167話 自分との戦い
「なんでやねん……ぷ」
一同とは違う感想を漏らすのはプルルだった。己を写す鏡ではなかったのかとつっこみを入れざるを得ない。いや、見た目は完全にプルルそのものなのだが、本人は釈然としなかった。それが相手がプルルそのものだったからだ。
「まさか、こっちが本体で、思いこみだったとかそんなオチとかなしぷる」
ぼやけばぼやくほど不当な評価な感じがしてノグニスへの怒りが湧いてくる。プルルの戦いはぶつかれば跳ね飛び、ビンタすればビンタされる。決着の見えない戦いが続くのだった。
ティアは珍しくまともに戦い始めていた。薙刀を振るえば互いに力比べと肉薄する。
「さすが私! 強い強すぎる!」
相手、いや自分への賞賛を述べながら戦う姿はとても楽しげで、相手のほうがむしろ困惑した表情で立ち回っていた。それが結果を早めたのかは不明だが、徐々にティアは一方を凌駕し始める。最大の敵は自分自身とは誰が言ったか、ティアにとってはどんぴしゃで自らを写す存在との戦いの中で爆発的に成長していた。半歩が一歩の差へ変わればティアのゴーレムは防戦一方へシフトしていく。
「どうした私! そんなものですか!」
弟子でも相手しているかのように声をかける余裕すら現れ、その剣劇の凄まじさにゴーレムは体勢を崩す、それを逃さず薙刀の根本で足払いしてゴーレムは尻餅をつき、立ち上がろうと顔を上げれば目の前に薙刀が突きつけられていた。
「まずは私の勝ちですね!」
まだ続けるつもりなのか、試合さながらに寸止めで勝ちを宣言するティアにゴーレムは苦笑いを浮かべ、勘弁とばかり両手を上げると体が崩れ去り物言わぬ土塊へと戻った。
「あ、終わり? 私ながら不甲斐ない」
薙刀を指輪へ戻し一息つくと勝敗が決したおかげか、箱の空間は解けて消え去った。
「おめでとうですわ。お嬢さん」
ウィルの側にいたはずのノグニスが大げさな拍手をしてティアの勝利を称えた。単純なティアは素直に賞賛を受け取り照れてしまうが剣がぶつかり合う音に目を向ける。
ダーナスはまだ戸惑いが消えていなかった。同一人物ではあるものの相手は今のダーナスではない。ミュトスに入ったころのまだ少女だったダーナスを相手に戦いを続けていた。その年の差に反して少女ダーナスとなったゴーレムの動きは洗練され迷いなくダーナスへと剣を振るう。
一方、未だに困惑気味のダーナスはティアとは逆で押されていた。自らの過去と戦うような感覚、そしてその過去には当時あった迷いはなく的確に命を取りにきていた。憧れにも後悔にも似た感情をゴーレムに抱き、幻想の過去と対峙する。このままでは負けると脳裏によぎるものの自らに剣を向けるのは気が引けていた。彼女に委ねたら、もっと皆の助けになるのではないか、迷いなく突き進む彼女なら自分より役に立つのではないか。と有り得もしない邪念が過ぎる。そうこうしているとゴーレムが手を止める。不意に止まった時間にダーナスは不思議に思いゴーレムの顔を見る。彼女の顔は無表情から落胆したように大きなため息を吐いた。
その程度なのか、がっかりだ。と思わせる少女に意味が分からず、それでも剣を構え直す。
「何が言いたい」
そう問いかけるが少女は答えず、もう一度ため息をつくと、膝を屈め踏み込む体勢をとる。遊びは終わりとでも言うかのように、気づけば明確な殺気が少女から放たれていた。思い返せば今初めて感じた殺気にダーナスは身震いする。失望したような表情がダーナスの脳裏にこべりついて離れない。来る一閃に十分に構えることもなく、思考が巡る。
どうして、そんな顔をする。そんなに落胆したというなら貴様が代わりにやればいいだろう。私だって迷いながらずっとやってきたんだ。あの時の私にはお前のような強さはなかった。それでもなんとかここまで来たんだ。なのにその顔はなんなんだ。
時間が引き延ばされる。それでも少女はもう懐まで踏み込みを終え、横払いの一撃を降り始めていた。初めて過ぎる走馬燈。かつてしてきた選択、結果がダイジェストのように流れていく。目の前の少女にはない、それからの、これまでの記憶がダーナスの剣を上げる。
そうだ。私にはある。お前にはない過去が。だからここでお前に渡すわけにはいかない。ここまで迷いながら生きてきた過去が私に仲間、未来を作ってくれたのだから。
「ダーナス!」
ティアは動けていないダーナスに叫び、最悪を予想したからだ。しかし、剣がぶつかり合う音が一度聞こえれば、少女の放たれた剣が天井に突き刺さる。
力を寸前まで抜いていたことが幸いした、かろうじて合わせたダーナスの剣に力が込められ、その場で回転するようにしながら畳んだ腕を上げ、腹を裂こうとしたぎりぎりで剣を割り込ませ、少女の剣を弾き飛ばしたのだ。その勢いを殺さず畳んだ右腕を体を回しながら開き、一回転し少女を凪払った。今度は微笑む少女はそのまま土塊へと姿を変えた。起死回生のカウンターの一撃。しなやかな動きのできるダーナスだからこそできて然るべき技だった。
「……また過去に助けられたな」
ダーナスの表情は清々しく、戸惑いや迷いは消えていた。前に進み続けると、そう誓った。