51話 少女は願う
だんだんとリヴァイアスの動きが鈍っていく。
ユーリも加わり戦闘は優位に傾きを加速させる。
「支配率50%に低下。これ以上の戦闘は領域維持に高レベルの支障あり」
リヴァイアスの言葉がそれを指すかはわからないが、見当違いな所に攻撃を与えることも増えてきた。
まるで自らに抗うかのような印象さえ感じた。
「プラン変更。システム保全を優先。システム領域以外のパージを推奨。…承認を確認」
出現する鋭い水流が縦横無尽に放たれる。
「パージさせる前に落とすぞ!」
ルイノルドは叫ぶ。
「パージされたらどうなるの!?」
レインシエルが連続で切りつけながら問う。
「全員、死ぬだろうな!」
「はあ!?」
レインシエルは着地した後、信じられないといった風にルイノルドをにらむ。
好機と尾がレインシエルを捉えようとするが、分かっていたように難なく避けると鱗が剥がれむき出しとなった皮膚に短剣を突き立てる。
「イージスフィールドを展開」
リヴァイアスは距離を取った後、尾を丸め自らを覆うように宙で静止した。
アルフレドの銃弾は手前で飛散する。
青い半透明のバリアがリヴァイアスを覆っていた。
「これなら!」
ウィルは蒼剣で切りつける。
しかし、バリアが壊れることもなく傷もつかなかった。
ルイノルドの一撃ですら傷をつけるものの瞬時に修復させていった。
「絶対守護の伝説通りてわけな。」
止血を終えたジェイルが戦線に復帰する。
「支配率30%に低下、パージプロセス50%。パージを最優先に設定。自我の表面化を容認し処理を加速します」
その瞬間、リヴァイアスは苦しむようにうなり始める。
「……くっ、やっと声は出せるようになったようだわ」
リヴァイアスから聞こえてきたのはひどく人間に近く女性のよく通った声だった。
「やっと出てきたか。リヴァイアス! お前を楔から解くにはどうすればいい」
ルイノルドだけはそれを理解していたように声をかける。
「楔? まさかこれが楔だと言うのですか。解くとはどういうことです?」
アルフレドは銃を下ろし、その真意を問いただそうとするがルイノルドはそれには答えなかった。
「……人の子にも理解している者がいるのですね。パージプロセスは強固に保護されているため自力解除は不可能、このパージはシステム領域を壊さないからあなたの目的は果たせそうにないわね。このイージスフィールドごと破壊できる力があれば可能ではあるでしょうけど、あなた達人間には無理よ。私を解放することなんて」
リヴァイアスは少し残念そうにも思えるように顔をしかめているようにも見えた。
「人間、ね。ニーア、あれ持ってるだろ」
「あれって?」
ルイノルドが寄越せと言わんばかりに手を伸ばしてくるがニーアは検討がつかなかった。
「ディアヴァロの黒玉だよ」
その言葉にリヴァイアスは首を上げる。
「まさかあいつを倒したの? いや、だから私がここに顕現しているのか」
ディアヴァロを倒したときに落としていった黒玉。
ニーアはポケットを探りそれを取り出しルイノルドに渡す。
「こいつをどうすれば召喚できる?」
リヴァイアスはしっぽを細かく降る。
嬉しいのだろうか、とウィルはどうでもいいことを思った。
「嫌みな老人もかわいくなったものね。簡単よ。エファンジュリアのマナをありったけ込めなさい。そうすれば理解できるはずよ。その資格と覚悟があるのなら。なければ死ぬわ。でなくてもパージされればこの一帯は荒野と化すから結果は同じだけど」
淡々と告げるリヴァイアスにウィルはニーアに駆け寄る。
「死ぬ? 他に方法ねえのかよ!」
「懐かしき蒼。それはあなたにはどうしようもないことよ」
「ふざけんな!」
ウィルはルイノルドの手から黒玉を奪おうとする。
だが、その前にそれはニーアによって取られてしまった。
「おい、ニーア! わかってんのかよ。死ぬかもしれないんだぞ!」
ウィルは黒玉を奪おうと手を伸ばす。
ルイノルドはその腕を掴み制止させる。
「親父! なんで止めるんだよ! こんなこと……」
やめさせろとウィルは言おうと思ったが、その時ニーアの表情をみたウィルは言葉を止めざると得なかった。
「ニーア、お前が決めろ」
ルイノルドは力を失っていくウィルの腕を離す。
「なあ、ニーア、兄ちゃんの気持ちも分かってくれよ……」
ウィルは段々と声が震える。
分かっているのだ。
ニーアの瞳には迷いなど一切感じられず真っ直ぐにウィルを見つめていた。
「大丈夫。私が皆を、ウィル兄を守れるなら」
真っ直ぐに伝える揺るぎない声がついにウィルの腕を下ろさせた。
「ありがとう。ウィル兄」
優しく微笑むニーアにウィルはもう信じる他なかった。
妹が決めたことをやめさせることなどウィルにはできなかった。
「早く! もう持たないわ!」
リヴァイアスから光があふれ始めてきていた。
「お願い」
ニーアは両手に包まれた黒玉を胸の前で祈るように握りしめる。
すべて流し込む勢いでマナを注いでいく。
それに呼応するように黒玉が脈打つのを感じる。
やがて周囲のマナすらもニーアを通して流れ込んでいく。
「女神みたい」
アイリはそのマナを纏うニーアの姿にそう例えた。
祈りを捧げる女神。マナの光がそれを助長して神々しさまで感じるほどだった。
ニーアは次第に周囲の音が消えていくことに気づく。
それは内側へと潜っていく。
「歌え、強き聖女よ」
心の中に黒竜の声が聞こえた。
「歌? わからない」
しかし、ニーアはその為の歌がわからなかった。
心に流れる強大な力の奔流がニーアを飲み込んでいく。
「歌えなければ我はお前を喰い殺してしまう」
ディアヴァロはしゃがれた老人の声でニーアに告げる。
心配する老人のようにも思えた。
「歌。どこに……」
奔流の中でもがくようにその在処を探す。
早く歌わなければ、死ぬ。
皆死んでしまう。
私が守るって言ったのに。
闇が視界を覆い尽くす。
息が苦しい。
声すら出せない状況に更に焦燥が募る。
意識すら飲まれる寸前に闇の中に星のように瞬く光が見えた。
それにすがるようにもがき、苦しみの中で近づいていく。
「そう、進んで」
聞こえたのはディアヴァロの声ではなかった。
少女の声。
光から美しい歌声が聞こえてくる。
近づけば近づくほど光が大きくなるほど歌が響きわたる。
「心配しないで。あなたなら大丈夫。ほら一緒に……」
気づけば光の中にニーアはいた。
眩しさに目が慣れると少女はいた。
「……アリスニア?」
なぜだかそう思った。
地面は薄く水を湛え空の蒼を反射して、世界の上下がわからなくなるほどだった。
「歌おう」
透き通るような絹糸のように柔らかそうな白金の髪を風になびかせ少女は、アリスニアは手を伸ばす。
そのニーアと同じ碧い瞳は優しく、ニーアは迷うことなくその手を取った。
歌を共に紡ぐ。
歌い始めると水の地面から石の柱が次々と立ち上る。
ニーアがいる地面も地面がせり出し、祭壇のような円形の舞台が構築される。
12ほどの柱が周囲を取り囲み、目の前に黒い紋章が浮かび上がる。
その中心には黒玉が浮かんでいた。
歌は続く。
守りの歌。優しく手を添えるようなやわらかな歌は次第に力を増していく。
『コード ヴァル。 顕現せよ、ディアヴァロ!』
2人同時にその題名とも言える名を口にした。
呼応するように祭壇が黒く輝く、黒玉の紋章と同じ模様が浮かび上がっていく。
黒玉が放つ強烈な光、その光の先に一人の男の影が見えた。
黒玉は上空にまで浮かんだ巨大な紋章の陣に一筋の光の道を作り出す。
影は姿を変え翼を持ち、やがて黒玉から伸びる光に沿って紋章の中にその漆黒の翼竜は飛び込んでいった。
歌は世界の外に、願いを届ける。




