56話 決意の道
さあ、とオルキスはおぼつかない足取りで日記を机に置く。
年季が感じられた革張りの本はその姿を変え、アトリエの看板にもある熊がデザインされていた。
ぬるくなった紅茶をオルキスは一気に飲み干し本を開く。
「大丈夫? 少し休んだほうが」
ニーアは今にも倒れそうなオルキスに声をかける。
「だいじょぶです」
ひきつった笑顔で親指を立ててまだいけると意思表示する。
本は内容は変わらないものの文字が丸みを帯びており一気に年代が幼くなった印象だった。
最後のページには消えていた文字が浮き上がっていた。
オルキスは一旦落ち着きそれを読み上げる。
「愛しのオルキス、私を……目指しなさい。少なくともこの封印を解除したあなたにはその素質がある。もし道具なんて使おうとしたらこの日記はお義父さんへの愚痴で満たされるようになっていたわ。錬成の並行処理ができなければ同じくね。 さ、さすが…私のかわいい娘、愛しているわ。 あとザラクお義父さん、騙してごめんなさい」
オルキスの声は涙で震える。
袖で涙を拭うとオルキスは続ける。
ザラクは後半の部分を聞いた後、脱力して椅子に座り込んだ。
次はウィルに寄せたであろうメッセージだった。
ウィルは息を飲んでオルキスの言葉を待つ。
「ルイの子よ、あいつは……クソったれバカ野郎よ」
ウィルは思わず腕の力が抜け机に頭をぶつける。
「なんだよ、この落差は……」
「まだ続きがあります! クソったれバカ野郎は、あなたを待っている。蒼を追いなさい。後は自分で考えなさい。それと伝言、ニーアもついてきたら、いや、ついてきただろうが、その場合は死ぬ気で守れ。後、死ぬなよ」
「どっちだよ」
「なんか温度差はげしいね」
レインシエルは扱いの差に感想を漏らす。
「続きは自分で使うこと」
それでそのページは終わっていた。
ページをめくると新たに錬成したであろう剣が描かれていた。
蒼い美しい少し沿った長剣。
それにウィルは見覚えがあった。
「それって、リヴァイアスの時に親父が使っていた」
その剣には【インフィニティ・ノヴァ】
「なるほど……つまりは?」
レインシエルはさも分かったようにまとめに入るがその答えはウィル達に託すようにその続きを発しない。
ニーアは尊敬すら覚えそうになった。
「つまり、お母さんはやっぱり生きているんです。少なくとも日記を封印した時点では、ルイノルドさんにインフィニティ・ノヴァを錬成していることが証拠です。あの時点で創っていたらもう少し何か書いてあってもおかしくないですし」
「そんで、たぶん二人は一緒にいた。今もかは分からないけど、いや一人で行動していたっぽいから別行動かもしれないな」
ウィルはそう口に出しながらも、その後にオルティが死んだという可能性も捨てきれず、言葉を切った。
「だいじょぶです。生きている希望だけでも残ったから」
若干、不安を顔に残しながら気丈にオルキスは振る舞う。
それだけでも雨に濡れていた時の絶望の顔はなく前に希望に向いていた。
だが、ザラクは違った。
最初こそオルティの生存の可能性に喜んでいたが、オルティのオルキスへの言葉を聞いた時から、だんだんと表情が険しくなっていった。
それは、この先のことが想像できたからに他ならない。
その中でやがて言われるであろう言葉に対しての葛藤が彼の心を満たしていた。
「ウィルさん達はお父さんを追うんですよね?」
「ん? ジェイルの許可がでたらかな」
やはり、とザラクは思う。
もう次の言葉は、簡単に想像できた。
「じゃあ、わたしもいーー!」
オルキスは寸前でとどまった、ザラクの事を思い出しその勢いは削がれた。
家を出て行く、店を任されたのに。
なにより、お爺ちゃんを一人残すことになる。
これまで悲しみから守ってくれた。
それに許すはずがないのだ、これまでも守ろうとしてくれたのに。
オルキスは恐る恐るザラクに振り向く。
「……なんじゃ? 行くなら好きにせい。結局、お前には店は任せるまでもなかったしの。元にもどるだけじゃ」
オルキスは予想外の返事に呆気にとられた。
「え、……いいの?」
もう少し一悶着あるものと思っていた。
ウィル達のそもそもの依頼を断った時みたいに、断固として拒否するものと。
「もう子どもじゃないんじゃろ? 出発の時に困らないように準備しとけい!」
ザラクはそう言うと奥の自室へと引っ込んでいった。
その背中はまっすぐと伸びていた。
「えっと、今言うのもなんだけど、下手したら死ぬぐらいの旅になるかもしれなけど大丈夫?」
やりとりを見ていたウィルは再度、オルキスの意志を確認する。
「……だいじょぶ、です!!」
迷って言葉がでなかったのではなく、ありったけの覚悟を込めてオルキスは叫んだ。
母を目指す。それは錬成士としても母に出会う意味も持った目標となった。
その力強い言葉に、レインシエルはウィルとニーアを軽く視線を移した後、心に揺らぐものを感じたのだった。




