41話 錬成士
レモンの風味が鼻から抜け、爽やかな冷たい風を感じるような冷たい紅茶だった。
「へえ、にしても跡継ぎだからって形からはいるとはなかなか強引だね」
レインシエルはオルキスのアトリエと銘打たれた店の、オルキスの身の上話を聞いていた。
「そうなんですよ、そんなことしても結局失敗ばっかりだし」
皆、先ほどの爆発を思いだし生暖かい視線を向ける。
「あれはアーティファクトを作る装置なの?」
ニーアは興味深そうに先ほどの台座について聞いた。
「うん。この店は結構オールマイティなアトリエで錬成から創製、付加とかいろいろやるんだ。あの台座は特別製で昔、お爺ちゃんのお父さんが持ってきたらしいんだけど、それ以外はあまり話してくれなくて」
オルキスはふてくされたようにほっぺを膨らます。
「何か創れるの? さっきはなにを創ろうとしてたの?」
ニーアは創れといわんばかりに顔をこうちょうさせて身を乗り出す。
オルキスはそのまま少し仰け反る。
「あ、さっきの失敗したまんまだった。さっきは創製だね。どっちかというと混ぜ合わせるっていうとイメージしやすいかも。ちょうど回復薬を創ってたんだ。 見ていく?」
「もちろん!!」
「若いっていいわね」
イリア以外は台座の方へと向かっていき、イリアはかつての自分を重ねるようにその後ろ姿を見送った。
「それでは始めます!」
オルキスは腕まくりをして気合いを入れる。
「創製は素材の成分を抽出して、それらを掛け合わせて一つのものを作り出します。稀に効果が強かったり弱かったり、はたまた、思いがけない効果のものもできます」
「そして爆発したり」
ウィルは冗談のつもりで言ったのだが本人には結構なダメージだったらしく瞳を潤ませる。
「うぅ……」
ニーアとレインシエルから鳩尾に肘を入れられ、悶絶する。
「さいってー」
「馬鹿なの?」
口々に非難され、ウィルは女子の団結力の恐ろしさを知った。
「き、気にしないでください。事実なので」
腕で涙を拭くと気を取り直し棚から植物と緑色の液体が入った細長いガラス管、水、赤い植物を持ってくる。
「これは薬草の一種で森でよく取れるミーティア草です。赤い薬草はコルティア草で毒消しの効果があります」
乾燥していたが、黒竜との戦いの時に群生していた薬草を腹をさすりながらウィルは思い出す。
「そっちの液体は?」
ニーアはガラス管の液体について聞く。
半透明の液体をオルキスは自分の目の高さまであげる。
ガラス管越しにオルキスの目が広がって見える。
「これは効果を安定させたり反応を一定に保つためのネクターというものです。植物系の創製には緑色のミドル系ネクターを使います。細かく言うと応じていろんな種類がありますが」
洒落かと思って口に出そうとしたウィルだったが先ほどの痛みを思い出してすんでのところで留まった。
「なんだっけ、ミディエラーって人が使うやつ?」
まともな質問をしようとひねり出した結果、ヨネアが持っていた液体を思いだした。
「それとは違いますね。どちらかというとこちらは安定剤のようなもので直接的な効果はありません。ミディエラーが使う液体は高純度の薬液なのであれはあれで回復薬の効果があります。それに空気中のマナを反応させることで本来の効果を飛躍的に昇華させるものです」
「へえ」
ウィルは見た目に反して知識量が豊富なオルキスにギャップも加え感心した。
なぜかしたり顔でニーアとレインシエルが見やってきたことは納得いかなかったが。
「まず水をこの受け口に入れます」
台座は器のように湾曲しており、オルキスは水を流し込む。
だが、先ほどのように水球となって浮き上がることはなかった。
「ああ、マナがないと起動しないので」
不思議がる皆の様子に気づいたのかオルキスはそのまま手をかざす。
直後、台座は紫色の光を灯らせ、その光線は台座の周囲を巡り円形の術式を浮かび上がらせると水は形をなし中へと浮かび水球となった。
「おお」
皆一様に感動する。
素直な喜びにオルキスは思わず嬉しそうに微笑む。
「それでこのネクターを入れます」
台座の正面に先ほどまでなかった小さい注ぎ口が開かれており、そこにネクターをガラス管ごと差し込むと、ガラス管は勝手に台座に飲み込まれ蓋がしまる。
すると、台座中央に緑色のさきほど入れたネクターが緑の玉となって水球に入る。
それは水と混ざることなくその中をくるくると周回する。
そしてガラス管が空っぽの状態で注ぎ口から出てきた。
オルキスはそのままミーティア草と、コルティア草を水球に触れさせると軽く一押しして植物は水球へと取り込まれていった。
「ここからが本番です」
オルキスは目をつむり両手をかざす。
間を置いた後、かっと目を開き、自身のマナを注入する。
「インターフェース起動、えっと、余分なものは取り除いて、これはこっちにっと」
オルキスがなにをしているかは皆目分からなかったが、水球は内部で水流を作りだし、ネクターは形を失い水流と混ざり水球は緑へと変わる。
淡く光り出した水球の中はどうなっているか見えなくなっていた。
「これで実行」
オルキスが呟くと光は強くなり、やがて収束すると、そこには水球がなくなり、代わりに淡い緑色の液体が浮遊していた。
「あ、ウィル、そこの瓶とって?」
ウィルはいきなり呼び捨てされたことに違和感をもつことはなかった。
それよりも目の前の出来事が感動的だったからだ。
ウィルは傍らの三角錐型の小瓶を渡す。
「ありがとう」
オルキスは瓶のコルク栓を開けて液体にかざす。
すると意志を持ったかのようにするすると小瓶に液体が入っていき、全て入ったところで栓をした。
「ふうっ、うまくいったあ」
肩の力が抜けて大きく安堵のため息をつく。
「とまあ、こんな感じで液体回復薬の出来上がりです」
オルキスは後ろを振り向くとぽかんと口を開けたままの3人の様子に戸惑う。
「え、どうしました?」
「すごい、すごいよ!」
ニーアが拍手とともに賞賛の言葉をかける。
何かのショーでも見たかのようにその空間は拍手で満たされた。
「あわわ、ありがとうございます。でもこんなの初歩の初歩で……」
オルキスはターバンを引き寄せ顔を隠す。
「オルキス! また失敗したか!!」
ばたんと勢いよく入り口の扉が開く音とともにしゃがれた声が店内に響いた。
突然の本来の主の帰還に店内は静まりかえった。
「はわ、お爺ちゃん……、ううん、成功したよ!」
はしゃぎながら小瓶を持って、お爺ちゃんとは思えない屈強な体つきをした髭面の男性にそれを見せる。
「おお、ちゃんとできておるな、やはりわしのかわいい孫じゃ」
小瓶を一目見て、満足げに頷きオルキスの頭をなでる。
その姿は仲の良さを伺わせ孫に甘いお爺ちゃんそのものだった。
「で、おまえ等は誰じゃ」
一転、余所者を見るかのように鋭い目つきで来客者を睨みつける。
ウィルは、これはめんどくさくなると確信した。




