7話 手がかり
ひとしきり話を聞いた後、レインシエルは深々と頭を下げた。
「本当にごめんなさい! ニーアを守れなくて」
「いや、いいよ。少なくとも生きてはいるみたいだし」
ウィルは立ち上がると玄関へ向かう。
「どちらへ?」
メレネイアがレインシエルの頭を撫でながらウィルへと視線を向ける。
「ニーアを迎えに行く」
ただ一言、淡々とした答えだった。その行動に二人は戸惑いを隠せなかった。それはさも当然かのように何の迷いもないように感じたからだ。
「まだ外は安全ではありません。アルフレドから連絡もありませんし」
ウィルはその言葉で歩みを止めた。
「そう……ですね。そういえば、アルフレドさんとは知り合いですか?」
ウィルは一度深呼吸を行った。その姿を見て二人は察した。彼なりに余裕がなくなっていること、いち早くニーアを助けたいがために感情が置き去りになっているだろうことに。
「彼とは昔の友人です。村に着いたとき世話人から連絡がありました」
「ああ、駄賃を渡したのはそういう」
村に着いたときに駄賃を渡していたのは、到着の連絡と共にミュトスの一団が来ていることを掴んだのだろう。それにとっさの判断力とメレネイアとの連携はただの商人の枠を超えているのではないかとの思った。
「レイ、外を見てきてくれる?」
「わかった!」
元気良く返事をするレインシエルに優しく微笑む。一瞬だけエレニアを思い出しウィルは少しだけ寂しく感じた。
部屋にはウィルとメレネイア二人となり、それだけであたりは静まり返る。
「アルフレドさんはこの後どうするつもりなのか……」
ぼそっとウィルはつぶやくと、ずっとウィルの瞳を感慨深げに見つめていたメレネイアは感づかれないようにか、瞬きを数回し目線をそらした。
「そうですね。レイと一緒に戻るか、戻らないときはなんらかの連絡があるはずです。あの人は昔から連絡だけは確実でしたからね」
昔を懐かしむように遠い目をする。
「昔は何をしていたんですか?」
ふと気になって問いかけてみる。すると、メレネイアは何のためらいもなく話し始めた。
「レイが小さい頃までは、冒険者をしてました。主に魔物の討伐とか遺跡の踏破など依頼を受けて、それなりの知名度にはなったはずです」
ウィルは冒険者と聞いて胸がときめくのを感じたが、なんとなく表情には出したくなかった。
「へえ、つまりアルフレドさんとは昔の冒険者仲間だったってことですか?」
メレネイアは思い出すように上を向く。
「そうですね……いつもアルフレドとシアとジェイル……あと一人……」
あと一人と言うところで思い出せなくなったのか眉間にしわを寄せて考え始める。
「もう一人いたはずなんですが……」
「いや、無理して思い出さなくていいですよ!」
とても悪い気がしてきたのであわててとめる。ウィルの蒼の瞳を見たメレネイアがはっと気づく。
「そう!もう一人!ウィルさんと同じ蒼い瞳の男性と旅をしていたはずです。それ以上はごめんなさい。思い出せません」
そこでウィルの思考はとまった。
「蒼……?それってルイノルドってやつじゃないですか……?」
唐突に現れた手がかりにウィルは困惑し父親を奴呼ばわりしたことにまったく気づかなかった。
「ルイノルド……。そうと言われればそんな気がしますし、そうじゃないような気もします。すみません。だいぶ一緒にいたはずなのにどうして思い出せないのか……今度アルフレドにも聞いてみます」
はずれだったか……。そもそもこっちでは蒼い瞳はそんなに珍しくはないのかもしれない。
「そうですか……すみません。父かと思ったのですが人違いかもしれません」
「そういえばどうして浜辺に?」
そういえばここに来た理由をまだ伝えていなかった。ちょうどその時、レインシエルが帰って来た。
その手には小型の端末が握られていた。
「もうミュトスはいないみたい。村長から預かったよ! アルフレドさんが置いていったって!」
話を聞くと、ミュトスの集団はそこまでウィルやアルフレドに執着がなかったらしい。それよりも優先すべきこととは、
「ニーアか」
結論はそこだ。とりあえずアルフレドの残した端末をメレネイアは起動する。相変わらずどうやっているのか理解しがたいが、もうあきらめた。
先ほどと同様、文字が浮かびあがる。
---認証……アクセス許可のユーザを確認しました。
そんなメッセージの後、表面に浮き出た文字をメレネイアが読み上げる。
『旧友との会合場にて待つ。エファンジュリア神託祭の日まで』
ウィルにはさっぱりわからなかったが、メレネイアの表情は固いものだった。
「アル……あなたはどこまで……」
小さくつぶやいたあとメレネイアはウィルに向きなおる。
「ウィルさん、明日、聖王都へ出発します。とりあえず今日はお休みください。詳細は明日お伝えします」
「……わかりました」
なんとなくだがメレネイアの声色に固さが感じられ、聞きたいことはあったが押し黙ってしまった。
エファンジュリア神託祭という言葉に聞き覚えはないが、ニーアに関することというのは容易に想像できた。
その日は夕食が振舞われた。いわば家庭の味でスープもメインの肉料理もどこかエレニアの味を思い出すのだった。客間を用意してもらい早々に寝床につく。しかし、妙に目が冴える。小窓の外からは虫の鳴き声が心地よく演奏を奏でていた。
部屋を出て外の風に当たる。日中の暑さはなくなり、気持ちの良い風が流れる。ウィルは近くの岩場に寝転がり空を見上げると、そこには満点の星空が広がっていた。こちらの気持ちに関係なく広がる美しい蒼の光の粒子にウィルの心は澄んでいく。
やはり空は好きだ。どんな気持ちでもどんな時でもこちらのことなどどうでもいい感じで空は表情を見せる。だからこそ悩んでいる時などに空を見上げると自分の悩みはちっぽけに思えて、心に余裕がでる。
それもあるし、ただ単に大空が好きなだけというのもある。
「こっちもきれいだな……」
きらきらと輝く星をなんとなく見ていた。
「あちゃー先客がいたか」
突然の声に体を起こすと、レインシエルが岩場を登ってきていた。
「どうぞ」
ウィルは横にずれてスペースを空ける。レイは特に遠慮もなくウィルの横に座った。ウィルも不思議と嫌な感じはしなかった。
「あたしも空好きなんだ」
そう言ってレインシエルも空を見上げる。その横顔を見ていると不思議と空と同じく落ち着くような感じがした。それは図らずもお互い同じ気持ちだった。それから眠気が来るまで特に会話もなく一緒に過ごした。




