54話 希望と真実
エファンジュリアとその仲間の即時引き渡し、さらには冤罪を追わせ我が国民の命を奪った真の悪逆国として賠償金と王の退位と共に属国となることを要求する。従わない場合は、怒りの矛先を持ってその血で償うこととなるだろう。
期限は一週間とする。
その書状はオートリア壊滅事変から2日後だった。
2日の間でイストエイジアは水面下で動いていたことにウィルは気づいていなかった。
国王であるジェイルとかつてのルイノルドの仲間であるジェイルとは違うことを彼は痛感する。
イストエイジアでは、ミリアンで起きた事件はすでに多くの国民が知る所となっていた。
だが国内が荒れることはなかった。
それは国王ジェイルがかつてアストレムリに反逆した英雄であることと人望も案外あったことによってミリアンからの要求に反発する声がむしろ多かった。
特に蒼の、彼らで言う英雄はイストエイジアの国土をかつて守った英雄として知れ渡っていたことがプラスに転じていた。
だがかつての英雄はここにはいないという事実はどこか心の奥底で不安としてその影を落としていた。
「子どもは勝手に過ごしてろってさ。当事者は俺らだっつうの」
ウィルは口をとがらせ、ニーアとレインシエルで町を歩いていた。
アルフレドとメレネイアは城内で連日会議に籠もっていて、当事者であるウィルもその場に居たかったが帰れと一蹴されたのだった。
「うん……」
ニーアはずっと元気のない感じだった。
眠りから起きた時には結果だけ聞かされ、自分のせいで人が死んだということが重く感じているようだった。
「あーえっと、そうだ、アトリエに行ってみようよ! まだ顔出してなかったじゃん。オルキスにも会いたいし」
かける言葉も見つからず、レインシエルはアトリエへ向かうことを提案する。
「うん……そうだね!」
空元気かはわからないが多少元気を見せるように声を上げるニーアにウィルはその後ろでレインシエルに手だけで感謝を告げる。
レインシエルはそれに笑顔で応えた。
「あ、あれ?」
アトリエは希望を裏切り休みのようだった。
扉の前には殴り書きのようにしばらく休み、とだけ書かれた紙が張ってあった。
「定休日ってわけじゃなさそうだね」
ニーアはその殴り書きをまじまじと眺める。
ふと物音が聞こえ、思わず扉に手をかけるとゆっくりとその扉はあいた。
「おい、休みだって」
ウィルが止める前に扉はだいぶん開いてしまい、中で座っている人物まで見えてしまった。
「ああん? 休みだって見えんかったか?」
すこぶる不機嫌そうに椅子に座ったまま顔だけこちらに向けると、お前らか、とだけつぶやいて視線を元にもどした。
不機嫌だった声が、元気のない声へと変わっていた。
「どうしたの?」
拒まれているわけではないとニーアとレインシエルは思ったのか、レインシエルは遠慮なしに店に入っていった。
たまにレインシエルの謎の行動力やら常識のなさに翻弄されていたウィルは半ば自動的に店に入ることになった。
「で、どうしたの? オルキスは?」
ニーアが寂しげに感じる店内の雰囲気とオルキスのいないことにも気づき早速聞き出そうとする。
「……」
しかし、ザラクは答えることなく難しい顔をしながら一点を見つめていた。
反応が返ってこないのでニーアはウィルとレインシエルにどうしようといった目つきで助けを求めた。
「おっさん。喧嘩したんだろ」
オルキスもおらず仏頂面で座り込む様子にウィルは察した。
「うるさいわ」
いらだったようにザラクはそれだけ答えた。
「もしかして私たちのせい? あの日記の」
レインシエルは出発前にオルティの日記の件を思いだし、解決しないまま出発したことを後悔した。
申し訳なさそうにするレインシエルをちらりとザラクはみやると、大きくため息をついた。
「別にあんたらのせいじゃないわ、いずれ言わなきゃならんと思った。ただきっかけがそれだったってことだけじゃ」
気に病むなといった風のザラクの言い方は少なからず優しさもにじむものだった。
あまり気負わせたくないのか、ザラクはお茶をついでくれて、口を開いた。
「あの子は母を憧れに思っていた。いずれは同じく偉大な錬成士を目指すとよくわしに言っていたものだ。だが、それ故にオルティが自ら命を絶ったとは言えなかった。まだ、蒼の災厄で死んだとしたほうがオルキスの憧れは曇らんだろうと思ってな」
母の自殺という行動が憧れを抱いていた世の役に立つ錬成士という夢を挫いてしまう。
自殺するほど後悔を持つ仕事なのかと、その事実は錬成士そのものを忌み嫌うのではないかとザラクは胸の内を明かした。
ウィルは自分にも当てはまると思った。
今でこそルイノルドという父親が存命だと分かったが、旅にでる前は音沙汰もなく、半ば諦める寸前だった。
だが、死んだかわからないという希望を持つ時間があったことが家族を支えていた事実と素直に受け入れる準備ができていた。
それが死んだと判明していれば、父親と同じ仕事を目指そうとは思わなかったし母も許さなかったと思った。
希望を持てるか持たさないかは大きく人生を左右すること、自ら選んだ死と死んだという違いが産む結果をウィルは痛感した。
「オルティさんが死んだのはやっぱり創った武器を使っていた親父達がアストレムリを裏切ったせいなのか?」
「おそらく……な。国から迫害されていたのも知っておる。やっとのことで帰ってきたあの子はぼろぼろだった。数日して日記をわしに託してまだ子どものあの子には見せるなと言ってな。死ぬ前にも関わらず紅茶を何食わぬ顔でだしおって」
そういってその時にも使っていたカップに口を付ける。
「やはりあの時の味は出せんな。不思議な味だったよ。眠ってしまうほどに暖かくてな。旅先で気に入った茶葉だといっていたが」
ザラクは眠りから覚めたあと様子を見に行き、そこで物言わぬオルティに気づいたそうだ。
言葉が見つからず3人とも紅茶を飲む手が早くなりすぐ空になってしまった。
ザラクがおかわりをついでくれようとすると2階から大げさに扉を開く音が聞こえた。
「おじいちゃん!!」
ウィル達はいないと思っていたオルキスが階段をこけそうになるほどあわてて降りてきて、最後の一段dえずっこけた姿を見て動きが止まった。
「いや、おらんとは一言も言ってないぞ。どうした久しぶりに出てきたと思ったら慌てて」
確かにいないとは言っておらずもやもやとした気持ちがウィル達には生まれたが、それよりも久しぶりに出てきたであろうオルキスに注目せざるを得なかった。
「いたた、……お母さんは、お母さんは死んでなんかないよ!!」
倒れたままオルキスは日記を掲げて目に隈をつけた顔を綻ばせながら叫んだ。
スカートがめくれ桃色のパンツが見えていることには誰も指摘できなかった。




