64話 終着点
イストエイジアの情勢の変化などウィルには知る由もなく。
未だジェイルの裏切りを恨めしく思っていた。
やがて、兵士の足音が死への秒読みのごとく牢に近づいていた。
「おめでとう。即時死刑が決まった」
ウィルは牢に入れられて3日で宣告を受けた。
うつろな目でフルフェイスで表情の伺えない兵士を仰ぎ見る。
日の光の入らない牢にいて時間感覚も失い、それなりにひどい待遇を受けた。
それでも動けるのはユーリの助けを信じているからだった。
乱暴に立ち上がらされ牢からでて処刑台へと向かう。
無情にも久しぶりの空は雲一つない快晴だった。
「イストエイジアがミリアンへ進軍したようです」
皇帝の謁見の間で将軍ジオニトラは跪き伝令からの情報を報告する。
「確かに今ならばミリアン攻略は容易いだろうな。名ばかりの王がようやくそれらしくなったか」
皇帝、聖帝とも呼ばれるディエバは玉座にて報告を受ける。
その表情は楽しそうに口角がゆるんでいた。
聖帝国にはジェイルの宣言についてはミリアンへの宣戦布告と情報が流れていた。
それがケインによる情報操作によるものであるとはこの場ではたどり着くことはなかった。
ただ一人を除いて。
「父上」
謁見の間に一人の青年が姿を現す。
「グレイ、帰ったか」
「これはグレイ様、ミリアンからこんなに早く帰ってこられるとは」
ディエバは息子であるグレイの帰還を喜んだ。
中心で分けられた長髪をなびかせ立ち上がる。
「はい。ミリアンはもう任せても良いと判断したので」
将官用の白を基調とした服装に身を包み、一礼する
グレイ・ユーフェル。
父と同じ焼けたような茶髪ではなく、絹のような白髪は右側だけ結い込んで後ろに流しそれ以外は綺麗に整えられていた。色白で華奢な体躯は剣を振るうタイプの将ではないことを物語る。
灰色の目をまっすぐに王へと向ける。
感情の見えない眼差しではあったが、ディエバはその目を見なかった。
「それと報告は私にも届いておりますが、イストエイジア方面への我がオルゲン騎士団を展開させておきたく存じます」
ディエバの反応を待つことなく涼しい顔で進言する。
「我が息子の言葉を疑うわけではないが、何故だ? 奴らはミリアンとの戦争だろう。警戒こそすれば主力戦力を削くことに意味があるのか? それに平和ボケした奴らの軍事力などたかが知れているではないか」
「イストエイジアと蒼の一派は深い関係にあります。蒼の死刑を前にミリアンに進軍するのはいささか疑問であります。軍事に疎い国とは長らく知れ渡っていることではありますが、外れたならばそれはそれ、オルゲン騎士団以外の大したリスクはありません。ただ念のために」
淡々と自らの意見を述べる。
ディエバはその意見を少し間を起き、今度はグレイの目を見つめる。
うむ、と大きく頷く。
「良い。好きにするといい。神眼と称される我が息子のことだ。それを止める理由などない」
「は、ありがとうございます。早々に準備し出立します」
グレイは一礼してその場を後にする。
「グレイ様も立派になられましたな。わずか18の齢で戦術戦略ともに私どもより一手も二手も先にいっておられる。盤上の軍戯のように俯瞰で捉えるような知略はまさに神眼そのものですな」
ジオニトラはグレイの後ろ姿が見えなくなると賞賛を述べた。
「うむ。母を亡くすまでは子どものように甘ったれではあったが、よく成長したものだ」
ディエバはかつての今では面影すらない息子を思い出す。
どこか恐ろしささえ感じるその成長に父として嬉しく思うのだった。
「どうだった?」
謁見の間の外でグレイを待っていたグレイより五つほど年上の赤銅色の短髪、その男が剣を軍服に携えた剣の柄に手を置き、壁にもたれ掛かっていた。
くつろいでも見えるが隙など一切なく半ば無意識に周囲への注意は怠っていなかった。
「父上が私を疑うことなどないさ、サーヴェ。オルリが不在で助かったのは事実だが、付き合わせてすまないな」
サーヴェと呼ばれた男は肩をすくめる。
「気にすんなって、お前の道は俺の道でもあるんだ。遠慮しなさんな」
頭一個分高いサーヴェをグレイは見上げる。
「ああ、ありがとう。彼らを最大限利用させてもらうさ」
グレイにとって唯一、本心をさらけ出すことの信頼の置ける人間。親友とも呼べる男に笑顔を向ける。
母上、もう少しだよ。もうすぐ精算の時がくる。
その歩く姿は力強く差した日の光にもその目は眩むことなく、オルゲン騎士団の駐屯地へと向かうのだった。




