26話 覚悟の上で
海風がウィルの髪を凪ぐ。
船に乗ったのはこっちに来て初めてだということもあり、最後に乗った船とは安定感の違いにむしろ不安を覚える。
ひとしきり風を満喫した後、船内を探検しようと船内へ向かおうとするとちょうど銀髪の青年が出てきた。
ユーリはウィルを発見すると、大げさに手を振り近づいてきた。
「いやあ、いい風ですね」
ウィルの進行方向を妨げるように立つユーリにウィルはため息混じりに笑った。
「はいはい、付き合うよ」
甲板を戻り再び海を眺める。
「……」
問答無用に誘った割にはユーリは言葉を発しない。
感情の読みとれない表情でただただ海を眺めていた。
「……えっと、旅してるんだっけ?」
さすがに無言が続くことに耐えきることができず、何とかウィルはわだいをp振った。
「……あっ、すみません。少し放心していました。 旅してますよー」
「放心って……、質問悪かったな、なんで旅してんの?」
ウィルもまた海を眺め返事を待った。
「そうですね。綺麗なものを見たくて、……ですかね」
「綺麗なもの? 景色とか?」
抽象的な目的に少しだけ興味が湧き、ウィルは思わず聞き返した。
「もちろん、それもあります、それも含めてこの世界の人々の営みやそこにしかない何かを発見して享受したい。」
「へえ、なんか……すごいな」
ウィルはそれこそがきれいだと言おうと思ったがなんだか照れくさくなり言葉にするのは憚かられた。
「それと、僕たちの――」
その時、強い風が吹き、声をかき消された。
「うわっ、ってごめん聞こえなかった」
「いえ、何でもありません」
ユーリのその顔はやはりきれいに思えた。
まるで子どものように無垢だとウィルは感じた。
もちろんそれも口には出さなかったが。
「それで、ウィルさん達はどうして旅を?」
「ん、ああ俺たちは、俺とニーアは親父を捜して旅に出てるんだ。その道中アルフレド、行商のアルフレドさんに拾われて親父捜しがてら道中仕事を手伝ってるってわけ」
嘘はついていない。
昨日、アルフレドと打ち合わせした内容だった。
正直に話すことはできないが、嘘はそのうちばれるし真実を抜き出せば盛り易くもなる。
「それはまた濃い旅になりそうですね。父君のお名前は? 僕達も旅の中で出会うかもしれませんしその時はお知らせしますよ」
「それは助かる。親父は……ルイノルドって名前」
偽名を使おうかと思ったが、メリットを考えた。
それと個人的にはユーリを信用したかった。
「ふむ、分かりました。 何か分かれば連絡しますよ」
ユーリは懐から手のひらサイズほどの端末をウィルに差し出す。
「王都で見たことあるぞ、互いにリアルタイム通信できるんだっけ?」
それは王都で若者が使っていた端末のようだった。
「最新式です。正直アストレムリ国内でしか音声通信は通信局の関係でできないと思いますが、単純にメッセージ通信はラグはあるかと思いますができるので、差し上げます」
「え、くれんの? そりゃうれしいけど自分のは?」
「僕はずっと使っているものがあるので、調達したのはいいもののやっぱり使い慣れたものがよいので」
ユーリはもう一台、白い小型端末を取り出す。
ウィルは遠慮する気持ちはあったが、新しいものに魅力を感じてしまい、顔は正直に輝き受け取った。
「おお、すげえ」
ウィルは早速、いじり倒そうとするが、はっと我に返りポケットへと入れる。
「ウィルさんは子どもみたいですね」
「うっ! 好奇心旺盛と言ってくれよ」
ストレートな物言いがウィルに突き刺さりあたふたとごまかす。
基本的な操作を学んだ後、風が冷たくなり、船内へと戻ることにした。
三日後。
船旅は快適だった。
翌日の昼前には目的地に着くというアナウンスもあり、船内は落ち着いた雰囲気だった。
ニーア、レインシエル、アイリはほぼ3人で過ごしていた。
このトリオはどこかしこで騒ぎを起こし、船内ではある意味有名人だった。
機関室への突撃、見張台へ登り、船内のバーで酒を飲み、暴走するニーアとツッコミが追いつかないレインシエルと静かにボケ倒すアイリは、既に名物となっていた。
騒ぎを起こす度、ウィルとメレネイアのどちらかは謝罪に向かっていたのだが。
アルフレドに至っては、珍しくバーで静かにお酒をたしなんでいるぐらいだった。
ウィルも一度だけ一緒に酒を飲んだが、初めてだったがうまく感じ飲み進めるほどにアルフレドが苦い顔をして財布の中身を数えていた。
以降、呼ばれることはなくなり、ウィルは反省した。
あなたはメルといい勝負しそうですね。
と、軽くなった財布を手で震わせながら立ち去っていった。
その日の夜、メレネイアから誘われ、嬉々として合流したのだった。
「聞きましたよ? 恐ろしく飲んだみたいですね?」
メレネイアは咎めている様子ではなく、むしろ嬉しそうにも思えた。
「はは、調子に乗っちゃって、今日は抑えます」
「ふふ、安心してください」
メレネイアはどこからか大きな瓶を取り出しカウンターにおいた。
マスターは以前の飲みっぷりと潤った懐事情に持ち込みについては何も言わなかった。
むしろつまみやらお酒をサービスしてくれた。
「これ、うまい……!」
小さな器に入ったメレネイア持参のお酒を口に含み、喉に運ぶ。
のどが焼けそうな感覚が来るが嫌な感じではなく、戻ってきた果物のような甘い香りが鼻に抜ける。
「私の見込み通り、この酒がのうまさが分かるようですね」
メレネイアは満足そうにさらにウィルの器へと注ぎ、自らも注ぐ。
「調子はどうですか?」
軽く良いが回ってきた頃に、メレネイアは尋ねる。
「調子はまあまあ戻ってきましたよ」
それを証明するかのように腕をぐるぐる回す。
「……なら良いのですが。 私も昔、同じことがありました」
ウィルの酒の手が止まる。
同じとは殺しのことだろうと分かった。
体の調子ではなく心の調子を差していることに誤魔化しは通用しなかった。
「私が初めて殺したのは、十一の時です」
「……若いっすね」
「少し外に出ましょう」
メレネイアの提案にウィルは頷く。
人のいる場での話ではないことは十分にわかった。
甲板にでると風は穏やかで酔いの回った頭が幾分か明瞭になった気がした。
周りに人はおらず月明かりの照明の下で続きを待った。
ウィルはメレネイアの話に耳を傾けた。
「私たちエルフは当時、その先見という多感な時期に強く発現する特殊能力があります。それを巡って戦争が起き、私も自ら参加しました。そして、一人の兵士を弓で射抜いたのです。人を殺した事実とあっけなく命が失われる光景に、兵士の人生を考えてしまい、私はそれ以上、弓を引くことができなくなりました」
「どうやって乗り越えたんですか?」
ウィルは無意識か自分の心情を見透かすようなメレネイアに結論をせまった。
「……それを抱えたまま、相談することもできず、すぐ次の戦いがありました。
弓を引けなかった私をかばって……父は死にました、そして足手まといになった私を逃がす道中、母も殺されました。そして兄は私を恨んだのでしょうね」
思わずそのまま持ってきた酒を一気に飲み込んだ。
明らかに自分より重い話に酔いを求めた。
兄については言いたくないのかそこで話は区切られた。
「私は自らの弱さで大事な人を失ったのです。死ぬ事はなかった人を殺してしまったのです」
「正解はない思います。それ以降、ただ私は守るべきものの為に人を殺める覚悟をしました。望もうと望まないと武器を持つならば、覚悟が必要です。命を奪い、自らの命と守るべき存在のために、逆もしかりです。守りたいならば覚悟も相手の命も背負って戦うのです」
「……逃げるってのは?」
おずおずとウィルは聞いてみる。
落胆されるのも承知の上だった。
「それも一つの覚悟です。ただそれが許されるのは最初だけです。戦いを選択しておいて逃げることは、おそらくできるでしょうが、何か失うことは確かでしょう」
ウィル自身も分かってはいた。
既に武器を取って人の命を奪ったのだ。
その事実がウィルの逃げ道をふさぐ。それさえも振り切る心などウィルは持ち合わせていなかった。
そもそも逃げてもニーアが狙われた以上、自分だけで守りきれる自信もなかった。
もう進むしかないのだとウィルは無理やり納得させようとした。
それからもやもやとした気持ちの中、ベッドでただただ答えにならない思考を悶々と繰り返していた。




