45話 重なりは重く
オルキスは母の日記を持って自室にこもってしまった。
朝を迎えた今も出てきていないようだ。
心配になったウィル達は出発の前にアトリエに寄ったが、年相応に老いてしまったような印象のザラクがそう告げた。
帰りにまた寄ることを告げて、元々の目的に戻る。
空は曇天だった。
道中、いきさつを聞いたメレネイアが語り始める。
「オルティのことは聞いていましたが、命を絶ったとは知りませんでした」
責めるように同乗しているジェイルに返答を求めた。
「なんだよ、色々事情があるんだよ。俺を責めんじゃねえよ。俺が帰ってきたのはそのだいぶ後だからな」
吐き捨てるようにジェイルは答える。
もう一人かつての仲間のアルフレドは手綱を握ったままで何も言わない。
メレネイアはそれも気にくわなかった。
「お父さんはやっぱりいたんだね」
無言が続くかと思ったがニーアが複雑そうに呟いた。
この場にオルキスがいたならば言わなかった言葉だった。
「ルイノルド、いえ、ルイですか。もうなんだかわかりませんね」
かつて呼んでいただろう呼び名を口にしてみるもメレネイアはどこか空気をつかむような感覚でその名前がしっくりこない様子だった。
珍しく苦しそうに考え込む。
「ま、まあ切り替えて行きましょう! 今は元気出さないとやってられないって!」
自らの鼓舞も含めて声を上げる。
思わず立ち上がると段差があったのか大きくよろめき顔面をうつ。
「失礼」
手綱を握るアルフレドが前を向いたまま声をかける。
その顔は笑みが浮かんでいた。
「なんだか、不思議と懐かしいですね。こうやって場をひっくり返すというか」
メレネイアは顔を上げて少し微笑む。
「そうだよな。馬鹿のおかげだな! 今は目の前に集中しようぜ!」
ジェイルは不機嫌だったが顔をさするウィルを見て馬鹿笑いした後、大げさにその道の先を指さした。
「ウィル、鼻! 鼻血!」
レインシエルがウィルの鼻を布で覆う。
「あーもううちの兄はこれだから」
ニーアも笑う。それはかつての父親を重ねるように懐かしさを覚えた。
「やっぱり飽きないなあ」
「ユーリ、顔」
ユーリとアイリはその光景を遠巻きに眺め、違った意味で嬉しそうにしていた。
アイリが感情がにじむ表情を指摘すると、ユーリは表情を戻した。
「本当に飽きない」
抑えきれず笑みの表情が浮かび、意図せず声を出して笑っていた。
「おい、さすがに笑いすぎだぞ!」
ユーリは思う存分笑った。まるで始めて笑うかのように飽きるまで笑った。
「ユーリ……」
アイリはその様子を無表情で見つめ、声だけは心配と恐怖を混じらせる。
その場でアイリだけが下を向いていた。
どれだけ時間がかかっただろう太陽は頂点へと向かっていた。
海中遺跡【アキアシュテルノ】
その様子は地上からは見えない。
入り口は洞窟となっており、数人の兵士が警備に当たっていた。
「連絡は受けております。どうぞお入りを……って陛下!?」
事前に連絡は受けていたものの国王自らが登場するとは知らなかった兵士はあわてて胸に手をかざす。
「よっ。さぼってっか」
兵士にかける言葉は威厳もなく、どちらかというと友達のような接し方をする。
「はっ、適度にさぼっております!」
兵士も兵士で馬鹿正直に答える。
「おけおけ、気張りすぎはよくない。うんうん」
それをとがめることもなくジェイルは洞窟に近づく。
「ねえ、この国って大丈夫なの」
ふと不安になったレインシエルが危機感のない国を憂いた。
しかし、誰もそれには答えるものはいなかった。
皆同感だった。
「で、仮面野郎は出てきたか?」
気にしない様子でジェイルは先に入っているであろう男の状況を訪ねる。
「いえ、かれこれ2日くらいでしょうか? 音沙汰ありませんね」
「ほんとにこもってんの」
呆れたようにジェイルは暗がりの洞窟を見つめる。
「そんならさっそく会って確かめてやる」
父親がそこにいるという希望から腕を回しウィルは洞窟の中へ向かう。
取りあえず殴るか蹴り飛ばすつもりだった。
「行動力ありすぎだろ……。 とにかく俺らも入るから、何かあれば俺の端末に連絡かイリアに連絡取ってくれ」
「アストレムリ外なのに連絡取れるのですか」
ユーリは端末はアストレムリ外では思うように使えないことを知っており、驚いた。
「ああ、アストレムリ用じゃない。こっちにはこっちのやつがあるんだよ。遺跡で認証さえできればお前の端末でも連絡取れるようになるはずだぜ」
「それは是非したいですね」
新たな楽しみができたとユーリは足取り軽く洞窟へ向かう。
それに無言のままアイリがついて行く。
洞窟の中は薄暗いものの足下にランタンのような明かりを灯す装置があり、道を照らしていた。
しばらく進むと青白くほのかに輝く扉が姿を現した。
歩いた距離からしてこの上は海でその下をくぐっているようだった。
「ほんじゃ準備はいいか? つっても何も起きねえけどな」
妙に重々しくジェイルが語ったが、ただの演出のようで返事を待たずに扉に触れる。
その瞬間、一際輝くと扉は押し開かれた。
「十年ぶりですね」
メレネイアが呟く。
「そうですね」
アルフレドが頷き足を踏み入れた。
その足はゆっくりと踏みしめるようにアルフレド無意識に重さを感じていた。




