168話 爆弾狂
ダーナスの勝利はオルキスの目にしっかりと映っていた。それが鼓舞となりオルキスは母から授かった杖を強く握りしめる。ただ相手のオルキスも同じデザインの杖を握っているのは癪にさわる。
箱の中の惨状は二人とは比べものにならず、頻発する爆発のせいで壁が崩れては再生しまた壊すというループが続いていた。
「さすがにきりがないです……」
肉体的疲労よりも錬成によるマナ操作の精神的疲労が大きかった。しかし相手は元がゴーレムのためか疲労している様子はなく、どんどんと爆弾を錬成しては投げ続けてきていた。それに負けじと雪合戦ならぬ爆弾合戦を繰り広げる惨状の割に決着の見えない戦いだった。そもそも爆弾に特化する必要もなく、立ちこめる噴煙の中、爆弾を投げ込みながら思案するのだった。
横を見ればレインシエルはまだ戦っており持久戦と行ったところか、一番前にはウィルと何故かナルガが戦っておりそちらが気になってしまい、単調な攻撃を続けてしまっていた。
「あっちもまったく同じことをしてくるから、別の突破口を見つけないと……」
このままでは無駄に素材がなくなってしまうこともあり、おそらく無尽蔵な敵を相手するにはさすがに分が悪い。この膠着状態のまま別のアーティファクトを錬成し一気に決着をつける必要があった。ただ、オルキスとしては平行して錬成することの経験はまったくなく、右手と左手をそれぞれまったく違う文章を書かせるようなもので、仮にできたとしてもまともなものになるかも不安だった。
「でも、それしかない……」
そう腹を決め爆弾錬成をある種、癖にしてしまうためにまずは専念し別のことを考えながらでもできるように錬成を続ける。同時に射出用に術式をプラスして火薬割合を調整、投げる動作を省略する。成功。できあがったのは羽根付きの爆弾。見た目も変わっており鳥をモチーフとした爆弾だった。尾の部分が推進部となっており火の軌跡が流星の如く敵に向かっていく。これにより誘導機構も考えたが、今は不必要と見送った。
敵のオルキスといえば遅れてまったく同じ機構を作りだして、互いの鳥をぶつけ相殺していた。
「やっぱり、後手になるなら」
それはオルキスの想定通りだった。同じ能力を有するなら真似をしてくることは考えていた。重要なのは真似をするということだった。相手が真似をするにしても後手の対応となるなら、先手の一撃で沈めてしまえば良い。それを踏まえて一撃必殺のアーティファクトを錬成しなければならずイメージを高めていく。
砲弾、爆弾、レーザー機構、爆弾、爆弾、爆弾……
「あー爆弾ばっかり!!」
思考が爆弾に占拠されそうになり、首を振って爆弾を頭の隅に圧縮させていく。その行為の中で一つの閃きが脳裏を駆けめぐった。
「そうだ。これなら……」
杖に展開される円状の錬成術式をもう一つ出現させ、一方で爆弾を、一方で新しいアーティファクトを錬成する。
「うう……」
マナを二倍、いや新たな創造のためにそれ以上のマナが消費される。立ちくらみが襲う、視界がぐらつくが、それらを無視して全ての思考を錬成に集中させる。
圧縮、集合、格納……トリガー調整、完了……!
「よし! いっけええええ!!」
全てイメージ通りだ。術式から出現したのは固定された羽ばたかない羽付き、先端が尖った流線型の真っ黒な固まりだった。相も変わらず熊が一部デザインされていたがご愛敬だ。射出機構も取り入れ、舞う鳥と共に一直線に敵オルキスへと発射した。
「……!!」
それを脅威と認識し敵オルキスは鳥爆弾を展開する。それを守るようにオルキスの鳥爆弾が敵の攻撃を事前に受け、四散していく。そして抜け出した敵の爆弾の一つがその先端にぶつかり爆発した。それは比べものにならない爆発だった。だが、直前で爆発してしまったことによりその爆炎は敵に届かず必殺の一撃とはならなかった。笑みを浮かべた敵オルキスは早々に同じものを錬成しようと術式を展開する。かたやオルキスも笑みを浮かべていた。
「”クマミー”第二射出!!」
そう叫ぶと噴煙の中で着火音が聞こえると何かがその中から突き抜けた。勝利を確信していたのは敵ではなくオルキスだった。噴煙を突き抜けたのはクマミーと名付けられた流線型の固まり、最初よりも一回り小さくなったそれは速度を更に増し、無防備になった敵オルキスの胸へと難なく突き刺さり、同時に術式が瞬時に起動すれば、敵オルキスはそれが何であるかを直感した瞬間、クマミーは爆発した。規模は小さく見えるが、赤い爆炎ではなく青白い爆炎で威力は比べものにならないのは半分溶けた敵オルキスを見れば一目瞭然だった。
オルキスは我ながらえげつないとは思いながらも間違いようのない勝利に両手を突き上げた。
「やったああああ!!」
勝利の雄叫びを合図に箱は解かれた。一部始終を観戦していたティアとダーナスはえげつない威力の爆弾に若干引いていたことは、互いに目を合わせて伏せて置くことに決めたのだった。
「はは……結局爆弾なんだよね……」
「ああ……」
二人の口数は少なく、無邪気にはしゃぐオルキスを見ていると、素直に喜ぶことにした。それに巻き込まれないことを祈って。
クマミーは二段階方式の射出型弾頭爆弾である。二重構造となっており、任意で二段階目を射出することは可能だが、例え、外郭部分が無力化されたとしても、外向きに爆発を引き起こし、それをトリガーに内部に格納されたもう一つのクマミーが射出する機構となっている。もちろん共倒れしないように内部のクマミーの装甲はより堅牢に構成され、その内部からの爆発には反対にもろくなっている。一段目で油断させ二段階目で確実に仕留める策略で、確実性を高めるために何重にも組まれた術式で圧縮された爆炎は赤を通り越し青白く輝く代物だった。現状は範囲は限定されるものの後に巨大化を構想するが、それが現実になるのは先の先の話である。爆弾狂のオルキスという二つ名は静かに広がっていくのである。