160話 間に
ウィル達が今や血のように見える真っ赤なスタンプを押してもらい、半ば意地になって他を回る中、ルイノルドとメレネイアは遊園施設内を回っていた。通りには出店も並び、スナックや簡単な食べ物が売られており、そもそも食べられるとは思わないぬいぐるみが、口をソースで汚しながら飲み込んでいることにはさすがにルイノルドもメレネイアも唖然とした。
「いつまで付き合うつもりですか?」
異常な光景を前にこめかみを押さえるメレネイアは、厳しい瞳を周囲に向け続けているルイノルドに目を向ける。
「まあ、ぶっ壊してもいいんだが、下手すると閉じこめられる可能性もあるし、ある程度ゴールが見えるまではウィルに任せるさ」
ぶっ壊したいのはやまやまで、ずっと柄に手をかけているのが証拠だった。ただそれがどう転ぶか不安もあり、それを引き抜くのはまだ躊躇いがあった。
「まあ、そうですね……」
それに理解を示すメレネイアも一旦ストレスを吐き出したい思いはあるものの、同じくためらいがあった。突如として訪れた二人きりの時間に、せめて気分を変えようと、近くのベンチへと共に座った。
「まさか再び旅をするとは思っていませんでした」
最初に口を開いたのはメレネイアだった。今のメンバーで過去の仲間はルイノルドだけで、ちょうど二人になったものだから話題としては正しいと考えた。
「……ま、そんなこともあるさ」
案外食いつきが悪いルイノルドに眉を潜めるメレネイアは、話題を更に探す。
「覚えてますか? ルイネエンデにあった遊園施設が閉鎖された本当の理由」
見える視界にはぬいぐるみ達だったが、メレネイアの記憶にはそれが多くの家族や人間達だった。
「あーそんなこともあったっけな」
「忘れるなんて相当な大物ですね。あなたとジェイルが騒ぎすぎて半壊させたでしょうに。だから閉鎖されたんですよ。なぜかシアまで一緒になったのは今も理解できませんが」
そう、シアことシアセスカは見た目、騒いだりする性格ではなかった。物静かでマナ研究の有望株で術式構築のスペシャリストで、普段は本ばかり読んでいて決してアクティブではなかったとメレネイアは記憶していた。
「理解できるんだよなあ……」
なぜかしみじみと感慨深げにのっぺりとした空を見上げるルイノルドに更に眉を潜めるメレネイアだった。
「あなたも少し変わりました? もっと短絡的だったはずですが、そういえばこの十年どこにいたんですか? その仮面もどうして? 外したくない理由も聞けるなら聞きたいのですが」
「短絡的とはこれまたひどい言い方で……」
ルイノルドはメレネイアには視線を向けずに肩をすくめた。仮面から覗くその瞳はどこか遠く他人事のような印象も受ける。会話が止まったのはメレネイアがこれまでのことをまだ聞いていないためで、流せないと諦めたのか、両腕を伸ばし背を伸ばす。背骨が鳴るが互いにそれを気にする様子はなかった。
「どっから話すべきか……十年前、結界に穴を開けようとした後だよな? 正直言うと、あれが原因でずっと眠ってたみたいなんだよ。で起きたのがだいたい一年前くらいか」
メレネイアは十年の間の話を聞けると期待していたのだが、その答えは拍子抜けだったようで、返す言葉が見あたらなかった。記憶が未だはっきりとしない十年前の災厄と呼ばれた出来事。その場に立ち会っていないメレネイアとしては事実を知っておきたい気持ちがあったが、叶わず落胆した。
「そ、そうですか……短くなりましたが、この一年は?」
メレネイアは気持ちを落ち着かせ、何か聞き出せればと十年から一年に短くなった期間について問いかけた。だが、その質問にもルイノルドは迷ったように首を傾げてみせる。
「そうだな……起きてからは街に行ってだな、いや、びびったぜ。聞けば蒼の災厄、それも九年前だって街の人間が言うもんだからな。蒼眼を隠すのも一苦労したもんだ。仮面は顔がばれないようにするためもあるが、これは一応アーティファクトではずせない訳じゃないが、その時まではこのままでいる必要があるからそれは勘弁な」
言葉を選びながら話すルイノルドの様子も思い出しながら話しているためだとメレネイアは受け取った。仮面については腑に落ちないところは多々あるものの、言いたくないことを突っ込むほど野暮ではない。
「……では、あの災厄、結界壊しと聞いてはいましたが、それは結局なんだったんですか? 私が外にいたことも思い出せないのです」
メレネイアは今一度、その時の情景を思い出そうとするものの、気持ちの悪い頭痛が波立ち、あきらめざるを得なかった。
「その記憶の欠落は結界が揺らいだのが原因だろうな。一番近くにいた俺は意識を失い、アリスニアは……」
「亡くなったと、それは私達の罪となっていますが、あのユグドラウスの空間にいたアリスニアは一体?」
アリスニアは蒼の災厄により、説得もむなしく一向の凶刃に倒れたと世間に知らされていた。アリスニア自信が蒼の災厄一行の仲間だったことは徹底的に伏せられ真実を知る者達は粛正として周辺の民ごと粛正された。その場にいたのが、若きダーナスというわけだった。だがそれが行われたのは蒼の災厄の数年後というのは謎だったがそれは今は分からない。
アリスニアは死んだとされたが、ユグドラウスの空間に存在した彼女を幻だったとは信じがたい。
「アリスニアの死は厳密には違う。体を失ったというのが正しいだろうな。アラストルマナ、つまり魂だけの存在になったんだとよ。寝てる間にずっと話してたからな。そういう意味では俺もそうなってたのかもな」
まるで他人事のように話す当事者の言葉に重みはなく、思い出話をするかのように軽やかだった。
「あらゆる生命はその器を離れ大いなるマナへと還り、新たな器の魂となる。輪廻創生の話ですね。つまり結界壊しの影響で大いなるマナに還らなかったアリスニアは魂だけの存在だと」
「一言で言うなら幽霊だな」
アリスニア本人が聞けば怒り出しそうな話だが、この場にいるわけもなくメレネイアは理解できないものの無理矢理納得する。それには結構時間がかかってしまい、気づけばウィル達の声がぬいぐるみ達を縫って耳に届き始めていた。
「さて、そろそろ一段落したみたいだ。聞きたいことはまだあるだろうが、ここを出てからにしよう」
ルイノルドは腰を上げる。今度は腰を沿るとまた骨が細かく鳴る。周りにはぬいぐるみ達が和気あいあいと通りを歩き、傍目では同じ顔に見える。それは、仮面に素顔を隠したルイノルドと何故か同じに見えた。