156話 ゴーレム集合体
剣は半分ほどまで頭部に潜り、その痛みか違和感かは不明だが、グランドゴーレムは頭をよじり、振り払おうとする。突然の大揺れにレインシエルは突き刺した双剣をそれぞれ掴み、まるで飛空挺の操縦桿を握るように腰を屈めて耐えていた。
「レイ! 一回抜け!」
追いかけてこなくなったとウィルは振り向き、頭頂部で耐えるレインシエルに向かって叫ぶ。
「む、むり!!」
引き抜くためには足場がしっかりとしていないといけず、大振りする頭部で踏ん張ることなどできなかった。取れない違和感にグランドゴーレムは自らの頭を両手で叩く。ついた虫を潰すように容赦なくレインシエルにその虫からみれば片手に収まる巨大な手が迫る。
おおよそ肌を叩いたとは思えないほど重い衝撃音、むしろ自らの攻撃で頭をふらつかせていた。レインシエルはその寸でで飛び立ち、回転して着地した。
「圧死はさすがに勘弁だね!」
先ほどまでいた頭部をレインシエルは見上げる。その頭には双剣が刺さったままで時折、光を反射する。小さな角でもできたかのようだった。グランドゴーレムといえば、それを結局抜くことはなく、存在すら気づいていないようだった。どうやらレインシエルだけが邪魔だったらしい。
「どうしよう。丸腰なんだけど」
レインシエルは両手を開き、握りしめると格闘するポーズを見せる。
「格闘もできんの? 絶対痛いと思うけど」
ウィルの頭には殴ったところで折れるのがオチだと思った。
「わかってるよ。そもそも冗談だし」
そう言うとレインシエルは腕の構えを解く。だが足のステップはより軽やかに刻まれる。いつでも動けるようにしているのは、グランドゴーレムの標的がレインシエルへと切り替わったからだった。岩の眉毛をつり上げ、両手を組んで振り下ろしてくる。
「じゃ、とりあえず囮になってるから、次の策お願い」
レインシエルは特に焦った様子もなく、手で挨拶するとグランドゴーレムの攻撃を身を翻してかわす。拳に分断されたウィルは、声をかけることもできず、次なる一手を講じなければならなかった。
「って言ってもなあ。剣が通らないんじゃ厳しめだ」
未だ突き刺さったままの角を見て、剣が欠けるところが想像できた。無闇に亀裂に差し込んだとしても角同様に致命傷は願えなさそうだった。
「レイにも限界があります。一人で危険を担う理由はわからなくはないですが、急いだほうが良いですね」
メレネイアはおそらく原因であるウィルを見据え、奥で踊るレインシエルに焦点を合わせた。ウィルもそれに釣られみやるものの、まだ余裕そうだったが、あれもいつまで続くかわからない。見えるのは踊る大小で踊る二人とオルキスが無駄に錬成した爆弾の在庫が山になっていた。それを一旦、見過ごすが、再びその山に視線を戻す。
「爆弾……使えそうか?」
あの爆弾を使わない手はなかった。というかしょげているオルキスのためにも不良在庫はなくしたほうが彼女のためだろうともウィルは思っていた。
「どうか、私の子どもたちを活用してあげてください……」
オルキスは懇願するように瞳を潤ませて見上げる。子どもが爆発することになるのだが、それは良いらしく、錬成士である以上、不要品を作ることは恥なのだそう。
「ウィル、レイ……ンシエルの援護に回る。後は任せたぞ」
ルイノルドはウィルの返事も待たずにレインシエルの元へと駆けていった。その役目は自分だとも思ったが、レインシエルに頼まれた以上、それを破るわけにはいかなかった。信頼を感じていたせいか、焦ることはなく、順繰りに要素と結果を推測していく。
「っとなると、メルに頼みたいことがある」
成功するかどうかはやってみなければわからない。もし失敗してもそれはそれでやりようがあった。メレネイアに用件を伝えると、意外でもなかったのかすんなりと受け入れてくれた。
「んじゃ、ポイントはその時指示するわ。実際見ないとわからないし。んじゃ、ティア、探すのはお前な」
影に潜んでいたティアはあっけなく指名で命令を下された。
「ええ……!? それは私には重すぎますよお! 応援担当を進言します!」
「却下。元はといえばお前が原因でもあるんだ。オルキスの爆弾はこれに活用するし、後はお前が何かしなきゃだろ?」
「ぐう……」
呆気なく応援を却下するウィル。そもそも応援して何になるのか、ましてやティアの応援など余計に気が散りそうだと皆思った。さすがに思うところがあるのかそれ以上、反論はしてこず、薙刀を顕現させる。それを了承と受け取ったウィルは頷く。
「おっけい。ポイント決定後、俺とダーナスが担当する。メルは合図するからこじ開けとパス頼むわ。あとオルキスに確認だけどさ。いきなり爆発するとかないよな」
もしそうだったら危険過ぎて作戦遂行どころではないが、念のため確認しておく。
「うーん。それなりの衝撃か火で爆発します。衝撃による爆発は一応魔物に対して反応するようセーフティかけてるので、ウィルさんが魔物でない限り大丈夫です」
もちろんそんなはずはないのだが、もし魔物だったらとウィルは無駄に考えてしまい冷や汗が垂れる。
「あ、ああ、じゃあ大丈夫そうだ。オルキスは援護と回復を頼む。ニーアは俺らに強化の歌を」
「はい!」
「わかった」
共に了承の返事を返すと、ウィルは指示が行き渡ったと頷く。
「よし、それじゃあ行くぞ!」
「忘れないでぷ! プルルはどうするぷる? 戦うのもよし指示を飛ばすのもよし、汎用性に優れたプルルはどうするぷ?」
自分がまだだと躍り出たプルルに出鼻を挫いたウィルは適当に目を泳がせる。既に指示を受けた仲間はそれぞれ移動していった。
「あーそうだな。うん、ニーアの護衛頼むわ。破片とか来たら壁になってくれ。お、我ながら名案じゃん! 頼むわ!」
話を早々に切り上げプルルに背を向け、離れていく。
「ぼでぃーがーどなら得意ぷる! 壁役は少し釈然としないけどぷ」
すっきりしない気持ちを抱えて、ニーアを追いかけるプルルだが、その先にはメレネイアが共にいた。その時点でメレネイアの力場で破片ははじかれ、プルルの壁役は無駄に等しいのだが、当の本人はメレネイアも守らなければならないと余計に奮起していた。
参戦する人数が増えたこともあり、レインシエル達の負担は軽減される。ティアは泣きながらグランドゴーレムの周辺を走り回っては視線を巡らし、足下に滑り込んで目の前の床が陥没する様を味わいながらとにかく走り回った。そんなティアの同行を視界に納めつつウィルとダーナスは連携してティアへの注目を妨げるため小刻みに動き、グランドゴーレムを攪乱していた。ニーアの強化の唄の力もあり、ティアが刻んだ印を確認する余裕もあった。疲労を見せていたレインシエルはルイノルドに守られながら後方へと下がる。そのルイノルドを見るレインシエルの表情は複雑げだった。
床が陥没だらけになるころ、ティアが最後の印を薙刀で刻んだ。
「できました! 各関節と胸部に一つ! それと頭はそのままです!」
「よし、充分だ! ダーナス!一気に行くぞ! メル! 合図したら投げてくれ! 皆は攪乱を頼む!」
体力と気力を使い果たしたティアはニーア達の元に飛び込むとへたりこんだ。
「もう……無理……」
オルキスに回復薬を渡されるが、一口ずつゆっくりと飲む。回復してしまってはまた行かねばならず、そのあからさまな嫌がりぶりにオルキスは苦笑いを浮かべる。
「ウィル!」
そうこうしているうちにダーナスがグランドゴーレムが腕を床へ叩きつけた後の硬直時間を見極め、右手首へ飛び乗る。そこにはティアがつけたであろう印があり、予定通り間接部分に狭いが隙間があった。ウィルはダーナスの手に引っ張り上げられる。そして支えとするために剣を互いに突き立てる。
「メル! よこせ!」
開いた片手をメレネイアに向かって振る。
「待ってましたよ!」
ウィルの合図を待っていたメレネイアはグローブにマナを込めると不良在庫の山が何かに握られるように持ち上がり、一個取り出されるとゆがんだ空間が一度後方へ下がったあと一気に投げ込まれた。巨大な不可視の手によるものだ。
「うおっ!」
弾丸のように迫る爆弾がウィルの片手に乱暴に収まる。予想以上に早かったため危うく体が持ってかれそうになるが、ダーナスが服を掴んだおかげで持ちこたえることができた。
「普通の爆弾だったら即爆発だよなあ……」
想像に身がすくむ。ダーナスははは、と乾いた笑みを浮かべていたが、気を取り直すと両手がふさがったウィルの代わりに折れない程度に剣を傾け、隙間を拡張する。
「早く入れてくれ……」
ダーナスはようやく踏ん張りなおしたウィルに懇願する。
「わりい、んじゃ、入れるぞ!」
ウィルは爆弾を拡張した隙間にねじ込む。相手は魔物なので衝撃を与えないように焦らず迅速に挟む。
「いいぞ!」
ウィルの合図でダーナスは力を緩める。せばまった隙間ががっちりと爆弾を挟み込んだ。
「よし次だ!」
腕の動きの緩急に合わせて次は肘へ上がっていく。振り上げたタイミングで手から飛んだので正しくは落ちただが、剣を突き立て体を安定させる。
作戦はいたってシンプルだ。隙間にささる剣とオルキスの不良在庫から着想した結果だ。各関節にある隙間をこじ開け爆弾を入れ込む。結構はいるようならばグランドゴーレムが違和感を覚えない程度まで数個入れる。それが全部仕込み終われば起爆させてばらばら、という計算だった。最悪、不発に終わった場合は、出口から極力引き離し一気に出口に駆け込むという、トレントに追いかけられた時同様の作戦に切り替えるつもりだった。
胸部の継ぎ目ににも爆弾を設置し終わり、残り一つとなった在庫を持って頭部へ登る。既に刺さっている剣をダーナスと互いに力をこめてできた隙間に爆弾を入れ込んだ。
「終わったが、後はどうやって起爆するんだ?」
「誘爆ってね。支えててくれ。オルキス、もらうぞ!」
一旦、ウィルは剣をインフィニティアに納め直す。鞘と柄に手を添えるため、踏ん張りは足腰しかなく、それをダーナスは迷った結果、片手を剣に片手をウィルの腰に回す体勢をとった。必然的にウィルと密着する。香水をつけていたわけではないが不思議と落ち着く香りにダーナスは一瞬呆けるが、すぐに気を取り直して腰に力を入れた。
「いや、なにを考えているんだ私は……」
そんなつぶやきはウィルには届かなかったが、ウィルとしても揺れに応じて伝わる背中の揺れに気づかないわけもなく、いろんな意味で後ろにいてくれて助かったと思った。
ウィルはマナを剣に込める。それは起動だけ、剣の鍵をあけるだけの小さなマナ。脳内で鍵が開くイメージができると剣を引き抜いていく。オルキスのイヤリングが飛空挺でテストした時と同じく蒼く輝く。距離が離れていたため難しいと思っていたが、その力の風はニーアの唄によるマナの流れに乗っていた。道を見つけたオルキスのマナはウィルへ、そして鞘と剣に注がれる。インフィニティアの鞘の蒼い紋章が光で滲む。ウィルのマナではなくオルキスのマナを受け取った鞘は剣へマナを継承していく。濃い紫色の光。オルキスの左目と同じ色の輝きが溢れる。
剣を天に向け、そして地へとむき直す。逆手に持ち替え両手で支えている剣を三本目として突き立てようと亀裂へ差し込んだ。
「爆ぜろ!」
使い方は自然と身についていた。紫を纏った剣は頭部の爆弾へと接触した瞬間、魔物に接触していたために爆発。その数駿で紫色の光は関節、胸部へと道を造り、半ば導火線のように繋がると、ほぼ同時に起爆した。爆発を紫色の爆炎へと色を変え、グランドゴーレムの四肢が砕け、胸部には大穴、頭部は形を失った。爆発の煙の中、ウィルとダーナスは無事、地面に降り立つ。
「やったか?」
ウィルは煙が晴れるのを待つ。既にグランドゴーレムの膝は折れ、膝から下は瓦礫へと力を失ったようだ。
その後、亀裂音が鳴り響き、煙は晴れていった。