2話 彼女の選択
ウィル
16歳の少年、もうすぐ17歳になる。
父親と同じ蒼い瞳は珍しいとされていた。
体つきはしなやかで若さもあり無駄な肉がなく、動きやすい服を好んで着る。
得意技は全力全力とび蹴り
一ヶ月後
思いのほか出発まで早かった。
それもこれもハクトが船を調達したからである。
もちろん名目は海上遺跡の再調査であった。
機工技師の権力とは恐ろしいものだとウィルは少し羨ましく思ったが勉強漬けだったハクトを思い出すとそれは無理だと即諦めた。
ウィルが乗船することはアルヒミ機関は知らない。
その他、乗組員は5名。
帆船ならばこの人数ではままならないだろうが、今回の船は遺物を使用している。
構成は先日の大型船と一緒であるが大きさはだいぶ小さくなった。
出力が抑えられた第二の船だ。
乗組員もハクトの息がかかった者で、絶対不可侵領域に行くということが分かっているのかというくらい、近くの温泉にでも行くみたいなノリだった。
あの兄貴にこの仲間ありということだろうか。
朝から当面の食糧を積み込み、必要物資を積み込む。
ウィルといえば、ルイノルドの部屋から装備らしきものを引っ張り出してきた。
ルイノルドが若かりし時に使っていた遺物探索の時の装備らしい。
服装自体のスタイルはあまり変えずに上から薄手のフードつきコートを羽織る。
どうやら遺物の一つ で、ある程度の寒暖差に対応して中の温度が変化するらしくこれで快適な旅ができそうだ。
そして肩掛けの防水バックパック。
中には非常用のチョコレート、いつからあったか分からない妙に使い込まれた鞘つきナイフ、短銃などこまごまとしたものと、母親から父親に向けた手紙。
何が書いてあるか分からないが、きっとうらみつらみが書き連ねてあるだろう。
ウィル達の考えでは大陸があると考えている。
もしくは海上遺跡か、つまり何かしらの物体がある。
それは絶対不可侵領域を取り囲む、異常気象は円状に範囲が設定されている。
季節に関係なく常にそんな状態であるので、ハクトいわく中心にそれを引き起こす遺物がある。
それが大陸なのか、海上遺跡なのかは分からないが相当な大きさであることは予想できるらしい。
様子見の時間はない。
この船が使えることは今後ないと言っていいだろう。
実のところ遺物管理組織【アルヒミ機関】がことあるごとに査察にきているらしく、出発時も立ち会う予定にしているらしい。
彼らも少し様子がおかしいことには気づいているようだ。
もちろん出発時にウィルが見つかるわけには行かないので、出発日を連絡していた日より早め、立会いをされる前に出発することにした。
それが今日だ。
エレニアが見送りに来ていた。
その目は期待と不安、そして心配が見え隠れしていた。
「そんな顔しないでくれよ。俺が決めたことなんだし、ぱっと親父を見つけてつれて帰ってくるから、
ボディブローでもなんでも叩き込んでやって」
ウィルは声色が震えていないか不安だったが、なんとか表情にも出さずに伝えることができた。
変わらない様子のウィルに少しだけ安心したのか、エレニアの強張っていた表情が緩み笑みを浮かべる。
「そうね、その時はあなたの飛び蹴りもとどめにお願いするわ」
ふふっと笑うエレニアにウィルは安堵する。
最悪、俺だけでも戻ることが最低条件だ。
時間がたって受け入れできてきた親父より、ここで新たに影を差すわけにはいかない。
適当な表情とは裏腹にウィルの心は冷静に自分の役割と目的を認識する。
「そういや、ニーアは?」
彼女が同行をあきれめてから二週間は口をなかったが、その後、吹っ切れたのか、会話が戻ってきた。
以前のように仲が戻ったので、てっきり見送りにくるものかとウィルは思っていた。
「そうねえ、理屈としては受け入れたけど、本人の心はまだあきらめきれないって感じかしらね。見送りにいったらまた振り出しに戻るのが怖いのよ」
「あーなるほどね。まあお土産でも期待しとけって言っといて」
ウィルは空を一瞬仰ぐと両手を腰に添えた。
ただ来ないは来ないで少し寂しく思うウィルであった。
朝日が完全に海から顔を出し切りあたりには熱気がこもり始めた。
漁港からは戻ってくる船、または出発する船が慌しく行き来し始めた。
そろそろ競りが始まる頃だ。
ウィル達の準備は整い、何か足りない気がするが、気にしていたら出発したくでもできないだろう。
「ほんじゃ、まあさくっと行って来ますか」
ウィルには不思議と恐怖がなく、むしろ個人的には楽しみでもある。
本来の望んだ状況ではないが、冒険は冒険であり、夢が叶おうとしているのだ。
その蒼き双眸は朝日を迎え入れその海の先に見据え煌いていた。
ハクトに呼ばれ、自分のやることを思い出し船に乗り込み、甲板からエレニアに向き直る。
ハクト達は目的地についた後、停泊できれば停泊し、一旦海域を離脱し待機ということにしている。
「二人ともとにもかくにも元気でいること。風邪引かず早く寝るのよ」
エレニアの天然かわからない発言に苦笑いを浮かべつつもウィル達は心が軽くなるのを感じた。
だいぶ陽が上ってきた。あまり注目されるのもまずく出発を決心せざるを得ない。
「んじゃ、行って来ます」
「行って来ます」
ウィルとハクトは仲良く手を振る。
船の推進部に光がともり波を作りながら港を離れていく。
船が見えなくなるまでエレニアは見送った。
「お父さん。ウィルをお願いね。」
きっと生きていると信じて。
――――
どれだけ時間がたっただろうか。
ハクトに聞く所一週間らしい。
ついさっき港を出発した気がしていた。
予定より食糧の減りが早いようで、ちょうど一人分余計なペースで減っているみたいだ。
慣れない船旅だし、そんなこともあるか、と深刻には考えないようにしていた。
それから日が更に経過し、乗組員の一人が双眼鏡を覗き込みながら、興奮したように声を張り上げた。
「見えたぞ! 絶対不可侵領域だ!」
双眼鏡を借りて、ウィルも覗き込む。
青い海の先が境目のように区切られ急に暗くなっている。
上空には厚い黒い、どす黒い雲が待ち構えていた。
日光が遮られており、遠目からは異世界のように感じた。
「やっと来たね」
ハクトはウィルの隣で同じくその異常な景色を眺めていた。
「……ああ」
握り締めた手には汗がにじみ出ていた。
そこからの中心へ向かうスピードは加速していく。
暗い海に近づくにつれ潮の流れが急に変わったようだ。
まるで暗黒の世界へと引っ張られている感覚に陥る。
帆船であったならばなされるがままであろうが、今回は独自の動力により、速度を制御しながら前進していき波を乗りこなしていく。
次第に波が高く、荒々しくなり始める。
異質な雲の領域へと船は差し掛かった。
それは急だった。
後ろから流れ込む風が強風、暴風へと変貌し、しまいには四方八方から風の化け物は荒れ狂った。
それとほぼ同時に雲にも変化が現れる。
一筋の線が上空から生まれ、それは次第に大きな形を伴い、海面へと降り立ったときには巨大な竜巻へと変貌する。
海は荒れ狂い、雷が船の間近にその炸裂し、その度に目と耳が機能しなくなる。
甲板に落雷した。と理解したのは目が光を処理しきった後だった。
操舵室から船内につながるパイプ菅にしがみつく。
「みんな無事か!?」
轟音で聞こえているかは分からないがウィルは叫んだ。
『こっちは大丈夫!って言いたいけど、さっきの落雷?あれで遺物の推進機構がダウンしたようだ! 再起動を試みるけど、その間、緊急用マストを展開して!風自体は収まってきているから大丈夫だと思う!』
ウィルはクランクをもって操舵室を出る。
ものの数秒で水がしみ込み体を重くする。
マスト自体はクランクをまわしせり上げる仕組みになっている。
そこだけ人力なのは本来、そんなものは前世界の場合必要なく、自分たちには必要であったからだ。
だから場所も外でハッチを開けなければならない。
風は弱くなったかもしれないが相変わらず波は荒々しく船を打ちつけている。
近くの食糧庫からはごろごろと転がるような音が聞こえる。たるのいくつかが割れる音も聞こえた。
よろめきながらハッチに到達し開ける。差込口にクランクを差込み力を込めてまわす。
「重っ……!」
想像以上の重さだ。この荒波や雷なのでどこかに異常が出ているのかもしれない。
ゆっくりとだがなんとか動き出す。
「再起動までまだ時間がいる」
機関室からハクトが手伝いにきてくれた。
二人でクランクをまわす。
なんとか時間がかかったが、マストと帆を展開することができた。
風を受け止めさらに中心部へ向かう。
風の進行方向が安定する。
波はまだまだ高いが雷も遠くで落ちるようになってきた。
「抜けた……?」
少し安心しかけるが油断するわけにはいかない。
推進部の再起動までは安心できない。
そして、それは現れた。
唐突に暗い海にさらに暗い影を落とし船を見下ろした。
「……まじかよ」
油断など関係なかった。
見上げたそこにいたのは、この船など片手で握りつぶせるほどの巨大な黒い甲冑だった。
守護者ガーディアン。
ルイノルドから昔、話は聞いていた。
遺物を守る守護者。それはさまざまな種類が存在し、
巨大な者も存在するという。
まだ距離はあるにもかかわらずその巨大さで距離感を失う。
そもそも海上であるのにかかわらずそれは地に足をつけている。
「つまり遺物があるのは間違いない」
ハクトは状況もそっちのけに自らの考えが正解だったと確信し、雨が打ちつける中、目に入る水にも動じず巨体を見張る。
それは一瞬だった。
ガーディアンの周囲の海が膨らんだ瞬間それは船に襲い掛かった。
比較にならない速度でその大波は船へと到達する。
船が岩にぶち当たったのではないかと思うくらいの衝撃。
なんとかしがみついていたウィルたちだが、二撃目は予想していなかった。
ウィルはしがみついていた手すりに見放され、船に足もつかぬまま暗い海へと投げ出されてゆく。
ハクトは必死に手を伸ばすが、その手がつかんだのは水しぶきだけであった。
「ウィル!!」
「最悪だ……」
ハクトの手が遠ざかってゆく。
こんなにあっけないとは、母さん、ごめん。ハクトとエレニアがいるから母さんは心配しないで。親父はだめだったけど、どうか元気で。
落ちてゆく。
体は動かないが考えることは許されるみたいにゆっくりと未来の不透明な真っ暗な海へ落ちていく。
ニーア、最後に会えなかったけど母さんを頼むわ。
おいおいそんな顔するなよ。そんなに俺と一緒にいたいのかよ。兄ちゃん嬉しいけどさ、いや、これは俺の幻想か、一緒にいたいのは俺のほうかよ。
ん? ハクトもニーアを目で追っていないか?
え? まじで?
視界にはハクトより全面にニーアが体を投げ出しウィルへと両手を広げている姿が見えた。
その瞳は相変わらず涙目だが強くウィルを見つめていた。
「ニーア!? おまえ、なんでっ!?」
それが現実だと気づいたときには、二人とも海へ引き込まれていた。
意識がなくなる直前、ニーアを掴んだ気がした。