157話 置き去り
煙が晴れると頭部を失い、胸部にある大穴から赤い光が漏れ出ていた。どうやらコアがそこにあるらしくその光の量からして相当大きいことは確定だった。
「やった、よな」
再度、願いが混じった言葉をウィルはつぶやく。だが、それを裏切るように、まだ無事だった肘から先を失った左腕が振り上げられる。
「ちっ」
標的は明らかにウィルだったが、力の反動かそれとも気がゆるんだせいか、動きが遅れる。ダーナスは到底受けきることはできないとはわかりながらも正面に立ち、受け流すため剣を構える。
「ダーナス、やめ……」
ウィルの言葉は届かず、ダーナスは顔を背けない。それは既にわかっていたからだ。小さな風を切る音がダーナスの脇をすり抜け、砕けた体を足場に跳躍するレインシエルがいることを。彼女は鳥のように軽やかに飛び、衝撃で天井に刺さった双剣が抜け落ちる。中空で受け取り、開いた胸部へと体を回転させながら飛び込み、その回転の剣撃で巨大化したコアを砕ききった。
原動力を失った腕はダーナスの手前で粉々に散り、その砂でダーナスはせき込んだ。
「おい、大丈夫か?」
身体の疲労も緩和してきウィルはダーナスに声をかける。ダーナスは大丈夫といわんばかりに咳き込みながらも手で無事を伝えた。そして息も落ち着いたようで身なりを整えていた。
「ああ、すまない。お前は怪我ないか?」
むしろダーナスはウィルを気遣う。ウィルが動けなくなったのは予想外だったが、レインシエル現れなくても受け流すだけの勝算はあった。
「いや、俺は大丈夫だけどさ、あんま無茶しないでくれよ……」
一方のウィルはレインシエルの行動ありきでダーナスが前に出たのだと踏まえ、気づかなかったことはいえ、目の前で見ているだけでしかないのは気が気でならなかった。失う怖さを直視しているウィルにとっては脱力してしまうほど、精神的な起伏が激しくなる状況だった。今はいいがその次は? その更に次は? 連鎖的な思考にウィルは拳を無意識に握っていた。彼は守ることにその戦いの覚悟を置いていた。
「……私たちも成長しているということだ」
ウィルの握りしめた拳に目をやるものの、ダーナスは気にしないようにしていた。ウィルはまたどこかで思い詰めているのではと感じたが、それが無意識なのか深層意識の内なのか、表面上は良かったと頬をゆるませるウィルだったために、今は直接聞いたところで無駄だと判断した。
グランドゴーレムの瓦礫の山から紅い髪が生え出る。さらさらと白い砂が弧を描き光に反射していた。その中で同じく弧を描いた紅い髪のコントラストが映えており、ウィルはレインシエルを美しいと感じた。
「ぺぇーぺっぺ!! 砂が口に!」
美しさから一変して口の中の砂を吐き出す姿にはウィルの先ほどの想いはどこかに立ち消え、いつものレインシエルだと安心した。砕けてもなお片手でなんとか収まるほどの赤いコアを彼女は掲げながら砂の小山から砂をかき分け、ウィルたちに合流する。
「へへーん。助かったでしょ?」
そう言うレインシエルの顔は誇らしげで、その瞳はウィルに真っ直ぐに注がれており、ウィルに対してだということは明白だった。恩着せがましい言い方ではあるが、ウィル達はそうは取らない。今度は守るといった言葉故の台詞だった。だからどや顔ではなく成し遂げた自分にたいして誇らしい気持ちだったのだろう。
「ああ……まじで助かった」
ウィルの言葉に満面の笑みを浮かべるレインシエルは拳を握り軽く突き出す。それにならいウィルもその拳に自分の拳を合わせた。何かがその瞬間に心を踊る。だがそれも何かに押さえ込まれるかのようにすぐに消え去った。
「ん、ほらオルキスがほしそうな魔石!」
握られたままの赤い魔石をオルキスに下投げで渡す。わたわたとどうにか落とさずにオルキスは受け取り、感嘆の声を漏らしながら、うっとりとした表情で魔石を眺めた後、大事そうに鞄にしまった。
ひとしきり落ち着いた後に、ルイノルドは空気を読んでいたようで、暫くして歩き出した。
「そろそろ行くぞ」
反論するものはもちろんおらず、休憩を挟み体力は回復して、一つ乗り切った感覚のパーティは、次の階層にも気合いを入れて臨む。
そんな一行の目の前に、洞窟の出口前に見覚えのある看板が地面に突き刺さっていた。口元をひくつかせていることは仮面の本人しかわからないが、それを乱暴に引き抜いた時点で皆、お察しだった。
「あ? 余計な時間をかけ過ぎ、さすがに飽きてきたので第五層までのショートカットを用意してあげます……だとさ」
ルイノルドがいらついた様子で言い切ると洞窟の横に穴が開いた。ご丁寧にショートカット(安全)と書かれていた。ティアはその穴をのぞき込むと滑り台のように斜めに抜かれている空間のようだとわかる。
「しかも安全なら行かないと損ですよ!」
我先にと穴に身を乗り出すティアだったが、ルイノルドに襟首を引っこ抜かれ、地面に尻餅をついた。
「いったーい! なんですか!? ルイノルドさん!」
せっかくのチャンスを不意にされたティアはふくれっ面でルイノルドを見上げた。
「いや、どう考えても罠だろ。根性ひねくり曲がったやつが、わざわざ安全だなんて書くか? ひっかかるやつなんているかよ」
引っかかった張本人は脳内から引っかかったことを消して、しきりに頷いてみせた。
「ふんふん、確かにあからさまですね」
「いや、引っかかったのは消せねえぞ」
「はうっ!」
眺めていたウィルはとっさに忘れようとしていたティアに事実をつきつけると記憶がよみがえったのか立ち上がりもせず膝を抱えて顔を埋めた。
「ま、気になるのも当然だわな。そんじゃ、答え合わせもしないとな」
ルイノルドはごく自然に呆けていたプルルを掴み上げ、穴の斜面に置いた。
「すごく嫌な予感がするぷるけど……冗談ですよねぷ」
プルルの笑顔は堅い。プルルを掴んでいた手がプルルを後ろへと押していく。何とか耐えようとするプルルだったが斜面が綺麗に磨かれており摩擦を限りなくしているようで、必死の抵抗も無意味だと悟るが、そこは命の危険があるとさすがに判断したプルルはそれでもと食い下がる。
「ま、待つぷ……一体何をしたというぷ」
「役に立ちたいだろうと思って」
即答するルイノルドにプルルは戦慄する。接地面より後ろに体がのけぞり初め剥がれ落ちるのも時間の問題だった。ウィル達からルイノルドの背中で何も見えないが会話を聞く限り落とされることは明白だった。ルイノルドは、さらに小声で何か伝えたようだったが、それは聞こえず、代わりにプルルの断末魔の後、それもやがて聞こえなくなった。
「よしっ。無事なら下で会うだろ」
すっと立ち上がり、何事もなかったように次の階層への階段を降り始めていくルイノルド。そのなんでもない様子にプルルは大丈夫なのだろうと不思議と思えた。冗談で仲間を追いやるほど薄情ではない。
「最悪、分裂してるかもな」
薄情ではないはずだった。