49話 海に登る死
エレベータが上昇をやめて扉が開く。
下の台座と同じ位置に一回り小さな台座があり、天井は透明なドームのようになっており、海の中にいることが景色で分かった。
海上の光が波打ちやわらかな明かりを落とす。
ニーアは同じように台座にマナを注ぐ。
『管理者ユーザを確認。承認フロー適正化、塔を通常起動。パージを解除』
「えっ? 止まるはずじゃ」
時間はまだあったはずだが、起動が止まる様子はなかった。
アルフレドが可能性に気づく。
「そうか。エファンジュリアの権限で自動実行するように仕組まれていたのですか……!」
「でもパージは避けられたなら問題はないんじゃ」
「10年前と同じならですが……」
アルフレドは当時を思い出す。
だが、唐突に訪れた振動は明らかに10年前と異なることを示していた。
『管理機構の追加オーダーを確認。……承認。12機構プロセス承認。上昇機構クリア』
次々と機械音声が手順を進めていく。
台座からは大小の映像が次々映し出され、プログラムを実行しては消え、立ち上がりを繰り返す。
「エファンジュリア認証だけではなく、12機構? アリスニアが言っていた?」
大きくなる振動に耐えながら引っかかった言葉を口に出す。
10年前は振動など起きなかった。
認証を終えたらエファンジュリアに権限の移譲が行われ、それで終わりだった。
だがこれは違う。
『アキアシュテルノ全システム起動。ガーディアンプロトコル待機。衝撃に備えてください』
その直後、大きな衝撃が襲った。
同時に押しつけられるような圧力を全身に感じる。
「きゃあ!」
ニーアは台座にしがみつきなんとかこらえる。
ふと外をみると大量の気泡が海上に駆け上っていくのが見えた。
そして日の光が見る見る内に強くなっていく。
大きな水しぶきの後、塔はその先端に存分に日光を浴びる。
「もしかして海の上に……!?」
景色は海中を抜けると青の景色は空の青へと変わり、いつの間にか曇天が和らいでいたことを知った。
上昇は続く。それは遠く眼下にエイジアの町を見下ろすほどまで行くとようやく振動と共に上昇は止まった。
水滴が外壁をしたたり落ちていく。
「はあ、はあ、終わったの?」
おそるおそるニーアは立ち上がるとアルフレドがその背中を支えてくれた。
その目は驚きに満ち日の光をまぶしそうに手で光を遮った。
『システム正常稼働を確認』
無機質な音声だけがその場を満たした。
塔が上昇を始める直前、ウィル達にもその衝撃は襲いかかっていた。
「どう……なってんだ」
上昇の負荷に皆、身を屈め堪える。
「そんな……ばかな」
ユーリは思い当たる節があったようだが、予想外といったように不意の負荷に身動きがとれなかった。
突如、白い壁が一面切り替わる。
海中の景色が突き抜け空を映し出す。
「まじかよ……!」
ジェイルは突如、映し出された外の景色に驚愕する。
そんな機能があることは毛頭知られていなかった。
ようやく振動は収まり鳥達が突如現れた塔を休憩代わりに羽を休める。
「皆無事ですか?」
レインシエルをかばうように覆い被さっていたメレネイアは立ち上がり皆の様子を確認する。
それぞれ無事を声に出す。
誰もこれによる怪我はしていないようだった。
奥のエレベーターが開き、アルフレドとニーアが出てきた。
「ニーア! 無事だったか」
ウィルはニーアに駆け寄り傷がなさそうだったので安心した。
「もう暑苦しいよ」
鬱陶しそうにウィルから距離をとろうと手で押しのけるが、自ら離れるという選択肢はなさそうだった。
「さて、皆無事のようですね。それでは原因を知っていそうな彼に話を聞いてみましょうか」
アルフレドは未だ膝をついたままのルイノルドに歩いていく。
皆の視線がそこに向く。
「待ってください。まずは仮面を外して念のため本人か確認しませんか」
ユーリはアルフレドを止め、そう進言する。
その傍らにはアイリが端末を片手に控えていた。
「確かにそれ自体には賛成ですが、何をそんなに固執しているのですか?」
アルフレドが閉じそうな瞼から鋭い眼光を見せる。
「それはウィルさん達に早く安心してほしいからですよ」
当然と言わんばかりに涼しい顔でルイノルドへと体の向きを変える。
アルフレドはその背中を刺すように見つめていた。
「こんな時に言い争いしている場合か?」
不意にルイノルドが顔を上げる。
「あなたがさっさと仮面を外してくれればーーー」
『警告。ガーディアンプロトコルに異常検知、防衛機構が発動しました。リヴァイアスの封印が解除されました。塔内の研究員ならび一般の方はすみやかに避難してください。繰り返します。研究員ならび一般の方はすみやかに避難してください。警備班はガーディアンシステム遮断まで防衛を命じます』
「次から次へとなんなんだ!」
「リヴァイアスっていうとマジならやべえぞ、なんたってこんなところに」
額に汗を浮かべ眼下の海を眺めるジェイル。
それにつられウィルとレインシエルも続く。
海の一部が渦を巻き始めていた。内側ではなくそれは上へと膨らみ立ち上っていく。
「ねえあれ……」
レインシエルは気づく。海中に光を反射する大きな影が渦へと入っていく。
そして瞬く間に水の竜巻と化した渦、ウィル達の目線の高さに光の反射が登ってきていた。
一瞬、鱗のようにも見えたそれはとてつもない大きさだと一目で分かった。
「おいおいおい、やべえぞ、離れろ!!」
いよいよまずいと察したジェイルは急いでその場を離れる。
同じように感じていたウィルとレインシエルも飛び退く。
刹那、渦の中からきらりと光った後、水は光線のごとくウィル達のフロアの壁を突き抜けてきた。
入り口を狭めたときのような高圧力の水流が数本いとも簡単に壁を裂いたかと思うと飛び込んできた何かによって壁は破壊された。
「キィィィィィ!!」
よほど人間の耳には度し難い高音の叫びが煙の中から発せられる。
水の竜巻によって巻き上げられた風が煙を飛ばし、それは露わになる。
「海神竜リヴァイアス……!」
全身が青い鱗に覆われたそれは背びれを持つ、尾の長い巨大な蛇のようだった。
ただ上部には巨大な水掻きのよう薄い膜を張った対の翼が広げられており尾以外は以前のディアヴァロのような印象も少なからず受けた。
細かな頭部などのディティールは違うものの同じ系統であることは誰にも理解できた。
そして、死闘となることも想像は容易だった。
「……が、晴らす。ワタシヲ ……言語中枢に異常あり」
リヴァイアスが何か言葉を発しようとしていたのだが別人のような声がその状況を宣言する。
そして、ターゲットをニーアに定め、首をひねらせ、羽が広がり、畳まれた瞬間、大口を開けてニーアを喰い殺さんと迫った。
反応が遅れた各人は目で追うことしか叶わなかった。
「え?」
ニーアは状況を飲み込むまでもなくその牙に飲み込まれる。
その数瞬前に一人だけがそれらを察知して動いた。
「しまった!」
ユーリは叫ぶ。
既に陣はゆがみ所々が書き換えられていた。
ルイノルドの姿が消え、ユーリの脇を風が吹き抜けていった




