154話 第二階層 森
そこは見渡す限りの森、微かな光源すら生い茂る葉で遮られ薄暗い。ティアのマッピングがなければ十中八九迷っていただろう。どこを歩いても同じ景色が続き、トレントかと思えばただの樹木で、いつトレントが現れるか気が気でならなかった。ひたすらその無駄な警戒のループが続き、足に絡みつく草を取ることも忘れるほど精神的なダメージが蓄積していった。
「あれは木、あれはトレント、じゃああれは? ううん、私たちがトレント……」
ティアがぶつぶつと危険な領域に足を踏み入れ始める中、ようやく違った景色が目の前に広がった。樹木が途切れた先は崖の下だった。その壁には先の見えない洞窟が口を開け、ウィル達を待っていた。見るからに怪しい入り口だったが、木の姿がないことがまず崩壊寸前の心を留めた。ルイノルドは一言も話さなくなっていた。その能力の高さが災いして人一倍、無駄な疲労を重ねたからだ。結局ここについてみれば、一度もトレントに遭遇することはなかった。
「やっとこっから出れる……」
レインシエルはふらふらと洞窟に近づく、他の仲間も先ほどまでの警戒心は一気に消え失せ、暗がりに近づく。すると洞窟の入り口に木でできた看板が立っていた。
「なんか、書いてある」
レインシエルは読む気力もなく指だけ差す。ルイノルドがその看板の文字を見つめゆっくりと読み上げる。
「トレントがいるとでも思った? 残念でした。全部ただの木だよーん。だよーんだよーん……」
だよーんは一つしか書いてなかったのだが、それを繰り返すルイノルドは看板を杭ごと引き抜いた。
「……だよーんじゃねええ!! このくそがくそくそ、馬鹿にしやがってぶっ殺してやる!!」
戦いで発散できなかったストレスを煽る看板に全てぶつけ地面に叩きつけ、木片を踏みつける。粉々に飛び散る木片よりもルイノルドの想像以上の変貌ぶりに一同は正気を取り戻す。冷静沈着の印象が強かったのもあり、その差が大きすぎた。ましてやその子どものウィルやニーアにおいてもその爆発は記憶にもなかった。ルイノルドの人間らしい一面を垣間見て、フラットになった心はノグニスへと矛先を変え、絶対にただではすまさないという怒りで一致団結した。
プルルだけは冷静で空気を読まないせいもあり、落ち着かせようとルイノルドの頭に登った。
「まあ、落ち着くぷ。素晴らしい煽りで敵ながらあっぱれぷる。でもこんな時ほど冷静さを失ってはいけないぷ。どれだけ素晴らしい煽りだとしてもルイノルドが一番子どもっぽいなあとは思ったとしても、冷静を保つぷる……ぷる?」
ルイノルドにつかみ上げられ目の前にルイノルドの顔が迫る。
「お前、妙にあれを評価しているなあ……まさかとは思うがお前が用意したんじゃねえよな……」
もちろん、そんな暇もタイミングもなかったのだが、仮面越しの荒んだ瞳は表情が見えないからこそ余計に恐ろしく、プルルはようやく自分の失言に気づき、恐怖で震えた。
「ももも、もちろん違うぷ。ど、どうして振りかぶってるぷ? 待つぷる。これは濡れ衣ぷ。はっ、これもノグニスの計画ぷる。手の平の上で踊らされては相手の思うつぼぷる!!」
プルルの体が千切れてしまうのではと思うほどルイノルドの右手は手袋越しでも血管が浮き出ているようにも見え、左足を高く上げ、一瞬止まった後、左足を踏みだし、腰を回転させ、全ての運動エネルギーを右腕に集約させ、振り抜いた。
「お前は俺の手の平からも飛んでいけ!!」
「ごめんぷるるるううううう……!!」
放たれたプルルは放物線を描くこともなく一直線に洞窟へと情けない断末魔と一緒に姿を消していった。静寂が訪れる。ルイノルドは肺を空気で膨らませる。
「ぶっ殺すぞ!」
「「おお!」」
楔の解放はこの世からも解放してやろうと蒼の反逆者達は、目を爛々とさせながら洞窟へと踏み出していった。
最下層にてノグニスはそんな様子を映し出して眺めていた。震える肩を抱き、恍惚な表情を浮かべ、汗で艶やかな肌が妖艶さを醸し出す。
「ふふ、いいぞ。それでこそ妾に刃向かうにふさわしい。ああ、もっと怒りを貯め、その汚れた体で死地をかけようぞ。ふふふふふ」
腕と胸に挟まれたふやけ始めた本には彼女をそうさせた理由が詰め込まれていた。人間嫌いをこじらせ、長い間、見つけてしまった危ない本と共に生きた結果をウィル達が相対するのはまだ先のことである。
キャラ設定変更あるかもです