30話 港町ヴェローナにて2
「大変、申し訳ありませんでした!!」
ウィルは未だ外に出ることは叶わず、屋敷内の迎賓用のテラスにて外を眺めていた。
木造の静かな雰囲気のある場所で、テーブル席に座っていた。
低身低頭で謝罪を続けるメイド姿の小柄の女性にウィルは気圧されテーブルに置かれたアイスコーヒーのグラスがひやりと汗を垂らしていた。
「い、いや、いいですって、優しさって大事だなって俺も反省しましたし」
ウィルは特に彼女には関係のない思いやりだということには気づかなかった。
しばらくして彼女は顔を上げた。
ふんわりとまとめられた黒髪。
前髪を分けるために留められた花の銀細工がこしらえてあるヘアピンが印象的だった。
ヘアピンがなければ隠れていたであろう黒い瞳はぱっちりとしており涙を溜めていた。
「完全に人違いでした……」
そう釈明する彼女に人違いであくても蹴りをかますのかと言いたくはなったがまた謝罪のループに陥りそうだったので憚られた。
「まあそんなことも……ありますよ」
少しばかり救われたのか安堵の表情が見て取れた。
鼻をすすりながら一呼吸おいた後先程とは違い、ぺこりと頭を下げた。
「私はこの屋敷の侍女ティア・ランティールと申します。そのままティアとお呼びください」
かしこまった様子のティアはまだ引きずっているのか声が多少震えていた。
「俺はウィル・S・リベリです。そんなかしこまらなくていいですよ。座ってください」
ティアは一瞬躊躇し周りを見渡すと誰もいないことを確認して真向かいに座った。
「ありがとうございます!」
なにを思ったのか置いてあったアイスコーヒーを掴み、ごくごくと豪快に飲み干した。
「ぷはあっ、やっぱり姉様の淹れたコーヒーは美味しいです! ウィル様もどうぞ!」
そういってウィルの前に過去あったグラスの場所を指して勧めてきた。
何もない空間と自ら持つグラスを交互に視線を移し、一拍おいた後、みるみる顔が紅潮していった。
「あわわわわ! 私またやってしまいました!! 申し訳ありません!!」
慌てて立ち上がりまた深々と頭を下げ、そそくさと席を離れ、しばらくするとアイスコーヒーを運んできた。
ふうとウィルは飲み物で喉を潤す。
ちゃっかりと自分のをおかわりしてきたティアには何も言わなかった。
「それでなんでしたっけ?」
「それはこっちが聞きたいのですがぷふっ」
ティアの抜け具合にウィルは思わず吹き出してしまった。
あっと小さい声を出したティアは恥ずかしそうに身をすくめた。
「すみません、えーっとちなみに誰と間違えたんですか?」
話題は他にもあったがとりあえず直近の疑問をぶつける。
「前にいらっしゃっていた方と雰囲気が似ておりましたのでつい」
言いにくそうに上目遣いでウィルを見つめる仕草に多少なりともウィルの胸が高鳴った。
「ずいぶん仲がよろしかったんですね」
ウィルは素直にそう思った。ウィルにとってはそんなことができるのは、したことがあるのは現在のところ兄のリヒトだけだった。
「いえ、その方にはやったことはありません……、つい」
ついであの口調で跳び蹴りとは、持っていたグラスの氷がカランと音を立てる。
「ただ蒼眼の仮面の方には命を助けられた恩人で帰っていらっしゃったのかと」
「蒼眼?」
ウィルは思わず聞き返した。先程とは違う意味で心臓がうずく。
「そうです。郊外の薬草取りに出かけているときに普段はいない魔物、しかも昔話に出てきたディアヴァロような竜種の魔物に襲われまして、その時に颯爽と現れて追い払ってくれたのです。ああ、あの剣技、美しかったなあ・・・」
頬を赤らめその情景を思い返すティアはうっとりと頬杖をつく。
そんな恩人に跳び蹴りを食らわすのかと再度、ツッコミたくなったが、そんなことはどうでもいいとウィルの頭の片隅に追いやった。
「そ、その人の名前は? ルイノルドではなかったですか?」
「あ、すみません。えーっと名前までは伺ってないんです。教えてくださらなかったし、ただ、そうですね、まさにウィルさんみたいなきれいな蒼い瞳でしたね……ってもしかしてご家族でしたか!?」
現実に戻ってきたティアは上半身を乗り出しウィルの瞳をまじまじと期待を込めて眺めた。
「もしかしたらそうかもしれませんね」
確証はなかったが、言わない理由はなかったのでウィルは父親を捜しに旅をしていることを話した。
反逆者のレッテルの件はさすがに伏せたのだが。
「はえー、結構な長旅でしたね。最近はアストレムリに蒼眼の災厄が再来したとの知らせもあって仮面様かとも思ったのですが、蒼の話題が増えるなんて不思議ですねえ」
ティアはコーヒーをまた一口飲む。
察しの悪さにウィルは助けられほっとするが、蒼眼がもう一人いることは確かであると確信していた。
そして海賊の襲撃しかりどれもがウィルだと勘違いしている。
他に情報がないのも確かではあったが、ルイノルドであるとも思い、信じたい気持ちがそうさせた。
「あ、いけない! 備蓄品の買い出しに行かないと!!」
ティアはがたっと立ち上がると残りを飲み干す。
「あー、手伝いましょうか?」
自然とウィルは提案していた。
「そんなお客様に……お願いします!!」
遠慮しようと思ったのか思わなかったのかくらいの速度でその提案を受け入れられ苦笑いを浮かべながらウィルも一杯のコーヒーを飲み干した。




