158話 第四階層 遊
洞窟にこしらえられた長い階段を降りていく。暫くして抜けると地下であるはずなのに日光が一行を照らしていた。だが、その肌には熱さは伝わらず、暑いのか寒いのかも判断しにくい温度だった。
不思議に感じたウィルは頭上の太陽に目を細める。確かにそれが光源ではあるものの本来の太陽とは似つかわしくなく、子どもの絵のような赤い絵の具で塗られた太陽だった。ご丁寧にアホ面さらす顔まで描かれていた。
「なんだこりゃ」
意図不明の空間にそれはそれで警戒する。よくよく空を見渡すと浮かんでいる雲も雑な白塗り、のっぺりとした見た目の大小の雲がゆっくりと流れていた。
「え、見てくださいよ!」
ティアがしゃがみこみ地面に生い茂る背の低い草を掴もうとするが一向に掴めないようで、それが遠目からは生えているように見えたが、上から見てみれば不自然に伸びたそれは描かれた絵だと気づく。
「全部絵ってことは、あれも絵か」
ルイノルドが前方を指差した。その先にはアーチ状のゲートが来訪者を迎えようと建っているように見えた。登り坂になっているせいもあり、そのゲートの奥は伺えないもののアーチは遠目からでもわかるほど色とりどりに装飾されており、風に乗って楽しげな音楽すら聞こえてくる。
異様な雰囲気に互いにどうするべきか目配りしていると、ちょうどその辺りから軽い破裂音が聞こえてきた。それも一発ではなく数発の破裂音、攻撃かと一瞬で身構えアーチ付近を捉えると、その上空で花が咲いては消えていた。
「えーっと、花火……?」
それが攻撃ではないとわかると、レインシエルはぽかんとこれまた打ち上がる花火の絵を見上げていた。
「はい、ユグドラウスの解説!」
いちいち考えるのも辞めて答えを知っている可能性のあるユグドラウスへニーアは呼びかける。どうやら納得できる答えではなさそうで、ニーアは困惑していた。
「どうでしたか?」
メレネイアが黙り込むニーアに声をかける。腕組みをして掴んだ腕を指でとんとんと刻む。いい加減付き合いきれないとこめかみがひきついていた。
「……そんなキャラじゃないはずだって。システムに支配されたのが原因かもしれないって」
どう言おうか迷ったあげくそのまま伝聞を伝えるニーアも先ほどまでの戦闘状態から一転した雰囲気に苫追いを隠せないようだ。
「キャラじゃないってなんだそれ」
ウィルもその返答が明確ではなく、脱力していた。既に手をかけていた柄からも手を離しめんどくさそうに腰に手を当てて片足に体重をかけていた。
「なんにせよ、行かざる得ないのではないか?」
ダーナスが一団の前へと出る。既に後ろ姿を見せており、どうにも足取りが軽いように映った。
「ダーナスさん……もしかして行きたいんですか?」
オルキスがその後ろ姿におずおずと声をかけると、あからさまに肩をビクつかせ、動きを止めた。
「い、いや、そんなことはない。な、何があるか確認しないとどうしようもないだろう? ほら行くぞ!」
言うことは最もなのだが、こちらに振り向くこともなく再び歩みを進めるダーナスに、まあ、と納得した一行はその後に続く。
程なくして坂を登り切りアーチに行き着く。アーチは錯覚を利用した平面の絵ではなくハリボテのような簡素な作りではあったが、確かに存在した。一種の門のように建っているアーチは可愛らしい装飾が彩られ、大きく文字が書かれており、ゲートの左右には柵が伸びていた。
「ユグニーランド……」
オルキスがその文字を読み上げるや否や、ルイノルドは剣を抜き放とうと柄に手をかける。
「いやいや、待てって親父。気持ちはすげえわかるけどさ。まだその時じゃない」
止めているのか止めないのか分からない呼びかけだったが、ウィルの言葉に舌打ちした後、ルイノルドは手を離す。ウィルとしても別に止めなくても良かったのだが、ゲートの目の前で一人その先を見て立ち尽くすダーナスが気になった。
「ダーナス、なにがあるんだ?」
「すごいぞ……恐ろしさまで感じるほどだ」
その言い方によっぽどの風景が広がっているのだと感じたウィルはその横に並ぶ。魔物の集団がひしめいているとか、迷宮とかを想像しめんどくささとそうは言ってられない気持ちで足取りは重かった。しかし、眼下に広がる光景は、そのどれでもなく確かに恐ろしいものだった。
「……だめだ。もう理解できねえ」
処理不能な光景に立ちくらみすら襲う。ゲートの先は二つに仕切られた木目の階段が自動的に上下それぞれ流れており、その先には様々な建造物が立ち並んでおり、縦横無尽に引かれたレールを高速で駆けていくむき出しの乗り物。ぐるぐると回転する数人座れるほどのいくつかの大きなカップ。大きな屋根の下、柱を中心に周回する、明らかに玩具ではあるものの狂気を感じる見た目の馬や荷車。その他もろもろ、それぞれのエリアに立ち並ぶ異様な施設が立ち並んでいた。
「昔、前時代の資料から再現された遊園地なるものが建設された。結果、恐怖とスリルを楽しむ前時代の人間は頭がおかしいと結論づけられ、あまりにも採算が合わず惜しくも取り壊された夢の娯楽施設が今ここに……恐るべしユグニーランド……!」
「だ、ダーナスさん?」
思わず敬称つきで声をかけてしまうほど、ウィルの目に、誰の目にもダーナスの様子は他と違い、なぜか興奮していた。皆の白けた視線に遅れて気づいたダーナスはわざとらしく咳払いをして取り繕うが綻んだ顔はそのままで何の誤魔化しにもなっていなかった。
「と、とにかくこの先に行かねばならんだろう。おそらくここに下層への入り口があるはずだ」
もっともらしいことを言うものの、その瞳は子どものように輝いており、遊びたくて仕方ないようだった。
「その通りっちゃそうだけど、見てみろよあれ」
百歩譲って調査するところはここしかないので言うことはなかったのだが、遊園地なるユグニーランドは無人ではなかった。ユグニーランドを闊歩する様々な人ほどのぬいぐるみ達が既に楽しんでいたのだ。数えるまでもなく大量で大繁盛していた。
「こ、これは、恐ろしいな……」
「俺はお前が恐ろしいよ……」
ベクトルの違う恐ろしさは交わることはなく、立ち往生していても仕方ないと入園を決めた。アーチをくぐると壊れているのか元々なのか割れた不協和音が奏でられた。
『ようこそユグニーランドへ! どうぞ、タノジンデエエッ』
内側のアーチに顔だけくくりつけられたウサギのマスコットが上下に顎を動かす。妙に甲高い声と赤錆なのかその瞳は狂気に満ちていて、血の涙のようだった。まだ何か言いたげだったが、ルイノルドではなくメレネイアの力場のハンマーで顔がひしゃげるとノイズ混じりにそれは沈黙した。
「よし、調査開始だ! 全部回るぞ!!」
流れる階段を逆らうどころか、無視して駆け下りていくダーナスを生暖かい目で一行は見守った。一番精神にきているのではと心配すらあった。
「ダーナスってあんなキャラだっけ」
ニーアの疑問に答える者は誰もおらず、口を結んだまま自動的に降りていく階段に身を任せた。