180話 仮面の痛み
それから作戦開始までの間、それぞれが時を過ごした。開戦と同時にウィルたちは混乱に乗じて小型飛空艇からスフィアリヒトへと突っ込む。ミュトスはスフィアリヒトの顕現を既に察知しているのは当然であり、その監視を抜けるためには同時決行が必然となっていた。
「で、なんですか、話って」
作戦について確認が終わり皆、解散した後、ルイノルドとメレネイア、そしてプルルが残った。人の気配がなくなったことをルイノルドが確認する。
「相当に聞かれたくない話みたいですね」
少しばかりメレネイアの表情は堅い。聞かれたくない話というのは、つまり、秘密を守らなければいけないということだと知っていた。
「ああ、ま、言うよりも見たほうが早いってな。シア」
その名前にメレネイアは眉を潜めた。その名の人物はここには見当たらないからだ。
「え、こっちからぷ? まあいいけどぷ」
「何を言ってるのですか? シアはここには――」
そう言いかけてプルルが白く輝きその背を伸ばしていく、その姿を成すまでの間にメレネイアは言葉を失っていた。
「よっと。プルル改め、可憐な美少女シアセスカだよーん」
「あなた、もう27でしょ」
驚きよりも先にメレネイアはつい現実を突きつけた。
「ちょっ」
「だいたいあなた、そんなおちゃらけた性格じゃないでしょ。ま、一人のときにはしゃいでいた通りだから疑うわけもなくあなただろうけど」
「えっ、いつそれを知ったああああ!!」
「十年前から」
「……う、うわああああああ! プルルに戻るうううう!」
顔を真っ赤にしてまたプルルに戻ろうとするシアの頭をルイノルドがはたく。
「めんどくさいからやめろ」
痛快な音の後、すっかりシアは大人しくなり鼻をすすって机に突っ伏した。
「で、あまりのことに本題を見失ったけど、どうして彼女がここにいるの? シアが生きていたというのが話ではないのでしょう?」
「ま、つかみは上々ってとこで。シアがどうして生きていないと思った?」
メレネイアは口を開きながらも言葉が出ることはなかった。はっとして考え込む。
「それは……」
「覚えていない、だろ。なんならルイノルドという存在すら思い出したのはこないだの話だろうしな」
ルイノルドは驚きもしなかった。それが当然だろうという態度がメレネイアにも伝わり、彼女は頭痛が押し寄せてくるのを感じた。
「この記憶の欠落は、あなたのせいなのですか」
責めるような目をルイノルドに向ける。ルイノルドを思い出したのは海中遺跡アキアシュテルノでのルイノルドとの接触、それに改めて気づいたのは自由解放宣言での黒装束の送り物をみた時だ。
「ま、そうなるな」
その瞬間、メレネイアが近づき、ルイノルドの仮面ごと平手打ちした。堅い感触が余計に手に痛みを残す。仮面は簡単にはじけ飛び床を滑った。シアはびくっと顔を上げると、もう一度振り上げた腕をなんとか抑え込んだ。
「ちょっと、メルやめなよ!」
「離しなさい、シア、私がどんな気持ちで消えた記憶に悩んでいたか、それにあなたも知っていたんでしょう! 二人で私を馬鹿にしていたのですか!」
ルイノルドの頬は赤く染められ、口を切ったのか口元から赤が滲む。
「それについてはごもっともなことで。ただ俺に言われても困るってのが正直な話」
「っ……あなたは!」
シアを振りほどき、もう一度平手をかまそうとした時、ルイノルドは、彼はメレネイアに向き直った。蒼の瞳がまっすぐにメレネイアを捉える。振り上げた腕は止まり、メレネイアの目が泳ぐ。
「な、なんで……」
既に腕は下に垂れ、動揺を隠せないメレネイアは後ろに下がり机に腰を支えられた。
「ごめん。思い出すんだ。全てを」
その言葉をきっかけにメレネイアの記憶が繋ぎ合わされていく、空白だった結界塔での記憶、解れた結界に飛び込むシアの行先、アリスニアは既に息絶え、そして、彼女を抱きかかえた彼が言った言葉。
「わりいな。迷惑かけるけどあいつらを頼むわ」
全てが逆行し再生され真実を紡いでいく、頭痛はあっという間に治まりつっかえが取れたようにすっきりとしていた。
「じゃあ、あなたはいつから……ウィルさんは……」
「初めからだよ」
彼の言葉は仮面から外された言葉は、くぐもることもなくはっきりとした声だった。