27話 守るために
明け方、ようやく思考のまどろみの中で眠りについたのも束の間、
重い衝撃音が船全体に響きわたる。
何かが衝突したような衝撃にウィルは飛び起きる。
「なんだ!?」
息つく間もなく二度目の衝撃。
「海賊だああああ!」
水夫の叫びが聞こえたかと思った後、すぐさまパニックの様子が響きわたる。
バックパックと剣を取り甲板へと向かう。
「ウィル!」
同時にレインシエルとニーアに出会う。
「レイ! ニーア! 海賊って!?」
「分からないけど、行くしかないよ!」
船内は既に混乱していたが水夫の案内により乗客は食堂内へと誘導されていた。
水夫の一人がこちらに気づく。
「旅の方!もし戦えるようならば申し訳ありませんが甲板にて応戦をお願いいたします!既にあなた方のお連れの方は出ていただいてます!」
「分かった! ニーアは食堂にいろ!」
ウィルの言葉にニーアはすぐに顔を真っ赤にして怒る。
「はあ!? わたしも行くに決まってるでしょ!」
「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ! 死ぬかもしれねえんだぞ!」
「私は大丈夫、ウィル兄が守ってくれるんでしょ?」
ニーアはきっと意志のこもった目を向ける。
ウィルは長くその目を見ていられなかった。
「あーくそっ! 分かったよ! 絶対離れるなよ!」
髪の毛をくしゃくしゃにして気圧されたウィルは甲板へと向かう。
「うん!」
「大丈夫、あたしもいるから」
甲板に出るとき、レインシエルはウィルにつぶやいた。
甲板では予想以上に激しい戦闘が始まっていた。
既に乗り込んできている海賊達は気味が悪いほど戦いを楽しんでるようだった。
「うっ……」
足下には息絶えた水兵が転がっていた。
嫌な光景がフラッシュバックしそうになり動悸が早くなる。
「ガキがでてくるなんてこの船ももう終わりだな!」
海賊の数人が気づき問答無用で剣を振ってくる。
「ウィル!」
反応が遅れたウィルの代わりにレインシエルが両手の短剣で剣を受け止める。
剣を流した後、海賊の首を容赦なく切る。
既に入り口は戦いで埋まり戻ることも許されなかった。
「あなたはニーアを守って!」
「っ! ああ!」
ニーアは大きく深呼吸する。
「お願い……」
ニーアは小さな声で歌い始める。
それに疑問を投げかける暇はなかった。
一番狙いやすいのだろう。他の海賊が襲いかかってくる。
受け止めるだけで精一杯だった。
布を剥ぎ取り、剣で反撃を加えるものの難なくかわされてしまう。
「なんだあ? お前弱いの?」
剣がそれなりに立派だったことに一瞬警戒した強面の海賊だったが、軽い剣戟に既にウィルを格下と判断した。
そう分かったなりににたにたと余裕をかます。
「くそっ」
ウィルは自らの不甲斐なさを痛感し、悪態をつく。
死んだ人の顔が脳裏にちらつく。
どうしても踏み込んだ攻撃ができなかった。
かろうじて背後のニーアの歌声が逃げ出しそうな自分をぎりぎりで踏み留めていた。
それはとても優しく不思議と心の底に力を与えていた。
だがウィルにはその実感はない、ただ目の前の敵で視界が埋まっていた。
「くそっ、くそ」
意味のない剣の連戟に苛立ちと恐怖が募ってくる。
「さて、もういいや、死ね」
軽く海賊に踏み込まれ剣を突き刺そうとしてきていた。
ウィルの反応は鈍い、今までの動きより圧倒的に早く、狼狽していたウィルには対応できなかった。
死ぬ……。
死ぬ……?
ああ、覚悟なんてできるかよ……。
誰か守ってくれよ……。
引き伸ばされる時間の中で誰でもない助けを求める。
刹那、何か頭に軽く電気が走るような、焼け付く感覚がしたような気がした。
それを確かめる間もなく、目の前にいた海賊は巨大な壁にぶち当たったかのように顔をひしゃげながら飛んでいった。
その血しぶきがウィルの顔に飛沫する。
「ウィルさん! 後ろにいるのは誰ですか!!」
少し離れた位置で叫んだのはメレネイアだった。
おそらくあの攻撃もメレネイアの一撃だと直感した。
我に返ったウィルは後ろを振り返る。
歌に集中するその姿はウィルよりも立派に思えた。
「情けな……、兄貴だろ。何守られてんだ」
聞こえるか聞こえないくらいの声でつぶやいた。
ただ守るべき人を守ろう。守れる人を守ろう。
できることはそれだけだ。
正解かはわからない。
守りきるにはこの選択しか今はない。
ウィルは一呼吸置く。
「ニーア。 聖堂の時の歌えるか」
この間、ウィルの周囲を誰かが意図したのかは分からないが、代わる代わる守っていた。
「……歌える。 けどあれは歌いたくない」
歌を止め、哀しそうな目をニーアは兄へと向ける。
「お前を守るために必要なんだ」
「……分かった。 無茶はしないで」
ウィルは小さく頷いた。
無茶をするなということがどういうことかはっきりしなかったからだ。
前回と同じようにしばらく動けなくなるくらいなら問題ないと考えていた。
そして先ほどの焼きついた感覚はおそらく、生存本能の呼びかけだ。
「フォルテ…… REcode――」
まるで曲名をつぶやいたかと思うと、先ほどの声量とは桁違いに周囲にその歌は響き渡る。
空間そのものが歌を増幅しているかのように空気が振動する。
ウィルは視界が遠ざかるのを感じ、身をゆだねる。
RECODE start;
前回の感覚とはまるで違った。
違和感がない。
遠ざかる意識の背後から何かが上がってきていた。
海賊の一団をユーリは蹴散らす。
その背後のアイリはずっとしゃがみこんで手を動かしていた。
すべての敵の排除を兄に任せきっているような状態だった。
「ああ、体術とこんなナマクラ剣じゃ思いの外削れないですね」
ユーリは珍しく愚痴をこぼす。
剣は敵から適宜奪いながら鮮やかに命を絶ってゆく。
愚痴からは想像できないほど無駄が少なく、敵の動きを予測したような動きだった。
「仕方ないし想定内。あなたに問題なければ危険はない」
「そうですねって、まだですか?」
「予定通り。ほら」
小さく見えるピンクのかわいらしいカバンから円柱状の細い筒を取り出しユーリに渡す。
「だから準備しておきましょうと言ったのに……」
小言を呟きながら筒を右手で握り締める。
「プロセス省略」
握り締められた筒から淡く紫色の光が走ると、片方の先に光が灯る。
「それでは皆さん、おやすみなさい」
ユーリは穏やかに周りを取り囲んでいる海賊に告げると、灯っていた先端の光を親指で押した後、筒を胸に持って行く。
その瞬間、ドーナッツ状に電撃の光が広がり、円の範囲にいた海賊はたちまち電撃を受け、気絶、もしくは絶命した。
「おいおいおい……」
かろうじて円の外側にいた海賊達は一瞬にして無力化した仲間を恐ろしい電撃の光に一気に恐怖した。
「アイリさん?」
「なに?」
「中心の効果除外設定おかしくないですか? 少し感電したのですが」
苦い顔をしてユーリは肩をぐるぐる回した。
「大丈夫、私はマスタ設定が除外になっているから」
アイリはぐっと親指を立てる。
無表情ながらもどこか澄ましたような顔ですらあった。
「いや、僕の話なのですが……、周りに味方がいなかったから良かったものの」
無視されたからかユーリはため息をついて周囲を一瞥する。
視界に入った海賊達は恐怖に支配されていた。
「こんなものでしょうか? おっと?」
戦意を失った海賊より向こう、ちょうど船室の入り口くらいの様子に注視した。
なぜかといえば、歌が聞こえたからだ。
それは共鳴し空間そのものが歌い始めるような、文字通り力のある歌。
そしてすぐに蒼い煌きがその場に生まれるのを見た。
「どうする?」
カバンを閉めたアイリが立ち上がりユーリに問う。
「もちろん見物、もとい観察でしょう」
アイリを抱えると力をこめるようにかがむと見張り台へと跳躍し、軽そうに飛び上がった体は難なく見張り台へと着地した。
そして、その目には蒼く煌く剣を構える少年が見えていた。




