189話 約束
一同は城内を出るべく駆けていた。
「もう時間がありません! 走りながら聞いてください! さっきも言った通りアークエアルスの砲撃が始まります! 最初から皆さんを呼び込み一気に消し去る罠だったんです!」
ケインは早口で捲し立てる。
「だとすると彼女たちは時間稼ぎに使われたというわけですか」
アルフレドは計画を把握して後ろをついてくる、アスハとカミュエルを一瞥した。彼女達に敵意は既になくかといって味方というわけではなく奇妙な一団となっていた。最後列にはルイノルドとライアンが横に並び何やら言葉を交わしているが、その声が前に届くことはなくアルフレドは歯がゆい思いを持っていた。
「これが約束だった。一方的だったがな」
ライアンは隣のルイノルドと共に走りながら会話を続ける。
「まあそれは一理ある。とりあえず謝る」
「あほか、お前に謝ってもらう義理はねえよ」
ルイノルドはそれに思わずライアンに顔を向ける。もちろん仮面越しだったがライアンにはその表情が掴めたようで屈託なく笑った。
「なんだあ? 知らねえとでも思ったのかよ。ちゃんと聞いてるぜ、本人からな」
「いつからだ」
「初めに思い出したのは、エヴィヒカイトで小僧と戦ってからだ。情けねえ話なんで忘れてたのかもわかんねえよ」
「そうか。疑問を持っていたからこそ選んだってことか」
「気持ち悪い話そういうこったな」
二人は互いに頷く。ライアンは所在なさげに笑う。そこでこちらを伺うアルフレドに気づき、目が合わない内にさらに小声で話す。
「で、どうすんだ。さっきのじゃ納得どころか説明すら終わってないだろう?」
それがアルフレド達への説明であることを察し、少し押し黙る。
「まあ、そうだよな……。互いに俺のことについて話されると困るからなあ」
緊張感のかけらもなくルイノルドの声色は間の抜けた様子だった。ルイノルドは脱出の前に、なぜフォルテの力を行使できたのか、うずくまっている間、何をつぶやいていたのか、などの質問をぶつけてきた。それに対しルイノルドは仮面の機能、とだけ答え、そもそも仮面についても問われる際に、メレネイアが助け舟のつもりで話をぶった切り、現状、納得していない状況で今に至る。
「ま、それも計画上仕方ねえってのは分かるが、伝える機会を間違えると結果は最悪になるぞ。ディエバ様のようにな」
ライアンは瞳の奥に寂しさを灯すと、それ以降は走ることに集中した。
「……誰かの願いはまた誰かの願いに相対する、か」
その声は誰の耳にも届かなかった。
城の出口に差し掛かり、朝日が差し込み始めた城下、皆駆け抜けたところで再び影が覆った。正面上空には既にアークエアルスが砲門をこちらに向け、マナを充填させていた。高密度のマナは肉眼でもはっきりと見えるほどにまばゆい光を纏っていた。
「間に合わない……!」
先頭を走るケインは絶望した。砲門に術式が幾重にも連なり展開していく。皆、それを一様に眺め結果的に足を止めてしまう。
指令室でモニターに映る一行を思いつめたように眺めるグレイは、その中にアスハとカミュエルを見つけると目をゆっくりと閉じた。
「生きていたのか……」
「いいのか?」
サーヴェが横目で確認する。答えを知っていながら聞かずにはいられなかったからだ。
「ああ、さよならだ。友よ。……撃て」
瞼を上げたグレイは静かに命令を下した。
城に留まっていた鳥が一斉に飛ぶ。朝日とは違う眩しさが城を一面に照らす。鳥の影が伸びる。人間の影が伸びていく。
「お前ら! 後は任せるぞ!」
誰もが諦めかけた時、ルイノルドの声だけが辺りに響いた。ルイノルドの影が皆を覆う。蒼剣が六本、それを迎え撃つように掲げられる。
「ルイ!」
メレネイアが叫ぶ。その内にも光の奔流が周囲を包む。蒼剣によって生じた結界のような膜が光を咲き続けている。そして一本、また、一本と砕け、散りゆく。
「ユグドラウス……早くしやがれ……!」
仮面に蒼の亀裂が入っていく。左半分が砕け散る。
「ルイ、あなたはまた私達を……まだ話を聞いていない……!」
アルフレドは目を凝らしながら恨めしげに声を上げる。視界が歪んでいくのが分かる。いや空間そのものだというのは、ルイノルドが言ったユグドラウスという言葉で察しがついていた。ルイノルドが盾になりながら自分たちを逃がすつもりだと。
「大丈夫だ。しばらく頼むぜ……」
微かに垣間見えたその横顔は、確かに彼の面影だった。
「ルイ…ノルド――」
蒼剣が砕け終わる。光が収束しルイノルドを包み込む。
「ほんっと嫌な計画だ……恨むぜ」
光が消え去った後、国の象徴たる城もろとも、そこには空虚な、溶けた残骸だけの空間が残った。