52話 見上げるかしかない空
目をつむったまま微動だにしないニーアにウィルは落ち着くことができなかった。
このまま目を覚まさないのではないかとも思った。
ニーアは口を開く。
聞こえたのは言葉ではなく。
歌だった。
澄んだ声に乗る力強い歌。
意志すら感じるほどの歌だった。
ニーアを中心にして紋章が出現する。
ニーアから光を供給される紋章は輝きを増していく。
「ああ、懐かしいわ」
リヴァイアスは空を仰ぎ見る。
心地よさそうにも見えた。
空に同じ紋章が出現する。
巨大な紋章の中心からそれは姿を現す。
「ディアヴァロ」
ウィルはあの戦いを思い出す。
雲を切り裂き落下するようにも思えるほど超速度で近づいてくる。
「おいおい! 突っ込むのはやめてくれ! これ以上被害だすと怒られるだけじゃすまねえんだ!」
ジェイルの悲痛な叫びが届いたのか、ディアヴァロは方向を変え回り込む様に旋回する。
リヴァイアスが開けた大穴を入り口に定め、突撃してくる。
「なんだ、話の分かる奴じゃん」
ジェイルは心底、安心したのか瓦礫に腰掛ける。
おそらくそれを中継したのはニーアだと推測できた。
何しろいくら叫んだ所で声が届く距離ではないからだ。
「そんな物わかりいい奴とは思えないけど」
リヴァイアスのぼやきは誰の耳にも届かなかった。
ディアヴァロは大穴をスピードを殺さずに進入した。
そしてフィールドにつつまれたリヴァイアスを両前足で掴み、勢いそのままに海上へと突き抜けていった。
当然、その直線上の壁はディアヴァロの突進によって崩壊し風通しがよくなった。
「……帰りたくねえ」
その風を感じながらジェイルはこの後の地獄を考えたくないのか、穴から見える空を遠い目で眺めた。
「って、親父!?」
気づくとアルフレドの姿がなかった。
そして、ディアヴァロの背に蒼い光が登っていることに気づいた。
ディアヴァロの背にはルイノルドが乗っていた。
あの一瞬で乗り込んだようだった。
ディアヴァロノの背から頭へと登り、空気の壁に体が持ってかれようとする。
「着いてきたのか、若いの」
ディアヴァロは頭にのるルイノルドに鬱陶しさはなかった。
現に周囲の風を弱めるようにマナを展開した。
「ほんとに察しがいい爺さんなことで」
ディアヴァロは上昇していき、やっと静止した。
「時間がない。我はまだ干渉できるほど力がない。最後は任せたぞ」
「だから着いてきたんだぜっと」
ディアヴァロは鼻で笑う。
「はいはい、もう限界だから早く」
呆れたようにリヴァイアスは2人を急かす。
ディアヴァロは大きく口を開くと、イージスフィールドから漏れるようにマナがその口に吸収されていく。
完全にフィールドがなくなると、その口から黒き光が収束していく。
「行くぞ」
合図と共に闇の一撃は放たれる。
リヴァイアスの心部分、表面に展開するマナは穴が開くように消し去り直撃する。
「緊急パージ実行」
リヴァイアスは元の機械のような声でパージを実行する。
体内が光を灯し、光の中枢が黒き光が当たっている部分に露出する。
弾かれるようにディアヴァロは攻撃を中止する。
太陽の光のように徐々に力を増すそれは、黒玉と同じ大きさの海のような深い青の玉だった。
その周囲を守るように光の玉が周回してバリアを張っていた。
そしてそれ自体が光を増幅させて爆発寸前なのは目に見えた。
「今だ。小僧!!」
「言われなくても!」
ディアヴァロの合図にルイノルドは頭を飛び立ち剣を光に突き刺す。
刺さったものの光はそのまま力を増す。
「残念でした」
ルイノルドは勝ち誇るように仮面の下でにやつく。
その切っ先から蒼が漏れ徐々に光を浸食していく。
「不明なコードを確認。システム汚染拡大。パージプログラム続行不可。現状出力でパージします」
「あら? それは予想外だった」
ルイノルドは剣を握ったまま、光に飲み込まれていった。
その光は塔から眺めるウィル達にも眩しいものだった。
太陽ほどの輝きが目を焼き付ける。
「おやじいいいい!」
光の粒子が徐々に消えていく。
やがて光がなくなると、その上空にはなにも残っていないように、丸く切り取られた空から青空が覗いていた。
「大丈夫」
いつの間にか目を開けたニーアが自身に満ちた表情で言った。
さらに上空から黒い塊が急降下してくる。
きりもみしていたそれは翼をいっぱいに広げ、また大穴に飛び込んできた。
青の玉をニーアに落とし、そのまま飛び抜け上空に再度展開した紋章へと帰って行った。
よくやった。あいつからの伝言だ。
次に行くから追いつきたいなら急げよと。
ニーアの心にディアヴァロの声が響いた。
「……あの人は次にいくって」
ほほえみながらニーアは告げた。
「次ってなんだよ……逃げやがって」
ウィルはそう文句は言うものの生きていることが素直に嬉しかった。




