161話 遊びのおわり
合流したウィル達はなにやら話し込んでいたルイノルド達の様子が気になったが、テンションが上がった彼らにはそんなことなどすぐに消え去り、ダーナスが興奮気味にスタンプで埋まった厚紙を開いて誇らしげに見せびらかす。
「というわけで、全部回りきったぞ!」
そう言い切った後に、普段の自分とのギャップにようやく気づいたのかウィルにそれを押しつける。顔を背けるダーナスに声をかけるのも憚られた。
「お前な……つうか、最後に言われたけどノグニス城で褒美を受け取れってさ」
ダーナスの代わりにウィルが最後のアトラクションである”シンプルにお化け”というお化け屋敷を踏破した際に係りのウサギのぬいぐるみに言われた言葉を伝える。
一同は視線を合わせ一際目立つ建物を見上げる。どこかのおとぎ話に出てきそうな想像しやすい豪華絢爛な白い王城がそびえ立っていた。
大通りの先に位置する城の入り口は同じくスタンプを集めたのであろうぬいぐるみ達が列を為して順番を待っていた。結構回転率が良いのか順番を待つことになった一行が中に案内されるまでそう時間はかからなかった。
「何をくれるんだろうな!」
先ほどの恥ずかしげはどこに行ったのかダーナスが調子を取り戻し瞳を輝かせて兵士役のぬいぐるみの後に続いていく。ウィル達もそんなダーナスを微笑ましく感じたのこと楽しげな雰囲気にその後ろを追う。だが、誰も気づいていない。褒美をもらったはずの、先にいたぬいぐるみ達が城から一人も出てきていないことに。
謁見の間と子どもが書いたようなファンシーな案内の文字、その扉が大仰に開けば、打楽器やラッパの重奏が入場者を称える。
赤い絨毯が伸びており、その先、数段上がったところに玉座に鎮座する王のウサギ耳のぬいぐるみが一人、入場者を待ち構え、通路の脇には楽器を演奏する音楽隊だろうぬいぐるみ達が並んでいた。
「我はユグニー王なり! ようこそ強者達よ。今こそ褒美をとらせよう!」
王は立ち上がり手を上げると演奏が病み、余韻が耳に残る、今日だけでも数十、いや数百回繰り返したであろう用意された台詞がよく響いた。
「何をくれるんだ!?」
ダーナスが身を乗り出しきょろきょろと出てくる褒美を探している。が一向にそんな気配はなく、王と言えば元々だろうが瞳は虚空を見つめており、それが無駄に恐怖心を呼び起こすには十分だった。
「褒美をくれる? 勘違いしては困るぞ。褒美はわしがとるのだ」
その瞳のままでダーナスを冷たく見下ろす。間が開いた後、その意味を一生懸命前向きに捉えようとしていたダーナスだったが、褒美が出ないという結論に至り、あれほど笑顔だった顔が、元々よりもひどい無表情へと変わり無へ行き着いた。
「……は?」
「聞こえんかったか? 貴様らへの褒美などない! 褒美をとらせようとは、そのままお前達の命を褒美としてとるということだ。ここまで楽しませた褒美としてな!!」
どことなく勝ち誇ったようなウサギ耳ぬいぐるみはもう一度手を上げると、脇に並ぶ音楽隊が楽器を持ち替え、鈍器へと用途を変えて一斉に襲いかかってきた。
「ってこんなオチかよ!」
察したウィルはすぐさまニーアを守るために前にでて剣を引き抜く。
「そもそも遊園施設があることすらおかしいですしね」
メレネイアは既に予期していたのか身構え、ルイノルドは無言で剣を抜いた。オルキスとティアは裏切られたとしたものの、メレネイアの言葉に一理あるとすぐに気を取り直し、杖、薙刀を構える。
「ま、楽しかったのは事実だけどね!」
レインシエルはこれもアトラクションとばかりに双剣を引き抜き、むしろぬいぐるみに突撃していった。
ぬいぐるみ達の動きはその見た目からは想像を遙かに越え身軽だった。身のこなしもしなやかで、宙を飛べば重さを感じさせず羽のようにふわりとした動きを見せる。通常、見た目で重さが計れるため、着地点を狙うのが確実だったが、その軽さから目測を図りかねる。
「ち、やりにくいな」
入れ替わり立ち替わり相手を変えられ、見た目が同じ故に、誰を攻撃していたかもそのうち分からなくなり、違う意味で戦いづらかった。オルキスが爆弾を放っても柔らかい体に受け止められ魔物とは判別できないのか不発に終わる。それでも床についた衝撃で起爆して、爆風にぬいぐるみが巻き込まれ飛んでいくもののまったくダメージがないようで空を飛び交うだけだった。
「爆発系は相性悪いですか……」
オルキスは在庫を抱え、鞄に戻し別の道具を探り始めた。ユグニー王なるウサギは鼻をひくつかせ、目の前で未だに微動だにせず俯いたままのダーナスに近寄る。武器は自らの拳のみと肉球の拳を掲げれば血管が浮き出るように何本もの筋が這う。拳に詰まっているのは綿ではないようでまるで筋肉の固まりだった。引き締まった拳を振りかぶり、ダーナスに打ち付けんとしていた。それでもまだダーナスは動かず、気づいていないのか口元がぼそぼそと細かく動くのみだった。
「やべっ、ダーナス!!」
動き続けていた面々はぬいぐるみを追う内にダーナスと距離を話されていたことに気づく。今まさにダーナスの脳天にスタンプが刻み込まれようとしており、ウィルはダーナスに危険を告げる。
「もきゅ、まずは一人!」
可愛らしい鳴き声とのギャップはダーナスの脳天を捉えようとする。
「……たな」
迫る肉球スタンプの最中、まだダーナスは呟く。そして脳天に届く瞬間、肉球が上に弾けた。
「……ぎったな」
眼にも止まらぬ早さで逆手で抜かれたダーナスの剣、その柄が寸前で肉球を突き上げていた。まったく予想していなかったのか、ウサギの顔は無表情ながらも驚いたようにも見える。
「もきゅきゅ……!?」
肉球に走る衝撃に追撃を止め、ウサギはダーナスの出方を伺う。いや、もしかしたらダーナスの纏う迫力に気圧された結果なのかもしれない。ダーナスの柄を握る左手はかたかたと震え、まだ鞘に収まっていた残りの刃をゆっくりと抜き切る。震えるダーナスにそれが恐怖だと勘違いしたウサギは止めていた肉球を再び振り下ろす。それと同時にダーナスが顔を上げる。その眼は恐怖などではく、ただ怒りに支配され、敵意、殺意を爆発させる標的を定め、瞳が縮小しウサギだけを捉えた。
「子どもの夢を裏切ったなあああああ!!!」
「……は?」
そう反応したのはウィルだけでなく、全員がダーナスへ注目する。戦っていたぬいぐるみ達でさえも動きを止めてしまうほどだった。しかし、それも一瞬のことで、気を取り直したぬいぐるみ達は目の前の戦いを再会し、ウィル達も落としそうになる武器を握り直し戦闘を続ける。
ダーナス本人といえば、周りの空気を気にすることもなく、剣を順手に持ち替え、目の前のウサギの肉球を弾く。切り落とせなかったことを訝しむことはなく、むしろそれが許せないようで小さく息を吸った後、追撃を開始した。
「この恨みを貴様の褒美にしてやる」
その言葉は直ちに履行された。徐々に後退していくウサギはダーナスの剣を裁ききれず、胴体に傷を作っていく。さすがに周りのぬいぐるみ達が王を守ろうと間に入るが、ダーナスはウサギから眼を逸らさずにぬいぐるみの攻撃を軽々と避け、ぬいぐるみを屠る。ウサギとは違い、簡単に切られるぬいぐるみからは綿が飛び出て、雪景色のように舞い続けた。ウサギの首が飛ぶまでそう時間がかからなかった。堅いのは肉球のみのようで無表情のままウサギは天を仰ぎダーナスが剣を納めると同時に床に落ちた。気づけば全てのぬいぐるみがウィル達を放ってダーナスに襲いかかっていたが、彼らはもう綿の残骸となり果てていた。