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蒼眼の反逆者 〜ウィル〜  作者: そにお
第5章 蒼失、楔の慟哭、真実に哭け
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159話 酸いも甘いも痛みも

 一人を除いて警戒していたもののぬいぐるみ達は襲いかかってくることはなく、むしろフレンドリーだった。従業員だろう制服に身を包んだウサギ型のぬいぐるみがプレゼントとばかりに風船と一枚のカードをダーナスに渡していた。


「ようこそユグニーランドへ! スタンプラリーイベント開催中! スタンプを集めてユグニー城にご招待! めげずに頑張ってね! スタンプ数に応じて景品もあるよ! 景品についてはうろうろしている商人に聞いてね!」


 入り口と同じ甲高い声で案内するウサギの口は開かない。それどころか少しこもっていた。嫌な予感はしたもののあえてスルーを決め込む。ダーナスだけはそのまま受け入れたようで、まず最初のスタンプをそいつから押してもらっていた。


「それと公序良俗に違反したくそったれな人はウサギの仲間達にきっつーいお仕置きがあるからくれぐれも注意して、純粋に楽しんでね! 入口で起きたことはサービスするよ!」


 可愛い顔で注意喚起するウサギの視線はあきらかにメレネイアを捉えていた。視線というか首ごと向けていたのだが、メレネイアも気圧されたようで頷くしかなかった。


「さっそく一つゲットだ! も、もちろん楽しんでいるわけではないからな」


「いや、もういいよ……」


 いちいち取り繕うダーナスに諦め、好きにさせようと決め、ダーナスを先頭に園内を回っていく。

 だがそこはユグニーランドの魔力とでも言うのか、不思議と楽しくなってくるものである。ダーナスの他、レインシエルもオルキスもニーアも最初は怪しげな目で視線を巡らせていたが、次第にダーナスと共にあれやこれやルートを決め始めた。ルイノルドとメレネイアはそれを遠巻きに眺めながらも周囲の警戒を解くことはなかった。ウィルはと言えば、どっちつかずでプライドか保護者としてか、自ら進んで参加することはなかった。


「じゃあ、まずジェットコースター? にしよう」


 あっという間に目標を定めると、それは最初に見たレールを走る乗り物のようで、その入口にはまたウサギが立っておりぬいぐるみ達を案内していた。


『ワアアアア!』


 悲鳴に見上げると先に乗り物に乗っていた集団が勢いよく頂点から滑り降り、高くなった声があっという間に低く遠くへと駆け下りて勢いそのままに円を描き右へ左へと視界を過ぎていく。


「うわあ……」


 確かに前時代にこれがあったのならば、頭がおかしいとしか言いようがない。乗っているのがぬいぐるみのせいでいまいちリアリティはないが、これには付き合わないことをウィルは決めた。


「ようこそ、ユグニージェット”死の螺旋”へ! 何名様ですか?」


 ウサギは人数を数える。麻痺しているのかそのネーミングには誰もつっこみもせず、ウィルとしても気疲れのせいで口に出すこともできなかった。


「ひい、ふう、みい、お兄さんは?」


 そう数えるウサギは中途半端な位置にいたウィルをどうするか聞いてきた。


「あ、俺はパ――」


「「――四人で!」」


 パスと言い切る前に三人の女たちによって人数に入れられてしまった。気づけば屋根のない長い乗り物に乗せられ、言われるがまま落下防止用の留め具を降ろし体を押さえる。全力で拒否しなかったのは、やはり乗ってみたい気持ちがあった。それも後悔しか生まないのだがそれを身を持って知ることになる。

妙にきしむ座席に不安を持ちながらも図ったように先頭にウィルとレインシエルが座り、後ろにはダーナス、ニーア、オルキスが座っていた。先頭だけは二列で他は三列の構造だった。もちろんさらに後ろにはぬいぐるみ達が行儀良く座っていたが、何もしゃべらず捉えるものがない目を虚空に向けていた。


「”死の螺旋”にようこそ! 無謀な旅人一行! 優雅な旅をお楽しみあれ! なお、本アトラクション中に起きた災害、事故、その他不具合による怪我は大小問わず責任を取りかねますのでご了承ください」


「ちょっと待っ――」


「「はーい!」」


 ウィルがあまりにも遅い免責事項に声を上げようとしたが、今まで黙っていたぬいぐるみ達がそれをかき消すように声を揃え返事した。


「はい、皆いい子です! それでは……デッドオアアライブ!」


 助走もなくいきなり初速から高速度で走り出す乗り物に体が背もたれに押しつけられた。乗り場の隅にはボロボロに打ち捨てられたぬいぐるみの残骸が見えたような気がしたが、それが何かなど考える余裕などなく、景色が飛んでいった。


「まじで死ぬかと思った……」


乗り場に戻ってきたウィル達は無事生還した。顔面蒼白のウィルはショックで動けなかったが、左手がいつのまにかレインシエルに握られており、それを自覚すると互いに目を合わせて、弾けるように乗り物から降りた。


「ご、ごめん」


「い、いいけど」


「結局楽しんでるじゃんね」


 どぎまぎしている中で後ろに乗っていたニーアがわざといじるように口を開く。それに対抗するほど余裕もなかったウィルは跳ねるように座席から降りた。一旦落ち着こうとなんとなく他の乗員を見てみると、先ほどの浮ついた気分が一瞬で失せた。


「うげ……」


 ニーア達後方の座席を見て、硬直するウィルにレインシエルやニーア達も降りてそれを伺うと、同じく硬直した。眺めてみれば、オブラートに包まれた死だった。ぬいぐるみ達はその風圧に首が耐え切れなかったようで半数の首から上が消失していたり、皮一枚でぶらりと頭を垂れていたりと、これが人間だったら阿鼻叫喚の光景だ。まだぬいぐるみでよかったが、恐ろしいのは皮一枚でつながっているぬいぐるみで、焦点の合わない瞳をそのままに、何食わぬ様子でもげかけた頭を掴み、綿が剥き出しになった首に頭を押さえつけねじ込むようにすると不思議なことにぴったりと縫いつけられ、何事もなかったかのようにきゃっきゃと出口へ向かっていった。あまりの衝撃の連続で声が出ない一同は、恐ろしさだけを顔に出しながら出口を出るのだった。

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