5話 ガーライルという男
ウィルは馬車の荷台に揺れていた。御者が言うには王都など都会周辺や巨大商会などは馬車など使わないらしい。あの機空挺と呼ばれる空飛ぶ船や、馬ではなく地面から浮きながら進む荷車も存在するとのことだった。
道すがら乗せて貰ったのは、辺境を中心に行商を営んでいるアルフレドという若い男性だった。親の後を継ぎ、物資が滞りがちな地域を回っているらしい。
「とまあ、私は利益が最大の目的ではないのです。人の営みのために物資を必要とする町や村へと商いを行っているのですよ」
アルフレドは後ろを振り向かずに声高らかにウィルへと話す。小一時間この調子だ。目的地まではあと2日かかるらしい。彼のすばらしい夢を子守唄に出発までを振り返る。
出発までに兵士に疑問をぶつけた。その結果、少しはコツを掴んだ、……こともない。つまり、このナイフだ。鞘がどうやら遺物らしい。遺物という言葉に首を傾げられたが、どうもアーティファクトがこの大陸での呼び方のようだった。
起動のイメージは、鞘に向けて光のイメージを送り込み、鍵をイメージし鍵穴に通すイメージから鍵をひねりアーティファクトに光を注ぎ込む、と言われて、もちろんやってみたが、抜いても長さは変化しなかった。
あの兵士には苦笑いをされた気がしたが、わからないものはわからないのだ。ルイノルドがそんな使い方をしていたかはわからないが、そういった使い方は聞いたことがなかった。
少なくとも世界で知られているような使い方ではない。そもそも遺物の起動は回路が完成された時起動する、もしくは関連の遺物に共鳴することは判明している。人間が何かイメージを持って起動するなんてことは聞いたことはない。
それに神の巫女姫によって結界ができたこともよく分からなかった。ここでは人間と遺物は密接な関係にあるらしい。
そんな疑問は当然ぶつけたが、おかしいのは自分だと言われたのだ。変人に見られるのも嫌だったのでウィルはおとなしく引き下がった。
とりあえず妹を見つける。まさか父親を探しにきて妹をも探すとは夢にも思っていなかった。
「まいったな……」
長いため息をつき、バックパックからチョコレートを一片口に含む。口に広がる甘さを感じながら、エレニアと残してきたハクトの今を思った。
幾分、馬車の揺れが収まってきた。
「ウィルさん、着きましたよー」
気の抜ける声が聞こえてきた。ウィルは荷台から顔を出し、ヴィオレ村を視認した。
まず目に飛び込んできたのは巨大な噴水とそこを中心に各所に張り巡らされている大小の水路だった。
それ以外は、ウィルの頭の中にある通りののどかな村という印象だった。アルフレドは村人と顔見知りなのか、とくに検閲もなく入り口を通過し、ほどなく馬車を止めた。ウィルは荷台から降りる。
荷物を降ろすのを手伝おうと思ったが、既に筋肉隆々の男が二人荷物を降ろしに来ていた。
「お、兄ちゃんは荷物ではないのか?」
手をわきわきさせる仕草をする暑苦しい男たちで、ウィルは寒気を感じ、降りてすぐ距離をとった。
「その人は私の客人ですよー。ちょうど通りがかったものでして」
にこにことアルフレドが間に入った。だぼだぼの服によれよれのマントを着ている青みかがった白髪の彼は、もともと開いているかわからない目をより細くしている。
「さて、とりあえず村長のところに挨拶に行きましょう」
ウィルが男たちの目線に入らないようアルフレドを常に間に入れるように動いていたが、アルフレドの言葉にウィルはやっと静止した。
「俺も? 妹探しに行きたいんだけど」
「村長にお会いしたほうが協力は得られやすいでしょう? せっかくの縁ですからまだ付き合いますよ」
ウィルは内心気持ち悪い男だと思っていたが認識を改めることにした。気持ち悪いがいい人に繰り上げしておいた。アルフレドは馬の世話係に駄賃を渡し、ウィルはその後ろをついてゆく。
道すがら子ども達の遊ぶ姿や住人を見ていると平和なんだと実感した。その様子に気づいたのかアルフレドはこちらを振り向いた。
「平和ですねー、都会に行ったらこんなゆったりとした時間はすごせませんよ」
目は相変わらず開かないが、どこかとげがある言い方だった。
村長の家は小高い丘の上にあった。不思議なことに水路の流れは上にものぼっていた。大きな木製のドアをアルフレドはテンポ良く3回ノックする。しばらくした後、出てきたのは耳まで隠れる暗い赤髪の若い使用人の女だった。その使用人についていきある程度広い部屋に通される。真ん中には大きなテーブルと椅子が並べられており、促されて椅子に腰掛けた。
使用人は一礼した後、床までつきそうな長い黒のロングスカートを翻し、部屋を出て行く。
去り際にウィルを一瞥したことにウィルは気づいたが、自分のいでたちがおかしいのかと思いスルーした。
少し後に小麦色の肌をした壮年の男性が入室してきた。右側にはがたいのいい男と左側には先ほどの使用人が常に一歩下がった位置で追従する。
「これはこれはいつも物資を届けていただきありがとうございます」
テーブルを挟みウィルたちの正面に立つと柔らかな物腰で壮年の男性が口を開いた。
「いえ、こちらこそ商売ですので」
アルフレドは右手を左腹部にあて軽く会釈する。ウィルもあわてて立ち上がり一礼する。どうやら村長のようだ。
「ところで、そちらのお方は?」
「ああ、道すがら目的地が同じだったので同乗したお人ですよ」
「ほう」
感情が見えない話し方をする村長だ。そもそも村長とは結構若く見えるが、そんな年でなれるものなのかと感心する。
「ああ、ウィルさん。彼はこうみえて100歳は超えてますよ。彼らにはエルフの血が流れているのです」
「エルフ……、伝説の?」
ウィルにはにわかに信じられなかった。エルフはそれこそ伝記などに出てくる種族だ。
長命で容姿端麗、特徴は耳がとがっていることは聞いたことはあったが、現実に存在しているとは思わなかった。
「とはいっても、私どもは半端者ですがね」
ぶっきらぼうに村長は話す。節目がちな村長は椅子にかけることなく、入り口を背にしてたち続けていた。
さっきから使用人の女がこちらを見つめている。その目には少しだけ焦りの色を見せていた。
「……ところで、何におびえているのです?」
アルフレドがまっすぐ村長を見つめた。その目は軽く開いており灰色の瞳を覗かせた。
おびえている?誰が?
ウィルは村長を眺めるが、特に変わった様子はない。ただ図星だったのか村長の声色が震える。
「やはりアルフレドさんには適いませんね。……申し訳ない。」
言い終わるか終わらないかのタイミングで彼の背後のドアが乱暴に開け放たれた。10人ほどが流れ込む。白い集団。白い外套に見え隠れするのは、同じく白い服と胸に光る銀章だ。
そして腰には細剣を携えていた。フードを目深にかぶっているので口から上は見えなかった。
彼らはウィルたちを取り囲むように並んだ。異常な雰囲気に飲まれウィルは言葉が出なかった。
「……これは穏やかじゃありませんねえ」
アルフレドの間の抜けた声が、幾分かウィルの心に余裕をもたらした。最後に入ってきたのは同じく白いフードの男、だがその胸に光るのは銀ではなく漆黒だった。
男が部屋に入るのと同時に周りの白装束たちは足を鳴らし直立する。
「これはこれはガーライル・G・アルヒミト卿、相変わらずですね」
アルフレドは軽く会釈しながらもどこが嫌味を含む言葉を放つ。
「ふん、貴様も相変わらずのお調子者だな」
そう言って、名前を呼ばれた威圧感のある声の男はフードをおろす。
襟足の長いオールバックの青髪、切れ長の目、肌は不健康な白さ、見た目だけでウィルは嫌なやつだろうなと評価を与えた。
「それで村人を脅してまで、私になんの御用で?」
「ふん、今回は貴様に用はない。個人的にはあるがな。そいつに用だ。」
アルフレドから視線を逸らし顎でさされた先にはウィルがいた。
「え? 俺ですか?」
まさか自分が目的とは思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。どうもその態度が気に入らなかったのかガーライルは舌打ちする。
「チッ……、捕らえろ」
その言葉の瞬間、今まで黙っていた周りの集団が動き出そうとする。
「待った! どういうことです? 彼は普通の旅人ですよ? せめて理由くらい提示してください」
アルフレドが手で周りを制すと、動きかけた空気は一度止まった。
「普通の旅人だと? 笑わせる。こいつには次代の神の巫女候補を誘拐し挙句には危害を加えた、特一級の国家反逆罪に問われている。巫女は保護できたがそいつはいなかったのでな。情報の不達で砦から逃がしたが村の優秀な通報者のおかげでお前と言う人間が犯人だと確定した」
優秀な通報者という言葉に赤髪の使用人の顔が一瞬だけ引きつったが誰も気づかなかった。ガーライルはめんどくさそうに懐から端末を取り出す。端末からは光が浮かび上がり紋章と共にずらずらと文字が並ぶ。言い回しや文法が違うところがあるがウィルにもなんとか読めた。
「これは……本物ですね。ウィルさん、これはどうしようもありません」
唯一の救いであるアルフレドが特に申し訳なさそうな感じも出さず淡々とウィルに告げた。当のウィル本人は今の状況が自分にとって非常にまずいことを理解し始めた。冷や汗が全身を濡らす。
「いや、ちょっとまったく覚えがないんですが……? 最近ここに来たばっかりですよ?」
頭が真っ白になりながらも身の潔白を訴える。
「白々しい、大罪を犯した上に苦し紛れの嘘をつくか! 弁解など無駄だ! 捕らえろ!」
止まっていた空気が動く。その間、気圧されたのか村長と後ろのマッチョは動けていなかった。
周りの集団が一部取り押さえにかかり周りがアーティファクトを起動する。アルフレドは灰色の眼で浮かんだ文字を一瞥する。
「捕縛陣ですか。ウィルさん、目を閉じてください。誓約に基づき応えよ……」
アルフレドがぼそぼそとつぶやいたと思った瞬間、アルフレドを中心に視界が強烈な白い閃光が走った。
まともに光を視界に入れてしまった周りは目がくらみ、突然の出来事に動きが止まった。
「こちらに」
ウィルは薄く目を開け、手を引っ張られそのまま付いてゆく。その声はアルフレドではなくしとやかな女性の声だった。
「アルフレド……!! 関係がないことに首を挟むな!」
少なからず光の影響を受けていたガーライルが怒りとともに叫ぶ。
「私にも理由があるのでね……!」
アルフレドの声は既に離れている。別行動するつもりらしい。
床の一部が開きそこからすべり降りる。結構な勢いに内心恐怖するが、すぐ吐き出された。溜まった水に尻から着地する。
「いってえ……」
手でさすりながら前に進むと後ろからもう一人降りてきた。彼女は尻餅をつくことなく膝を着いて着地した。
改めてその人を見ると、村長の後ろに控えていた赤髪の使用人だった。紅い眼を煌かせながら濡れた髪をかき上げる。あらわになった耳は他の人間と違い長くとがっていた。