60話 未来無き旅路
かつてウィル達が黒竜ディアヴァロを討伐したエイジアへと続く道。
領主ディファルトは私兵を集め、望まぬ英雄の到着を門で待っていた。
「ウィル殿、こんな帰りは望んでいなかったぞ」
土煙が近づいてくるのを見て悲しそうにつぶやく。
「ウィルさん……」
傍らには無理を言ってついてきたティアが控えていた。
両手を胸の前で組み心配そうに待っていた。
ディファルトは今ここで反旗を翻しウィルを奪還したらどうなるだろう、とも考えたがまずありえないとそんな妄想は消し去る。
王の意向には沿わなければならない。引き渡しをつつがなく行えとのケインを仲介とした命令もあった。
この場ではアストレムリ、世界にいたずらに恐怖をもたらした罪人として対応する。
馬車が止まると兵士は武器を持つ手に力を入れる。
「降りろ」
ダーナスの呼ぶ声でウィルは暗闇から瞼を開けた。
ダーナスは最初のころと変わらず、目つき鋭いミュトスの組織員としての顔となっていた。
うつらうつらとニーアとレインシエルは続き、ダーナスが先に降りニーアに手を差し出すがニーアはびくついてウィルになんとか手伝ってもらっていた。
ダーナスの一瞬見せた複雑そうな表情はウィルにだけは分かっていた。
「なんと整備のなっていない道か、腰が痛いわ」
悪態をつきながら別の馬車からグエンが降りてきていた。
それを手伝うものなど誰もいなかった。
「ダーナス殿。道中の護送ありがとうございます」
ディファルトはダーナスに腰から頭を下げる。
「出発の時も言いましたが、貴国とは友好的に接したい。あまり畏まりすぎないでくれ」
「なにぶんそういう質でしてね」
ディファルトは顔を上げて連れ立ったウィルを見やるが言葉はかけなかった。
ウィルは関わりを持っていたことを感づかれるのがまずいのだと思い、目線だけ向けるに止めた。
「お連れしろ」
街を通る道中には兵士以外に人はでていなかった。
殺風景、殺伐にも思える街は最初来たときの活気はなかった。
「貴様達はこのあとミュトス所有の機空挺[ケイオス]に搭乗し、アストレムリ聖皇国へと移送される。収監されるのはユベラネイム収監施設だ。脱獄など考えることなどできないほどの堅牢な施設だ」
ダーナスは今後の予定について通告する。
「ほう、噂には聞いていますよ。ユベラネイムとは。それにしてもミュトスとはアーティファクトの開発研究機関と聞いておりましたが、このような政治的な活動もあなた方の職務なのですかな」
ディファルトは涼しい顔でダーナスを横目にミュトスの活動範囲を聞く。
「それに関しては人員不足のための緊急的処置です。本来はこのような外交的な仕事はしません。ですのであくまで今回限りとご認識を」
ダーナスは台本を読み上げるようにすらすらとその理由を述べる。
その歩みにも表情にも一切のゆらぎはなかった。
「なるほど、承知しました」
ディファルトは深く頷き、それ以上聞くことはなかった。
桟橋には大きな船が一隻だけ占領していた。
船の上部にはマストはなく見張り台がそびえていた。
縄や碇が降りている様子もなかったが安定してとどまっているようで、船に近づくにつれてその船横を見ると、ウィルには見覚えのある形があった。
「推進機構……」
つぶやいたそれは故郷ベハーブで兄ハクトが乗船していた船と同じ巨大な扇状の装備が取り付けられていたことに気づく。
誰もその機構について疑問はなく、むしろ当たり前のことを言うなというようにダーナスは呆れた表情を見せる。
「ベル隊長。準備は整っております」
フードを外したダーナスと同じく白装束の女が胸に手を当てダーナスに頭を下げる。
「ネイシャ、ありがとう、いや、ご苦労」
「副隊長として光栄です!」
顔を上げると、短く切りそろえ輪郭に沿うような丸みがかった薄桜色の髪が軽く揺らぐ。
その瞳はきらきらとダーナスを見つめ労いの言葉がよほど嬉しいのかにやけ顔が抑えきれないようだった。
それを死んだ魚のような目で見ているウィルに気づくと、一転して虫けらでも見るような見下した表情へと変わった。
「隊長に余計な面倒かけさせやがって、恥を知れ」
頼んでないことに何の恥を知れと言うのか、とウィルは思ったが、面倒な奴ということは分かったので言い返す気力すら今は沸かなかった。ニーア達はむしろ聞こえていないのかずっと下を向いていた。
「ネイシャ、ほどほどにしろ。失礼、ではディファルト殿、これより引き渡しを完了するが、異議はありませんね」
ダーナスがやれやれといったようにネイシャを諫めるとネイシャは大人しく頭を下げた。
ダーナスがディファルドに向き直ったところで、お前のせいで、とネイシャは眉を歪ませとんでもない目力で睨みつけた。
こいつとは容赦なく戦おう。
訪れるかもわからない展開だったが、ウィルは迷い無く決意した。
「異議などございません。ただ罪人といえどその決が取られるまでは人道的な扱いをしていただけますと、私としても後味が悪くないのですが」
ディファルドはウィル達を心配そうに眺めるとダーナスに頭を下げる。
「もちろんそのつもりだが、ディファルド殿に敬意を払いより徹底させよう」
「ご配慮痛み入る」
ディファルドはダーナスにもう一度頭を下げると、目線だけウィルに向ける。
「もしなにかあれば協力する所存です。一領主としては差し出がましいようですがあなたとはまたお話したく思う」
「休暇の際には必ず寄りましょう」
ダーナスはその申し出に快く応じた。
和らいだ声は社交辞令ではないことをディファルドに感じさせた。
ウィルはその言葉が自分自身にも向けられていることにも感づく。
ディファルドはその時がくれば救出の助けを出してくれる。ウィルと再会するという決意を感じた。
そう思いたかっただけかもしれないが。
「彼らを牢に入れろ。国の誇りに恥じぬように徹底しろ」
「はっ!」
白装束ではない兵士達も覇気を込めて敬礼する。
その言葉の通り、丁重ではなかったが丁寧に扱われ牢へと入れられた。
ウィルは一人、ニーア、レインシエルは同じ牢へ、オルキスに至っては境遇を考えられダーナスの命によりましな一室を与えられた。
牢とはいっても環境が悪いわけではなく掃除は行き届いていて備え付けのベッドは多少固かったが問題ではなかった。手錠も外され身の自由も確保されていた。
元の用途は船員の懲罰用の牢なのだろう。
もちろん見張りもいて脱出など不可能ではあった。
幸いにも小さな小窓があり外の様子みる事と風を感じることができた。
「今より出航するぞ!」
どこからかダーナスの大声が響いた。
しばらくして微かな振動が起きる。
「信じらんねえ……」
ウィルは外の景色の変化と体が重くなる感覚に驚いた。
眼下にあった海の景色はみるみるうちに遠ざかり、船が浮いていることを信じざるを得なかった。




