68話 喧嘩
外では喧騒が聞こえるが、逃走中とは思えないほどの静寂がウィル達の場を満たしていた。
「……どういうことかと聞いてる!!」
剣を構えたダーナスは再び語気を強めて向かい合うアドルを睨む。
「どういうことかなんて、言わなくても分かるだろ?」
アドルの口調は穏やかだった。
そして、頭を覆う兜を外す。
瞳よりも薄い、白みを帯びた淡い百緑の髪が空気に触れる。
「そんなことを聞いているわけじゃない……!」
顔を晒した意味をダーナスは否応無く理解する。
アストレムリ聖帝国からの離脱。アストレムリの兜を脱ぎ去り、ウィル達の先頭に立つ姿は客観的には敵と見なされても構わないという意志を受け取った。
「ダーナス! お前が俺と同じくこの国のあり方に疑問を持つのなら、俺と一緒に来い!」
アドルは腕を差し伸べる。
ダーナスは目を見開き、たじろぐ。
「兄さん、あなたは……」
ダーナスは剣を持つ腕をゆっくりと下ろす。
俯くダーナスにアドルは妹がこちらに着くと確信して一歩踏み出す。
だが、俯くダーナスは徐々に顔を上げていく。
だらりと下がった腕は再び剣を握る力を強めていく。
「あなたは……いつも、いつも勝手に決めて! 私のことなど考えてないんだ!!」
ダーナスは再び剣を構える。
その瞳に涙を溜めきれず頬に流れ、床へと落ちる。
「……私は聖帝直属ミュトスが一員、ダーナス・ベル! 国に、エヴィヒカイトにこの命を捧げると誓った! 世界に仇なす大罪人に与するならば、今この時を持ってアドル・ベルもその一員とみなし断罪する!!」
ダーナスの一歩は歩み寄りの一歩ではない。
目の前にいるアドルに切り込むための踏み込みだった。
「アドル!」
ウィルは思わず叫ぶ、明らかにダーナスの切り込みが早くアドルはまったく準備ができていなかった。
成り行きを観察してこの事態を予測していなかったユーリも出遅れる。
「仕方ない」
その斬撃はいとも容易く受け止められた。
ウィルにはなにが起こったかわからなかった。
腰の剣はいつの間にか鞘だけとなり抜かれた剣はダーナスの振り下ろした縦の一撃を受け止めていた。
「久しぶりに兄妹喧嘩でもするか」
アドルは涼しい顔でダーナスの剣を押し返す。
ダーナスは後方へ距離を取る。
「なにをふざけたことを!」
ダーナスは怒りに身を任せ再度、攻撃に移る。
息つく間もない連続攻撃、しかし、それら全てを剣でアドルは捌ききる。
鍔迫り合いとなり、両者にらみ合う。
「ウィル、行け! ここは任せろ!」
アドルはダーナスと向き合ったまま、叫ぶ。
加勢したいのはやまやまだったが丸腰のウィルにはそれが余計だと理解していた。
ユーリはウィルに頷く。
ユーリの目的はウィル達の救出、それは何よりも優先すべき事項だった。
「すぐ迎えに行く!」
ウィル達は弾かれるようにダーナスの脇を走り抜ける。
「行かすものか!」
ダーナスは一旦、アドルとの距離を空け、抜け出るウィル達を抑えるべく目標を変える。
「甘い」
専守防衛に徹していたアドルは距離を一瞬で詰め、ウィル達の間に割り込みその攻撃を受け止める。
「くっ……」
間に入り込まれては、手出しできない。
目の前の敵を無視できるほど甘くない相手だとダーナスは誰よりも理解していた。
ウィル達の後ろを行くニーアとダーナスは目が合う。
それは敵意ではなかった。
その瞳はダーナスへの慈愛のように優しく感じた。
その刹那でさえダーナスは思わず引き込まれるような感覚が襲った。
イストエイジアでは力なくへたり込んでいた少女の変わりように寒気がした。
子どものころに出会ったエファンジュリアとの記憶と重なる。
身分に関係なく優しく分け隔て無く無垢の愛を差し伸べる姿の記憶と一致する。
この短期間になにがあった。
なにがあの子をそこまで変えた?
どうしてあの人と同じ眼で見る?
答えは考えなくとも分かることだったがそれを今受け入れることは許し難く思えた。
「よそ見は禁止だ」
「しまっーー」
一瞬ではあったがその隙をアドルは見逃さなかった。
力が抜けた瞬間、剣を思い切りはじき上げられ胴体ががら空きになる。
無防備な鳩尾にアドルの掌底が打ち込まれる。
「がはっーー」
鳩尾に思い衝撃が突き抜け後方に転がりうずくまる。
立ち上がろうと体をよじり転がった剣をつかみそれを軸にのろのろと体を起こす。
「……甘いのはどちらだ。簡単に切れただろうに」
左手で腹を押さえる。
内容物をなんとか胃に留め、意識を失わないように気張り剣を構える。
しかし、その剣の重さを支えることすら困難で振り上げることは不可能だった。
「どうして……その力を国のために使わないの。もっとふさわしい場所があるのにどうして……」
分からない。
ユーフェリアン・ガードに匹敵する実力があるのに相応の場所に収まろうとしないのか。
やっと本国に帰ってきたと思ったら城内の常駐兵を選び何故、前に出ようとしないのか。
教えてくれ、教えてよ。
アドルの後ろの発着場の扉が粉々に吹き飛ぶ。
小型の飛空挺に積まれた魔砲弾によるものだった。
アドルは後ろに低空で待つ飛空挺に顔を向ける。
「急げ!」
ウィルは飛空挺の乗降口を開けてアドルを呼び込む。
「ダーナス」
アドルはダーナスに駆けより腕を伸ばす。
「来るな! 私はそっちには行けない!」
渾身の力を振り絞って差し延ばされた手を払う。
「……ごめんな」
アドルは拒否を受け入れず無理矢理、ダーナスの腕を掴み引っ張り上げる。
力を出し切ったせいか再び振り払うことはできなかった。
だが走る余力があったことに驚きだった。
心の底ではそれを望んでいたのだとダーナスは自分を省みる。
壊された扉を抜けると正面から風が吹き付ける。
しがらみも地位もそぎ落とすような清々しい風だった。
「ダーナス!」
ウィルの手はダーナスの腕を先に掴む。
アドルは妹を優先させ飛空挺へと押し上げる。
ニーアとレインシエルもダーナスを引き上げるため服を掴み引っ張り上げる。
引っ張り上げた後、別で助けられたであろうオルキスが中に引き入れる。
「アドル!」
次はアドルだとウィルは手を伸ばす。
アドルは力強くその手を取る。
「撃て」
無慈悲な声の合図は扉から現れた一団の後ろに控えていたガーライルからだった。
合図と同時に白装束の一団は一様に右手首にはめられた腕輪をかざす。
紫の紋章が起動して光弾が一斉掃射された。
「私が!」
メレネイアはグローブの力を発現させ不可視の壁を作る。
「このまま行きますよ!」
操縦席に座るアルフレドが知らせると同時に飛空挺は急ぎその場を離れる。
寸で目の前に光弾が炸裂する。
直撃は免れても衝撃が襲う。
ウィルはなんとか掴んだ手を離さないでいた。
爆煙の中、不敵に笑うガーライルに、それに紛れて他の光弾とは違う漆黒の弾が打ち出されていることなど気付くわけがなかった。




