59話 ダーナス
手錠は後ろ手から前に移動したものの満足に動けるわけではなかった。
横にいるニーアを見ると疲れ切ったようにすこしやつれて見えた。
精神的にもだいぶ来ていることは簡単に分かっていた。
ウィルは楽観的な考えとユーリの助けを信じていた。それをレインシエルも含めて伝えたかったが監視の目もあり叶わなかった。
レインシエルはずっと格子に遮られた外の景色をぼーっと眺めていた。
今こそ無駄に元気なレインシエルで居て欲しかったが、母の別れのショックもあるのだろうしウィルは声をかけることもできなかった。
隅でリュックを抱え俯いているオルキスにはこれからの恐怖のせいかずっと突っ伏したままだった。
それならばと、目の前でずっとウィルを刺すような視線で睨んでいるダーナスへと目を向ける。
当然、すぐに目が合う。
逸らしたくはなるが暇つぶしがてらということもあり、見つめ返すことに決めた。
「……」
「…………?」
「………………なんだ」
流石に耐えきれなくなったのかダーナスは目つきはそのままに見つめ返してくるウィルに苛立つ。
勝った。
と、どうでもいい勝利の喜びを心に秘めると、なんとなく気持ちが楽になった。
「いや、ずっと見てくるから疲れないのかと思って」
「言っただろう、監視と。どうでも良いことを喋るな」
ダーナスはぶっきらぼうに答える。
その態度さえ無ければ美人なのに、とは殴られそうだったので口にするのは辞めておいた。
「なんだって言うから答えただけ」
ウィルは身動きしにくい状況の苛立ちもあり、あざけるようにダーナスへ言う。
「減らず口を叩くな。罪人が」
その煽りは受け止められず、腕を組んで睨みつけられた。
「さーせん」
「こんな奴がユーフェリアン・ガードと渡り合ったなど、やはり信じられん」
ウィルはわざわざ話のネタを出してくるダーナスが天然なのかわざとなのかは分からなかったが、その話を広げることに決める。
「ユーフェリアン・ガード? ああライアンだっけ。あのでかい人」
ウィルは思い出す。エヴィヒカイトで戦った大剣を震う巨漢の剣士。
どうやら渡り合えたということがそれなりにすごいようなことだったらしい。
「不敬な発言は控えろ。……あの方と渡り合ったのは確かなのか?」
若干聞くのが嫌そうにして威圧感はその質問に限っては消えていた。
ウィルはダーナスがそんなに悪い奴ではなく、仕事に徹する、つまり馬鹿まじめな人間なのかとも思い、敵意を向けるのは控えた。
何より話し相手を失いたくはなかった。
「正直言うと渡り合えたというよりは手加減されて戦いをわざと延ばしてた感じはあったよ。たぶん本気を最初に出されてたら死んでたな」
ウィルは素直に当時の戦いの感想を述べると、ダーナスのつり上がった目が意外そうにまるまっていた。
ウィルはその様子を眺めていると、ダーナスは慌ててまた睨むような目つきへと戻す。
「いや、ずいぶん神官共から聞いていた悪魔のようなイメージと違ったのでな。嘘八百並べるようなら足でも折ろうと思っていたところだった」
「悪魔ってなんだよ……」
恐ろしいことをさらっと言うダーナスに苦笑いを思わず浮かべてしまった。
どことなくダーナスからの敵意も和らいだかのように思えた。
何より目つきが多少は緩和していたからだ。
その空気を無意識に感じ安心したのか、いつの間にかウィルの肩にニーアの頭がもたれ掛かっていた。
よくよくレインシエルを見ると格子に頭を寄せて眠ったようだった。
オルキスも少し耳を澄ませると寝息が聞こえていた。
「ごめん、ちょっとだけ許してくれ」
ウィルは眠ったニーアを起こしたくないと申し出た。
「別に構わない。今この時くらいは幸せな夢を見ればいい」
ウィルは驚いた。ダーナスがニーアを見つめる目に優しさと暖かみのようなものがあったからだ。
「なあ、もし言いたくなかったらいいけど、兄妹とかいるのか?」
ウィルは思わず聞いてしまった。
ぴくりと眉を上げるダーナスは、少し黙った後口を開いた。
「……兄がいる。砦防衛の任にあたっていたのだが、ようやく聖都への異動が決まったようだ。配置まではわからないが。エヴィヒカイトでの兵士の再編成もあるようだ。む、そんな顔をするな、責めているわけではない。兵士となった以上、誰もが死ぬ覚悟はできている。むしろ後悔など同胞への侮辱に当たると心に刻め」
エヴィヒカイトでの人員補充はウィルが原因であることは明白だった。
ウィルの険しい表情を見て気遣ってくれたようにも思えた。
「ありがとう」
感謝を述べるとダーナスは肩をすくめてみせる。
「無駄話が過ぎたな。調子が狂って仕方ない。お前も少しくらい寝ておけ」
ダーナスはもう睨みつけることはなかった。ただ目をつむってそれ以上の会話をすることは叶わなかった。
もしユーリ達が助けに来たとしても彼女とは極力戦いたくないと思った。
それが甘さだと分かっていながらもそう願いたかった。
だが、あの時の覚悟は捨てない。
もし戦うことになったとしても優先順位はニーアであることは変わりない。
願いは願いなのだとそう言い聞かせた。
そう考えながら先にどこかへ行った父親を思い焦りがつのる。
まだまだ話したいことがあるのだから。
そしてふと、思う。
あのルイノルドの戦いのとき、アルフレドとメレネイアの言葉が気になった。
あまりにも自然だったので、本人たちも気づいていないだろう。
アルフレドが出した銃についても、剣を向けたルイノルドへのメレネイアの言葉についても、ルイノルドの記憶がなければ、ああはならないのではないのか。
まさか、記憶が戻り始めている?
だとしたら、ジェイルにはそんな様子はなかったぞ?
答えは見えず、今となっては恨みへと変わっている感情にその思いはシフトしていった。
馬車はヴェローナへと到着する




