190話 因果の収束へ
幾ばくかの休憩の後、ウィルはおもむろに立ち上がった。すこし寝ていたのかもしれないが、それもあやふやなものだった。
「そろそろ行こう、皆、時間が結構経ってしまったかもしれない……?」
ウィルは言い切った後、妙な既視感に襲われたがすぐに消え去ったそれを追うことはなかった。
「うん」
ニーアが立ち上がる。それに続いてレインシエル、ダーナス、オルキスが立つ。まだ疲労は残っていそうだったが、気力は充分といったところで巨木の幹をくり抜いて付けたような扉の前へと立つ。
「私の出番ね」
ニーアは扉に手を触れる。マナを込めると扉は命を吹き込まれたように大きく脈動する。扉から紫の輝きが放たれ一同を包む。
「うわっ」
眩しさに思わず手で多い、ゆっくりと視界を開く。
「……たぶんこれがあの木の中だよ」
ニーアは天を仰いでいた。それにつられウィルも仰ぎ見る。
「……星空?」
天には満点の星が輝き揺らめいていた。木の中、という言葉がここが外ではないのだと思考を正す。それに解放感はまるでなく圧迫感が未だ健在だった。
「綺麗です……」
オルキスは素直に感想を漏らした。そして地面に映るのは、これも同じ星空で足元に起きた波紋に星が揺らめき、一面が薄い水の膜に覆われていることに気づく。水鏡の世界はとても幻想的だった。
その先で水が一滴落ちる音が聞こえた。音の波が次第に大きくなりウィル達に届く。そこに目を向けると光が生まれていた。導かれるように近づいていく。はっきりとそれが一本の木だと気づいたのはだいぶ近づいてからだった。ただ色を失ったように、絵画のように灰色に染まっていた。
ニーアがそれにすら手を触れる。風が葉を凪いだようにして葉が揺らめいた。
「……?」
ニーアは手を染めたまま困惑したように首を傾げる。
「どうしたのだ」
ダーナスは様子がおかしいニーアに声をかける。
「これが中心のはずなのに、どれだけマナを込めても、何も返ってこない」
「それはどういう――」
オルキスが更に問いかけようとした時だった。
「眠っているか、死んでいるのかしらね」
仲間たちの誰の声でもない。それはニーアの反対側から聞こえた。その瞬間、木はさらに色を失い、輪郭が透け、その場から消失した。
「―-!」
その反対側にいた人物が目に入った瞬間、反射的に一同は臨戦態勢に入る。
「セラ……」
ニーアは落ち着いていた。それはセラも同じで手が当たる距離で互いに向かい合っていた。
「安心して、ここについたのは多分同じタイミングよ」
身構えることもしないセラにウィルは剣を下しそうになるが、背後に現れた、当然いるだろう人物に再び剣を向ける。
「久しぶりだな、ウィル」
「ナルガ……」
ナルガは剣を抜いていたが、以前のように互いに殺意をむき出しにするような気配はなく、この空間のせいでもあるのか気づけばウィルも剣を下すほどひどく落ち着いていた。
「馴れ合うつもりはない……寝てようが死んでようが、俺たちのやることは一つ」
ナルガが澄ました顔で言う。ゆっくりとナルガは剣を構えていく。
「俺は……そうだな、決着はつけなきゃな」
ウィルも剣を構え直していく。考えるようなそぶりを見せたウィルにナルガは意外そうに目を開いた。
「なんの心境の変化だ。俺を殺したかったんだろ」
「ああ、殺すことに変わりはない。ただどうせならこの戦いを楽しみたくなっただけだ」
ウィルの眼には驚くほどに迷いはなく、澄んだ蒼の瞳が鮮やかにたゆたう。これから殺し合いが始まるとは思えないほど、深く静かにたたずんでいた。
「セラ」
ナルガはウィルから視線を離さず、後ろに控えるセラに一言声をかける。セラは多少呆れたように息を吐き、そして頷いた。
「わかってるわ。紅剣だけ渡すわ」
そう言うと、セラは唄を紡ぎ始める。紅に染まったマナの粒子がナルガへと注がれていく。
「ニーア」
今度はウィルがニーアへと同じように声をかけた。
「別に一人でやる必要なんてないんだけどね……まあ、いいけど」
ニーアもまた呆れ、唄を紡ぐ。蒼に輝くマナがウィルに注がれていく。ふと向こうで同じく歌うセラと目が合った。この時だけは妙な共感が湧いた気がして少しだけ、少しだけ互いに微笑んだ。それが互いに気づいたかはわからないほど、気のせいかもしれないほどに。
ウィルとナルガに互いに剣が顕現していく。一本、二本と数を増やしていく。その時を待つようにカウントを刻むように。
「セラ、そっちは頼む」
ナルガが直前に呟く。セラは一瞬だけ驚き、そして複雑げな表情もすぐに消えた。
「わかったわ」
唄ももう終わりに近い。
あなたが頼む、なんてね。セラはその終わりにこれまでを懐かしむように思い返した。
「ニーア、皆……行ってくる」
一同はただ頷くしかできなかった。顎が上に戻った時には、互いに六本の剣を従え、始まりの合図なしに蒼と紅が衝突した。