37話 エイジア
それから二日、不思議なほどなにも起きずイストエイジア王都【エイジア】に到着した。
アストレムリと比べると見劣りはするものの壁内の白い町並みは美しく北東の海に面しているためか爽やかな風が吹き抜けていた。
別名【海の楽園】とまで比喩される都市は南国の雰囲気を楽しむ観光客が多い。
漁業もさることながら郊外には広大な農園があり、国内にある鉱山都市からは質の良い鉱物が取引され、物資が集まるためかそれに伴う加工業も盛んな都市だった。
丘の方にはこれもまた白を基調としたエイジア城が存在感を放っている。
ウィル達一行はここまで護衛してもらった兵士に別れを告げ、まずは王のいる城へと向かうのだった。
石畳の町並みを抜け、城門に近づくと衛兵に止められる。
「すみません。いつもは庭園まで開放しているのですが、情勢不安のため出入りを制限しております」
柔和な態度でウィル達に接する。
治安の良さがその態度でも分かる。
「これを」
アルフレドは懐からディファルトから受け取った書簡を差し出す。
「失礼します」
衛兵は書簡を受け取り、カードのようなものを近づける。
書簡とカードが光ると書簡の蓋が開き、中の文を取り出し確認する。
「これは確かに。お手数おかけしました。王がお待ちです」
衛兵は門の中にいる仲間に合図を送るとゆっくりと両開きの扉が開いた。
「こちらです」
中に居た衛兵がウィル達を先導する。
普段は開放されている庭園を歩く。
「すっごい綺麗」
ニーアはきょろきょろと周りを見渡す。
手入れをしている女性がこちらに気づき一礼する。
果樹もあり多くの種類の実がなっていた。
「聞いたかもしれませんが、普段は一般にも公開されていて憩いの場としても人気の場所なんですよ」
衛兵は自慢げに庭園の案内もかねて少しゆっくりと歩く。
しばらくしてやっと城門へとたどり着く。
「王の招待客です。あけてください」
両側に立つ衛兵に声をかけると手を胸に当てたあと両側から開く。
ひんやりと気持ちのいい冷気が溢れる。
「お待ちしておりました」
眼鏡をかけた女性が真ん中で深く一礼する。暗い赤髪を後ろで縛り丸くまとまっているのが見える。
「久しぶりですね、イリア」
メレネイアに声をかけられたイリアは顔をあげる。
「まったくあなた方はトラブルを持ち込まずに来ることはないの?」
イリアは、はあとため息をつきながらも久しぶりの顔ぶれに嬉しく思い微笑んだ。
「おっと失礼。すぐに王がお会いしますので謁見室まで先に案内いたします」
思い出したかのように咳払いをして姿勢を正し先へ進む。
城内は左右に長い通路、奥には大きな扇状の階段、その両脇には扉があった。
床はよく磨かれているようで鏡のように光源を反射させていた。
イリアは階段を上っていき、ウィル達もそれに続く。
伝統細工だろう細かい装飾に彩られた扉が開く。
大きなひらけた空間の先、階段の上の玉座に座る、まさしく王と王女が座っていた。
王の表情は固くどっしりとした貫禄をにじみ出す。
赤銅色の髪が少し日焼けしたような王の顔をより屈強な印象を与えていた。
皆、一様に跪き頭を垂れる。遅れてウィルとニーアも見よう見まねで追随する。
「ジェイル殿下ご機嫌麗しゅう。ヘクトリーセ王女殿下におきましても変わらない美しさで」
アルフレドが頭を垂れたままウィルにとっては聞き慣れない話し方で挨拶を行った。
「良い、顔を上げよ」
許しを得てそれぞれ顔をあげる。
王ジェイルの次の言葉を待つ。
「……ってやめだやめだ。変なことさすな。アル」
「は?」
急に玉座に背中を預け、先程までの硬い表情が崩れめんどくさそうに頬杖をつく。
ウィルは思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「なんだ、変わったのは見てくれだけですか」
アルフレドは立ち上がり、畏まった様子もなく王を見上げた。
メレネイアも同様にその王を見上げる。
「皆さんも楽にしてください」
優しく勧めてくれたのはヘクトリーセ王女だった。
戸惑いながらもウィル達は立ち上がり状況説明を待った。
ユーリとアイリにいたっては素直に受け入れて装飾を二人して眺めていた。
「仲間だったってのは聞いてたけどこんなでいいのか?」
ウィルは予想していなかった状況に宛先のない疑問を投げかける。
「前に少し話したかと思いますが、彼はかつての旅仲間のジェイルです」
ウィルはメレネイアに出会った当初とミリアンでの会話からかつての仲間を聞いたことを思い出した。
アルフレド、メレネイア、シア、そしてジェイルだった。
「いや、それでもなんでって感じですよ」
おそらく父親もその仲間だとは思った。
「メルの言うとおり俺はそいつらの仲間だったの。そんでいろいろあって王様になったわけよ」
いろいろの方がよほど大事だったのだが、軽く流されてしまう。
ジェイルは玉座を立ち階段を降りていき、ウィル達と同じ場に立つ。
「ようこそ、蒼の災厄くん」
ジェイルは握手を求めるようにウィルに黒い手袋をはめた右手を差し出す。
「こっちでは英雄のはずでは?」
自分で言うのもなんだったが、災厄と言われたことに多少むっとなり、握手を返す。
力いっぱい握ったつもりだが、ジェイルは涼しい顔をしていた。
「はっはっは。悪いなちょっとした冗談だよ。気になさんな」
大笑いして次はニーアの前へと立ち、また右手を差し出す。
「これはエファンジュリア。いや、まだヴァイスだったかな」
ニーアは端から見てもわかるほど力一杯左手に力を込めた。
「ニーアよ! こっちはウィル! よろしくお願いします!!」
ニーアは顔を真っ赤にしていたが、ジェイルはまったく気にしていないようだった。
「兄想いの良い娘じゃないか」
まったく効いていない様子だったのであきらめニーアは手を離した。
「お前は離すんじゃねえぞ」
ウィルに戻ったジェイルはその耳元で囁いた。
先程までの軽さはなく、気持ちの入った言葉にウィルは言葉を失った。
通り過ぎる時に数瞬目が合ったとき、ウィルは他人のような気がしなかった。
ジェイル自身の後悔のような悲しげに光る目にウィルはなにも言えなかったのだ。
そして、レインシエルへと向かい、彼女の頭をがしがしとなでる。
「でっかくなったなあ! 母に似て美人になりそうだ。大人になったら妾に迎えよう」
「やめてください!」
レインシエルはその手を振り払う。
くしゃくしゃになった髪の毛を整える。
「殺しますよ?」
冷ややかな声と共にメレネイアは左手にグローブをはめる。
「すみませんでした。調子に乗りました」
目にも止まらぬ早さでメレネイアに土下座する。
王たる姿はもうどこにもなく、ウィルの理想は砕け散った、
むしろディファルトが王だったらとも願うのであった。
「まったく、懲りない人」
メレネイアは手袋を外す。
「そーんで、うちの伝統細工に喜んでもらえて有り難いが、そこの銀髪兄姉」
何事もなかったように立ち上がり、うろうろと物色しているユーリとアイリに近づく。
「いやあ、すみません。見とれてしまいました」
ユーリは目線を王へと移す。
「いや、思う存分見てくれていい。報告書によると道中、アル達が世話になったな」
ジェイルは姿勢を正して頭を下げる。
「これからもできれば助けてやってくれ」
「従うまでもなくそのつもりです」
ユーリもまた礼を返す。
「そのつもり」
続いて軽くアイリも頭を下げた。
その様子を見てウィルはジェイルをつかみ損ねていた。
人によってか態度を変える姿は八方美人とも見えるが、それだけではない不思議な魅力すら感じた。
城下の人々の人なつっこい気質はこの王だからだと思われた。




