57話 王たる者
イストエイジアに対するミリアンからの要求から期限の一週間が経過しようとしていた。
その間にオルキスは旅の支度を整えていた。
それからザラクの様子は特に変わったこともなくいつもの叱咤といつもの爆発は相変わらずだった。
「風邪ひくんじゃないぞ」
出発の時に、ザラクはそれだけオルキスに言い別れを告げた。
不意に涙をためていくオルキスはこらえながら城への道を歩いていった。
リュックのポケットに挟まった手紙にはしばらく気づかないのだった。
ウィルを初めとしてニーア、レインシエル、メレネイア、アルフレド、そしてユーリとアイリが城にそろい、オルキスは杖と意外にも小型のリュックを背負い小走りでやってきた。
「すみません。遅れちゃいました」
少し息を切らしながらオルキスは合流する。
「荷物それだけなの?」
レインシエルは錬成の道具など大量にいるものと思っていただけにその身軽さに驚いた。
「ああ、それなら全部ここに入ってますよ。錬成用の台座は旅用の小型のものですけど。だいたいはお母さんの使っていたセットでこのリュックもアーティファクトで次元圧縮式で見た目は小さいですけど中はものすごく広い作りになってるんですよ。それでもパンパンですけど」
「え、便利すぎない?」
アーティファクトの規格外の汎用性にさらにレインシエルは驚く。
「ほんとは皆さんの分もあれば良かったんですけど結構複雑で今のわたしでは作れないんです」
がっくりと肩を落とすオルキスにレインシエルは気にしないでと肩をたたく。
「んじゃこれで全員か。アルフレドさん、これからどうするか聞いてる?」
ウィルは全員を確認して、おそらく状況に一番詳しいアルフレドに説明を求めた。
「とにかくジェイルの元に行きましょう」
期待に反してアルフレドは足早に城内の謁見の間へと向かっていった。
どことなく違和感を感じたウィルだったがおとなしくついて行くほかなく、その後ろを追った。
皆一様について行き、最後にメレネイアが思い詰めたような表情で向かうのだった。
「ごくろうさん!」
既に玉座に座っていたジェイルは頬杖をやめてひらひらと手を振る。
いつにも増して大げさなようにも感じた。
「……なるほど」
入った瞬間、ユーリは空気の違いに気づくが面白いことを期待して特になにも言うことはなかった。
むしろ同じく気づいているであろうアルフレドとメレネイアが何も言わないこともその要因だった。
「で、どうすんの? 王様」
もちろん、突っぱねる算段を期待した。
この際、戦争に参加しても良かったがルイノルドを追う目的は優先すべきこととウィル達にはあった。
「聞きたいなら答えよう! まあつまり先に謝っとくわ。すまんな」
「は?」
ジェイルが何に謝っているのか検討もつかなかった。
だが、その言葉の後、どこから現れたか大勢の兵士がウィル達を取り囲んだ。
「武器をこちらに渡しおとなしくしてください!」
兵士長だろう代表がウィルに槍を向けて叫んだ。
敬語であるのは個人的な迷いと敬意からだった。
「ちょ、ちょっとどういうこと!?」
ニーアはまさかの状況に困惑する。
レインシエルは反射的に短剣に手を伸ばしていたが、メレネイアに目で止められその意図も分からず従う他なかった。
オルキスは状況をまったく飲み込めずたじろぐだけだった。
「アルフレド」
ジェイルは落ち着き払ったアルフレドを呼ぶとウィル達の動揺をよそに彼らの武器を奪う。
「おい、アルフレド!?」
呆気にとられたところでアルフレドにウィルの剣を奪われる。
ユーリとアイリは特に抵抗することなく素直に武器を渡す。
メレネイアはレインシエルに手を伸ばし短剣を寄越せと迫る。
「母さん、どういうこと? 説明して」
レインシエルは短剣に手を添えたまま、構えを解かない。
「あなたはこっちに来なさい」
メレネイアは柄を握っているレインシエルの手の上に重ねる。
「まさか……、冗談だよな」
ウィルはようやくその状況に気づき始める。
「冗談だったらいいよなあ、でも残念。エファンジュリア並びに蒼の災厄のウィル、おまえ達を引き渡す」
ジェイルの瞳には一点の曇りもなく、立ち尽くすウィルを見下ろしていた。
「ふざけんじゃねえ! 俺たちを売るのかよ!」
ウィルは怒りを込めて叫ぶ、それはジェイルだけでなくアルフレド、メレネイアにも向けられ、曲がりなりにもここまで来た仲間の裏切りに怒りをぶつける他なかった。
ウィルは剣を奪い取ろうとアルフレドに組み付こうとするが、その前に兵士に取り押さえられて地に伏せられる。
「くそっ……、許さねえ、絶対に……!」
反動のようにウィルの感情は怒りと喪失感で満たされていく。
顔だけなんとか上げ、アルフレドを睨みつける。
だがアルフレドはそれを見ようともせず背中を見せていただけだった。
「何か勘違いしているようだから教えてやる。俺は民を守る責任がある。国を守る責任がある。今この状況で攻められるわけにはいかんのよ。俺は……一応、王だからな」
ジェイルの表情は硬い。
それは王たる所以かその表情にはお調子者のジェイルは存在ぜす、王としての威厳さえ感じさせる風貌だった。
ウィルは希望を捨てたくはなかった。どこかで冗談だと思いたかったが、ジェイルの顔を見て現実だと思い知らされ、力が抜けた。




