22話 ユーリとアイリ
数回の日の出を見た後、馬車は道中の盗賊襲撃にも耐え切り、港町イリイエへと到着する。
磯の香りがただよう活気ある港町、その雰囲気はウィルの故郷ベハーブを思い出すには充分だった。
兵士も目だつほどいなかった。
同盟国イストエイジア側であることやアストレムリから遠く位置していることが大きいだろう。
「はあ、しりが痛い」
馬車の振動で痛みが出たその小ぶりな尻をニーアはさする。
「お前がさつだよな」
「うっさいわね」
ウィルが小言を呈するとほほを膨らませ不機嫌そうに馬車を降りる。
「あらら」
盗賊襲撃からずっと不機嫌でウィルに冷たい感じだった。
「しょーがないと思うけどね。病み上がりみたいなもんだし、アルフレドさんからもまだだめだって言われてるんだから。 あたし言ってくるよ」
レインシエルがフォローしてくれるようだ。
というのも盗賊襲撃の際、迎え撃ちにウィルは病み上がりということもあり出ていないのだ。
それになぜ不機嫌になるのかは不明だが、もう一つ、ウィルが動けないなら自分がでると言って、ウィルの剣を掴み、馬車を出ようとして剣の重さにバランスが崩れたのか、そのまま馬車をまっさかさまに落ちた。
おそらくこれが一番の原因だろうとウィルは推測した。
誰に似たのか負けず嫌いと冒険にあこがれた想いがここにきて頓挫したことに大変ご立腹のようだ。
ふと鼻に届く磯の香りに母親と兄を思い浮かべる。
悪いとは思ったが本当に久しぶりに故郷を思い出した。
イリイエは小さめの湾の内側にある。
ただの港町ではなく重要な戦略的拠点としても成り立ち陸地側は砦と壁に半円状に覆われている。
ただ、アストレムリとの開戦で船艦や軍人は少なく感じる。
現地の人も戦争などまるで他人事のようにいつもの日常生活を続けていた。
馬車を降りたウィルはそのまま港へと駆け出す。
さらに強まる潮風にウィルは海を眺めて大きく息を吸う。
「あー懐かし、なんだかんだ好きなんだな」
人々がせわしく働く中、いつの間にか波の音だけが聞こえてくる。
左手に持つ布に巻かれた剣の重さがより強く感じた。
ウィルはどうしようもなく言い難い虚無感に包まれた。
それは後悔から生まれたものかこの先の不透明さかウィルにはわからなかった。
ただただ悲しく故郷を感じた。
ニーアとレインシエルはウィルとは離れ市場へとやってきた。
多くの店には果実や魚が並び果実の多くはイストエイジア王国から輸入した暖かい地方独特のものらしい。
「ねえ、ウィルのこと許してあげてよ」
「許すも何も別に怒ってないわよ」
物色するニーアにレインシエルは先ほどのやりとりについて触れたがニーアはぶっきらぼうに返事をするだけだった。
「もうやっぱり怒ってるじゃん」
兄弟がいないレインシエルは少しだけ羨ましく思う。
「怒ってないって!
ただ私はーー」
ニーアの表情が曇る。
そこには先ほどまでの怒りではなく、心配するような弱々しい表情だった。
ただ私は、その続きを聞くところで言い争う声が聞こえてきた。
「なんだろ?」
注意はそちらへと向かう。
「そこの兄ちゃん!嬢ちゃんのお金払ってもらわないと困るよ!」
ニーア達は遠巻きに見ている人を避けながら進んでいく。
そこには顔を真っ赤にしているアクセサリー屋のおばあさん、いやお姉さんと、銀髪の長身ですらっとした顔立ちのきれいな男性と、同じく銀の長髪ストレートの少女が立ち尽くしていた。
同じ黒を貴重としたあまり見たことのないにぶい光沢のある服に全身を包み、兄であろう男性の服はサイズがあっていたのだが、少女のほうはサイズが大きいのか手が隠れている。
あとの違いはスカートかそうでないかの違いだった。
空気を含んだようなふわりとしたスカートが印象的で、この風の中でも形を崩すことはない。
驚くことに二人とも同じ顔立ちをしており、双子だと納得するのにニーアは時間がかかった。
なぜならあまりにもきれいで不自然なくらいに完璧だと感じたからだ。
「お金?これではだめですか?」
男性はポケットから端末を取り出す。
するとおばあさんは困った顔をする。
「ああ、あんたらアストレムリから来たのかい。端末での支払いはアストレムリしかできないよ。
しかも聖王都ぐらいでしょ。
そんなのでよくここまで来れたね?」
おば、お姉さんは怒りよりも呆れてしまったようだ。
「困りましたね。アイリ、申し訳ありませんがあきらめましょう」
「ユーリ、その申し出は拒否します」
アイと呼ばれた少女は少々むくれる。
その光景がニーア似ていたのでレインシエルは吹き出しそうになる。
「なによ」
その様子に気づいたのかニーアはじろりとレインシエルをにらむ。
「なにも」
にやりといじわるな笑みで返すレインシエルにばつが悪そうにする。
「これは困りましたね」
本当に困っているのかわからないほど表情があまり変わらないユーリは動作だけは困ったように顔をぽりぽりとかく。
「いくら?」
ニーアは二人の元へと行き、店主のお姉さんに値段を聞いていた。
「ニーア!いつの間に!?」
先ほどまで隣にいたはずの友達が消えていてレインシエルは驚き、急いで3人となった元へと向かう。
「あんたが払うのかい? 今時奇特な子だね」
「どなたが存じませんがよろしいのですか?」
ユーリは初めて表情に戸惑いを見せた。
「いいわよ、これもちょうだい」
ニーアはアイリが欲しがっていた金属製の銀色の大きなブレスレットと鎖状になった蒼い宝石のついたブレスレットを買った。
お金はメレネイアからお小遣いとして受け取っていたので払うがほぼほぼなくなってしまった。
「嬢ちゃんに免じて安くしといたよ!
それに今はこっちにとっちゃ蒼は英雄の色だからね!」
「そうなの!? そっかあ」
英雄の色ときいてニーアは顔を綻ばせる。
「やっぱりウィルのこと大好きなんだねえ」
「そんなんじゃないわよ!」
レインシエルが暖かい目でいじるとまた膨れ面に戻った、
「ほ、ほら!これ!」
ニーアは受け取ったブレスレットをアイリに渡す。
アイリは受け取るとニーアを見つめる。
「あなたの心意気に感謝します」
ふかぶかとアイリが頭を下げる。
「すみませんでした。 僕はユーリ、こちらはアイリです。
必ずお金はお返ししますので、お名前を伺っても?」
「ニーアよ!」
ニーアは誇らしげに胸を張る。
「レインシエルです」
それぞれ自己紹介を行う。
いつの間にか市場の喧噪が戻り、ニーア達は共に歩きながら港へと向かうのだった。




