185話 開花
ウィル達を乗せた小型艇は大きな振動もなく、どこかに降り立っていた。アドルは脱出のため待機し、ウィル、ニーア、レインシエル、ダーナス、オルキスは船を降り、地面へと足をつけた。
地面といっても平面が広がっているわけではなかった。巨大な木の枝の上にいるような見た目だった。脈拍のように黄緑色の蛍光が定期的に明滅し枝を昇っては下りるを繰り返していた。枝の中心部、つまり幹へと向かうほどに枝は太くなっていることが分かった。
「ま、歩いて向かえってか」
小型艇はそれ以上進むことは叶わなかった。浮力を失った小型艇をアドルがなんとかできないかと点検を続けていた。明滅する光の移動は枝以外にも球体の内側にさらに細かく這っていた。
「ごめん、ディアヴァロを呼べれば一気に中心に迎えるかと思ったんだけど、この空間自体、ううん、ルイネエンデ自体がスフィアリヒトの影響でだめみたい。階層がどうとかユグドラウスが言ってるけどさっぱり」
ニーアが使えないと呆れていた。そもそも小型艇ですらディアヴァロを呼べるならそれで事足りるはずだった。だがここにきて彼らの力を借りることが不可能になっていた。ニーアは消極的、拒絶すら感じているほどだった。だからこそ文句を言うのも疲れ果て呆れていたのだった。
「行きましょう」
オルキスが珍しく先に前へ出た。彼女の背負った荷物には到底収まらない程の道具が格納されている。ダーナスとレインシエルは追いかけるようにして並び、そのすぐ後ろをウィルとニーアはついていく。
「今更だけど、男は俺だけなんだよな」
ニーアはともかく前の三人には聞こえない声でぼやいたはずだったが、一斉にウィルへ振り向いた。
「「なにか?」」
「うっ……、時間もない急ごう」
ウィルは慌てて駆け出し前へ抜ける。
「はあ、結局ウィル兄が前になるんだよね」
ニーアの呟きに一同はそれぞれ頷き、彼の背中を追った。
「っと、止まれ。敵はいるみたいだ」
幾分、枝が太くなってきたころ、ウィルは一同を止めた。それぞれ戦闘態勢へ移行する。枝を駆けていた光が途中で止まったかと思うと、蕾のように盛り上がり、そして中からその色で染められた黄緑色に光る魔物が現れ蕾は結晶のように固まった。
「こいつどっかで」
見覚えがあった。色はそれではないが、あの人型形状の魔物とは面識がある。
「あれは、ノグニスの時にみた黒い魔物みたいです!」
オルキスが後方で叫ぶ、色こそ違えど二足歩行の魔物はノグニスの空間でミッツ達と出会った際に戦った元人間のなれの果てと同じ形状だった。
「そうだとしても、止まるわけにはいかないよな。一気に進もう!」
ウィルが駆け出す。他も迷うことはないようですぐに続いた。覚醒したばかりのせいか変異体の動きは鈍く、比較的容易に切り伏せ、オルキスの爆弾でえぐられる。変異体は光を吹き出しながら消失していく。ウィル達は振り向くこともなくただただ目の前に次々、咲き乱れる変異体を前に武器を振るった。
枝分かれした道は徐々に合流していき、広くなった分、戦いやすくなる反面、変異体の数は増えていった。ニーアの唄のおかげで消耗は抑えられているもののまだ大木、その中心にはまだ距離があるように思えた。
「ちょっとさすがに多すぎない?」
合間を縫って少し息が荒くなってきたレインシエルがウィルと並ぶ。その両手の短剣には消失が間に合わずべっとりと変異体の光る液体、おそらく血と呼べるものが滴っていた。
「たぶん、光は中心から流れてきてますからそのせいで量も到達の速さも進めば進むほどひどくなっているんだと思います」
前に進むスピードが遅くなってきたためか、オルキス達、後衛にいた彼女たちもウィルの背中に追い付いた。ダーナスはウィル達が仕留めきれなかった変異体を極力、オルキス達に向かう奴らだけを切り伏せていた。
「レイ、交代しよう。私は守りに徹していたからまだ余裕だ。順次先頭を交代しながら立ち回ろう」
ダーナスはレインシエルに提案し、レイも素直に頷いた。
「じゃあ、ウィル、きつくなったら言ってね」
「わかった。さすがに無理はしないって」
「それが一番、信用できないんだよなあ」
ウィルの返事におどけたように笑いながら隊列を変更する。この合間にも戦闘は続いていた。戦いの経験が会話しながらの対応を可能にさせていた。
「……そうだ。あれなら出せるかも」
幾分、縮まった布陣の中でニーアは閃いたようで、唄を紡ぎ始める。唄は力となりニーアの肩に具現化する。
「clo l esra leviath」
その呟きで締めると、小さな紋章から小さなリヴァイアスが顕現した。これもユグニスの空間で身に着けた新たな力の使い方だった。
「あら、なるほど、彼らのマナを使ったのね」
顕現した小さなリヴァイアスはすぐに察した。変異体から噴き出したマナが消失する前にニーアへと流れ込み、それを媒介にリヴァイアスへ力が流れていた。
「うん、外のマナとは違うけど、私のマナに変えてしまうのは変わらないからね。ちょっと変な感じだけど……」
「大丈夫なのか?」
少し疲れた様子のニーアにウィルは声をかける。
「うん、慣れた。それじゃ道作るよ! リヴァイアス、お願い」
ウィルとダーナスはリヴァイアスが前に出ることで左右に分かれ道を開けた。前方には壁のように並んだ変異体がウィル達へと向かってきていた。
「……水刃」
リヴァイアスの口から溜められた水が高圧力をもって圧縮、そして横一閃に放たれた。その線上に位置していた変異体は胴を真っ二つに裂かれ、消失した先に、開けた新たな道が出来上がった。
「さあ、行きなさい!」
リヴァイアスはニーアの肩に降りる。どうやら結構消耗したようで休憩らしい。
「よし! 走るぞ!」
割れた先に巨大な幹が見えていた。それに向かい全力で駆け抜ける。それでも前に出てくる変異体はオルキスのクマミーで各個撃破できるほどの数しかおらず、走るスピードは落ちずに済んだ。そして壁を抜け出るようにして急に変異体が前方にいなくなった。振り向くと所狭しと並んでいた変異体はそこに見えない壁があるようにそれ以上踏み越えてくることはなく、やがて枝の中で再び光に沈んでいった。
「はあ、はあ……抜けたってことか?」
さすがに疲労が遅い、膝に手を付くウィル、他も疲労が出ているようで肩で息をしていた。
「どうやらそのようだな……」
ダーナスは大きく深呼吸して息を整える。先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり、倒してきた変異体がそもそもいなかったような静けさが漂っていた。
「ありがとう、リヴァイアス」
「供給がなくなったみたいね。呼べるようになったら呼びなさいね」
ニーアの肩にいたリヴァイアスも粒子となって消え去っていった。オルキスはへたりこんでいたが立ち上がり荷物から回復薬を取り出し皆に渡して回る。
「ミディエラーの直接付与じゃないので即効とはいきませんが」
それを飲み干すと肉体的な疲労が回復するのが分かる。ただオルキスの言うとおり、少し時間がかかるようで汗と心臓の鼓動はまだ収まらなかった。
「一旦、休憩しよう。急ぎたいのは本音だけど、死に急ぐわけじゃないからな。あの中には万全で」
一同はウィルの提案に頷く。ウィルが見据える先には鳴動する巨木の幹、ウィル達がいる分枝が合流する幹に巨大な扉が物言わず閉じられていた。