6話 友達
ウィルはその特徴的な耳を凝視する。それに気づいた彼女は髪で耳を隠した。
「失礼しました。私はメレネイア・エル・アインツェルと申します。メルとおよびください」
仰々しくお辞儀する彼女につられてウィルもお辞儀を返す。
「ウィル・S・リベリです。なんか助けて貰ったみたいでありがとうございます」
お礼を聞くとメレネイアは首を振る。
「いえ、元はと言えば、私が悪いのです」
「と言うと?」
メレネイアは地下水路を歩きだす。ウィルもそれに続く。
「詳しくは私の家についてからにしましょう」
地下水路の一角で上に伸びるはしごをあがると地下室へと出てきた。
「ここをあがれば一息つけます」
結構な距離を歩いたので、おそらく村のはずれの家だろう。階段を上りきった先に木製の扉があった。
3回、1回、2回の順でノックする。少し間が開いたあとギシっと音を立て扉が開いた。
そこには見知らぬ少女が不安そうな目のあとメレネイアを見てその表情は輝いた。
「お母さん!」
その少女はメレネイアを母と呼んだ。
母と呼ぶには若すぎないか? メレネイアは娘を抱きしめながらはっと気づいた。
「私はエルフですから若く見えるのですよ。そんな顔しなくてもこの子は15歳です」
さっきまで見せなかった優しい笑みを浮かべメレネイアは娘の頭をなでた。ひとしきり待った後、母と娘はウィルに向き直って深々と頭を下げた。
「ごめんなさい!あたしがあなたを通報したばっかりに……」
「とりあえず顔をあげてください」
そう言われて顔を上げた二人、燃えるような紅い髪で、母と同じ紅い眼に大きな涙の粒を溜め流していた。
椅子に座り少し落ち着く、落ち着いて大丈夫なのかと心配になったが、認識阻害のアーティファクトが働いているらしい。それによって存在はするものの周囲からは気づかれないといった便利装置らしい。
もうなんでもありだなとウィルは詮索するのも半ばあきらめかけていた。
「あたしはレインシエル・G・アインツェル。レイと呼んでください。」
改めて挨拶を受ける。メレネイアに似て礼儀正しいようだ。
「いやいいよ、敬語使わなくて、俺はウィル・S・リベリ。ウィルと呼んでくれてどうぞ」
「そう? じゃあウィル。よろしく!」
「お、おう……」
急な切り替えの早さに多少戸惑う。どうやら素は普通の女の子らしい。服装も膝丈の藍色のスカートと白のブラウスに紺のカーディガンで女の子っぽい。ニーアと気が合いそうだ。
「ほら、あなたの口から説明しなさい」
メレネイアが促すと、レインシエルは重々しく口を開いた。
「あなたが砂浜に倒れていたとき? ニーアはそこにいたの」
「ニーア!?」
思わず席を立ちそうになるがかろうじて座りなおした。
「そう、あなたの妹ね。最初にあなたたちを見つけたのはあたしなの」
レインシエルは記憶を探りながら言葉をつむいでいった。
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その日、レインシエルはいつものように朝の散歩に出かけていた。海は穏やかで心地よい風がレインシエルを撫でる。
ふと見慣れない塊が砂浜にあることに気づいた。近づくとそこには女の子が何かの隣に座っていた。
その何かはピントが合わないかのようにぼやけて見える。それにいいようのない不安と恐怖に駆られる。きっと表情にも出ていただろう。あれが人間だったと気づいたのはあれが運ばれてからしばらくしてだった。
「あなた、誰?」
レインシエルはその少女に問いかけた。もう彼女にはその少女しか見えていなかった。
「……ウィル兄を助けて」
こちらに気づいた少女は問いに答えることなく、兄のことを口にした。人が現れたことで安心したのか少女は気を失った。
急いで村に戻り大人を呼びに戻る。そこには巡回に来ていた国の兵士も2人ほど同行した。
しばらくして大人たちが少女を村長の家に運びこみベッドへと寝かす。その時初めてもう一人は兵士が連れて行ったと聞いた。誰もそれ以上そのことには触れなかった。レインシエルも同じで不思議となんの興味も湧かなかったのだ。
第一発見者としてか、自分とそう変わらない年頃の少女だったためか、彼女の目覚めを横で待ち続けた。
次の日の朝、彼女は目を覚ました。体を起こした少女を美しいとレインシエルは感じた。
「ウィル兄は!?」
はっと気を取り戻したその少女はまず兄のことを投げかける。
「わからない。あなたは一人だったよ」
自然とそんな言葉を口にしていた。事実このときもう一人のことなど記憶になかったのだ。
「そうなの……」
あからさまに意気消沈した様子に、何とか元気付けようと、軽食と交え少女のこと、自分のことを話した。
ニーアと名乗る少女は、海の向こうから来たと信じられない話を始めた。それを聞いていた周りの大人は、口々に瘴気に当てられたのだと気の毒そうにしていた。
三日間、ニーアと共に話すうちに友達と呼べる関係になった。エルフの純家系であったレインシエルには同年代の友達がいなかった。嫌われているわけではなく、ただ血の薄いほかの彼らには敬意と共に畏れがあったため近づきがたい存在であったのだ。
そんな中、自分がエルフの血統であると伝えてもむしろ目を輝かせて、まったく態度を変えなかった。そのこともあり友達関係は急速に出来上がっていった。
更にその翌日、楽しい日々は唐突に終わった。村長の家に彼らがやってきたのだ。白装束の集団。
聖帝直属の組織”ミュトス”
名前だけ知られているその組織は実のところ実態はまったくつかめていない。表ではアーティファクト関連の開発機関というところだが、裏では諜報活動や軍事工作など裏の噂も聞こえていた。
そして、彼らは礼儀も何もなく無作法に部屋に入り、ニーアに青っぽい欠片のような石がはめられたブローチをかざした。暗く沈黙していた石は淡く蒼く煌いた。
その瞬間、白装束の彼らはひれ伏したのだ。
「え? なに? なんなの?」
ニーアは助けを求めるようにレインシエルに目線を向けるが、レインシエルも周りの大人もまた状況がまったくつかめていなかった。
「あなたを迎えに参りました。次代の神の巫女様」
ブローチをかざしていた男がひれ伏したまま言った。
聖地にて大陸を覆う結界を維持する巫女。実際に見たことはないが、巫女は聖地にて祈りをささげている存在だ。国を越え、この世界そのものの神聖なる存在として人々から崇められている。
そのエファンジュリアの後継者と言うのだ、この男は。
帝都に連れて行くとするミュトスに逆らえなかった。それはもちろん聖王直属という巨大な権力のためだ。逆らったところで意味もないし、ヴィオレ村が消滅することは目に見えていた。だからこそ周りはそれを受け入れる。ましてや特に思い入れもない少女だ。
だが、レインシエルだけは違った。
「まって! 連れて行かないで!」
何の別れの時間もなく連れていかれそうになるニーア。ニーアも異質な恐怖に駆られ抵抗を続けている。
「何よ! 離して!」
そんなレインシエルに勇気をもらったのかニーアは声を振り絞る。
「困ります。あなたのためなのです」
無表情で答える白装束はかまわず腕を掴み引っ張っていく。その時、レインシエルは引き離そうと間に入り腕をはがすため掴みかかる。瞬間、白装束の男の顔つきが険しくなる。
「……触るな!」
振りほどかれ、尻餅をつくレインシエル。男は細剣を抜き放ち、レインシエルに突きつける。
「ひっ……!」
ぎらりと光る剣に恐怖が抑えられなかった。剣そのものではなく死を伺わさせる気勢故だ。
「お前という存在が邪魔ならば、抹消してしまえばいい」
にやりと不敵な笑みを浮かべ、剣を振り上げ、振りぬかれようとした。
「待って!」
その剣とレインシエルの間にニーアは滑り込んだ。振りぬかれようとした剣は鞘へと戻された。
「行くから。行くからなにもしないで」
その目には恐怖は浮かんでいなかった。ただ強い意志を宿した青い瞳は白装束の男を映し出す。
「……かしこまりました。」
無表情に戻った男は、剣を鞘へと戻した。
「ごめんなさい……、あたし……」
泣きじゃくるレインシエルにニーアはしゃがみこみ頭を撫でる。
「大丈夫。きっとウィル兄が助けにきてくれるから」
初めて触れたその手のぬくもりにレインシエルの記憶がはっきりとする。ウィル兄……ああ、あの時隣にいた男の人だ。もやがかかっていたその景色を再生する。ちょうど恐怖の表情を浮かべたときに目が合った気がする。光が差し蒼い宝石のように煌く瞳が特徴的だった。
そして、ニーアは白装束の後に続いて扉を出て行く。最後に覚えているのは、振り向き優しく微笑む姿だった。
それから数日後に、蒼い瞳の少年が村に来たとの知らせを聞いた。その情報は等しくミュトスにも知れており、彼らは村長を脅し捕縛しようとしていたのだ。ウィルを大罪人として取立て処刑するために。
皆が従う中、一人だけ、レインシエルの母だけが娘のためにウィルをここまで連れてきたのだった。彼がきっとニーアを救い出してくれると信じて。