192話 メイリア
聖殿を抜けたアルフレド達はひたすらに通路を進んだ。無機質な通路には敵どころか生物の気配もなにも感じられなかった。その異様な雰囲気のおかげか、誰も気を抜くことはなく先を急いだ。さらに突き当りの扉を開ける。そこは片側の壁が硝子で張られており陽が差し込んでいた。
「え、うそっ!?」
好奇心しかないティアは早速、外を眺めに行き、息を飲んだ。進んでいた一行も少しばかり足を止める。
「そんなに上に来てたなんて、う、高所怖いの」
カミュエルが同じく眺め、眼下に広がる景色を目の当たりにし、後ずさる。転移があっけなかったことも、内部の気圧が調整されていることも考えられ、感覚的には雲より上にきているとは気づかなかった。
「あれは……スフィアリヒトですか」
アルフレドが目を細める。このフロアよりも下、ちょうど雲海の境目に位置するように半球が顔を出していた。当初見ていたそれよりもはっきりとそこにあるように色濃く存在を主張していた。上空に待機していた船団はたまに雲の切れ間から見えており、雲の上にはいないようだった。
「アル、通信機は使えそうですか」
そう言われ、初めて気づいたかのうようにアルフレドは懐から小型の通信機を取り出す。防壁の内部にいたおかげで外部との連絡は閉ざされていた。防壁の外部であるなら通信妨害も働かないと踏み、通信機を操作する。しかし、返ってきた返答は首を横に振るだけだった。
「エヴィヒカイト自体にも同じように妨害が働いているようですね。壊れているわけでもなさそうですし。いや、それももっと早く気づけていれば……」
参ったとばかりにアルフレドは大きく息を吐く、メレネイアは胸中を察していた。珍しくアルフレドが先を読めていないことによってかなり焦っているようだ。それを前面には出さないが長い付き合い上、察することはできた。かといって別の打開策があるわけではなく、メレネイアは声をかけることはできなかった。
「とにかく進みましょう。僕達にはアリスニア様の声通りに進むしか情報がありません。諜報部として情けないことこの上ないですが」
ケインが空気を察してか、へりくだるようにしてアルフレドへ進言する。そうですね。とだけアルフレドは返し再び前進する。
「そのとおーり。こっちこっち」
話を聞いてたかのようにアリスニアが通路の角から顔を出した。時折走るノイズは彼女が本体ではないことを証明する。角を曲がるとまた通路が伸びており、アリスニアが腰に手をあて集合を待っていた。
「さて、向かいながら説明するよ。この先を進んで本体の私と合流して、最上階、メイリアにいるから。本題はそこで説明する。悪いけどこの私のログを追跡されると全部が台無しになるから」
アリスニアの言動には有無を言わせないほど早口なものだった。アルフレドは押し黙りながらも、ティアは再び空気を読まない。
「メイリアってなんでしょうか?」
「あ、そうか」
アリスニアはこちらを振り向き、滑るようにしてそのまま進んでいく。
「メイリアは名称でね。正式には高高度魔素変動観測機構及び外部監視管理衛星ってやつ」
「こうこう……、ナルホドー」
一瞬、かみ砕こうとしたティアだったが途中で処理を中断し諦めた。
「アリス、そういうことではないのでは」
メレネイアがたまらず口を出す。
「だよねー。んーあんまり説明すると長くなるから、つまり、この塔の中心部でこの世界を見守る存在って感じかな。そこにいる私は常に皆の動向を見られるってわけ! かっこいいでしょ」
「つまりエファンジュリアどころか神みたいな感じですね! わかります!」
ティアは自分なりに解釈したようでしきりにうなずく。神という言葉に一瞬だけアリスニアは驚いたようだがすぐに顔を先へ向けた。
「神……ね」
アリスニアの言葉は足音にかき消される。最後の扉が見えたところでアリスニアのノイズがひどくなる。
「あ……、くそ。邪魔が入った……」
「アリス!?」
扉を前にして立ち止まる。アリスニアの声が途切れがちになっていく。
「いい? 上に……がいる。でもできれば……殺さないであげて。彼は……収束に……」
アリスニアが消えていく。アルフレドはようやくアリスニアの顔を見る。
「一つ……。信じていいんですね」
その瞳は揺らいでいた。彼の質問にアリスニアは深く頷いて微笑んだ。後に彼女の声も姿も消え去った。
「アル……」
彼女の返答は彼を納得せしめるものだったのだろうか、メレネイアは不安げになりながらも扉に手をかけ押し開けるアルフレドに追随する。アリスニアの言った通りそこにはまた転移術式のフロアがあり、一同は無言のままその上に立つ。ほどなくして転移が始まる。
「皆さん。正直、策もなにもありません。が彼女を信じます。この先、おそらく戦いがあります。不甲斐なさばかりでしたが、私の指揮下で戦ってもらえますか?」
アルフレドは真摯な眼差しで皆を見つめる。誰も文句を言うことはなかった。皆、頷きで返す。カミュエルもアスハも同じだった。
「任せましたよ。アル」
メレネイアがそういうと、アルフレドは安心したように微笑む。そして視界が歪んだ。