらそうだった。
まるで経験してきたかのように悲痛な悲しみの感情がウィルに伝わる。
「いいのか……」
唐突に足の力が抜け、椅子にへたり込むように座る。
頭の中で自問自答を繰り返す。
何か心に違和感も覚える。どこかちぐはぐな置き去りになった感情と芽生えた別の感情が相容れないような。
ユーリは悩むウィルを見つめ続ける。
彼だけはまったく違う視点でウィルを観察していた。
「分かった。だけどそれは本当に必要な時だ。ジェイル」
ウィルはそう答えるしかなかった。
訴えかける様にジェイルを見つめる。
「分かってるよ。なるべくそうならないようにはそもそも考えてんだ。俺達のニーアへの願いはこれ以上のセへ力を渡さないように先にニーアに楔を解放してほしい。あいつを抑えることができればいい」
ジェイルはそもそもニーアの力を使う計画はないことを伝えた。
ウィルは分かったとだけ頷き、ニーアに顔を向ける。
「ニーア、俺が俺たちが守るから無茶だけはしないでくれ」
懇願するようにニーアを見上げるウィルにニーアはこくりと頷く。
「悪かった! 続けてくれ」
気分を切り替えるためにウィルは両手で自らの頬を叩く。
軽い音が場を切り替えさせた。
メレネイアはそんなウィルを見てアルフレドに目だけで思いを伝える。
アルフレドはメレネイアに軽く首を横に振った。
今後のそれぞれの行動方針を固める。
だが、一人、オルキスだけはどこか遠くにいるようにそれを眺めているだけだった。




