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蒼眼の反逆者 〜ウィル〜  作者: そにお
第5章 蒼失、楔の慟哭、真実に哭け
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153話 第一階層

 ノグニスの塔、人間嫌いの主がユグドラウスに設計させた迷宮。迷宮の通り、ウィルが降りた場所は壁に隔たれた迷路だった。


「つまり、分からないと」


 ニーアはその場の仲間ではなく、内にいる存在に苛立っていた。


「あははじゃないわよ。はあ……」


 意気消沈するニーア。「結構アレンジしてるから道順までわかんない」とユグドラウスは悪びれなくのたまうのだった。


「じゃあ、とにかく進むしかないってか」


 前途多難、土壁で隔離された通路をウィル達は警戒しながら進んでいく。光源は不明だが通路は明るく、進む分には問題なかった。時折、土壁に張り巡らされた木の根がしゅるしゅると蠢くことだけは不気味だった。


「一応、階層ごとで分かれてるのは変えてないと思うって。ここが一階層だとして六階層まであるみたい」


「長いんだか短いんだか……」


 ウィルは呆れながら幾重にも分かれる道を進んでいく。マッピングについてはティアの自動記述される手記"リンク"によって白紙のページが埋められていった。どうにもオルキスの手で新たな機能が付加されたらしい。


「でも、ダンジョン攻略みたいで楽しいですね!」


 ティアはむしろ楽しいようで足取りが軽い。めでたい性格だなと思うが、そう思わなければやってられないとウィル達は気合いを入れる。


「なんでもいいけど、後ろ」


 ステップを踏み振り向いて早く来いと急かすティアにウィルはその背後を指さす。


「え?」


 ティアは背中越しに何か堅いものにぶつかった。それは壁かと思ったが、形を変える影にゆっくりと前に首を向ける。


「ま、まものおおおお!!」


 背後にいたのは巨大な木、しかし、普通の木ではない。枝をしならせ根を足のように動く、言わば生きた木。つまり魔物だった。


「トレント!!」

 オルキスがその魔物の名を叫ぶ。ティアの大声に驚いたのか、あちらも相当驚いたらしく、振り向きざまに太い枝を払いティアを打ち払うようにする。振り向きざまということがわかるのは、ティアがしゃがみその枝の衝撃で土壁が抉られると、幹に開いた空洞が顔を成していたからだ。縦に伸びた三つの楕円の空洞は驚いた顔のようだったが、次第につり上がり口部分をへの字に曲げる。


「怒ってらっしゃる?」


 間近でその顔の変貌ぶりに涙目になるティアは、情けない悲鳴を上げながらウィル達に転がり込んだ。


「魔物もいんのかよ」


 ウィル達はそれぞれ武器を抜く。ニーアに問いつめられたユグドラウスも知らなかったらしく、とにかく目の前の敵に集中する。


「ふっ」


 いち早く攻撃を仕掛けたのはメレネイアだった。グローブによる力場を作りだし、巨大な歪みは巨人の拳、それをもってトレントを殴りつける。いきなりの攻撃にトレントはまともに顔面で受ける。重い衝撃音と共に木の皮が剥がれ落ちる。しかし、それで倒れるほど柔な木ではなかった。根っこで踏みとどまると長い枝をしならせ反撃する。風を切る音に直感でそれぞれ散開する。枝の鞭はまたも壁に当たると軽い炸裂音がして、先ほどよりも壁が小爆発したように抉れた。あんなものが頭に直撃すればみずみずしい果実から果汁が四散するだろう。それぞれが想像し戦慄した。


「え、えげつな……」


 嫌な想像を振り払い、懐にウィルは潜り込む。対してルイノルドはニーアとオルキスの前に陣取ったままだった。ニーアを守りながら枝を器用に打ち払っていた。同時にダーナスも懐に入っていた。


「懐に入れば、鞭は使えんだろう!」


 ダーナスの言うことは当たっていた。あの枝の鞭を充分に扱うには距離が必要だった。トレントは驚愕の顔でウィルとダーナスを迎えた。

 互いに息を合わせ剣線をクロスさせトレントの腹を斬りつける。だが、浅い。相手も鞭以外に武器はあった。根を畳み刺突を繰り出す。避けきれるか微妙だったが、寸でのところでレインシエルが割り込み双剣を振り、枝を切り落とす。それでも弾丸のように勢いを保った枝を互いに身をよじらせ回避する。当たったものがないにも関わらずその衝撃波は音を鳴らす。


「レイ、助かった。これは結構つらいぞ……」


 レインシエルはウィルの感謝に頷きだけを返す。言葉はないものの彼女の紅い瞳には強固な意志が見て取れた。

 それでも接近戦も満足に行かず、微妙な距離を保ち互いに攻め倦ねていた。


「離れて!」


 オルキスの声で距離を取る。オルキスはクマ印の爆弾を振りかぶり、勢い良く投げつけた。放物線を描き飛んでくる爆弾にトレントは枝であきらかな危険物質を打ち払う。枝がそれに振れた瞬間、爆炎が広がった。


「ギイイイイイイ!!」


 その炎に打ち払った枝が燃える。トレントは悲痛な叫びを上げる。炎を払うように枝を降るが、やがて枝は根本から焼け落ちた。無惨に燃え尽きた枝にトレントは標的を変更する。とんでもないものを投げつけたオルキスに怒りを向ける。


「ひっ」


 その怒りの矛先が自分だと分かり、オルキスは身がすくむ。距離を詰めてくるトレントの前にルイノルドが間に入る。


「背中、がら空き!!」


 ウィルは注目がオルキスだけになったことでトレントの背中が無防備だと気づく。跳躍したウィルはその背中に剣を突き刺し、体重を乗せ下方に切り裂いた。


「ダーナス!」


 切り開かれた背中に木目が入ったいびつな石が見えた。


「コアをやれ!!」


 ルイノルドはまるで見えていたかのように声を飛ばす。


「はああ!!」


 ダーナスは言われるまでもなく剣を容赦なく突き刺す。石のようなそれに亀裂が入るとあっという間に小さな閃光と共に砕け散る。振りかぶった枝は縮んでいき、トレントの動きは鈍くなりやがて止まった。佇むその姿は巨木そのもので動いていたことなど信じられないほど静かに根を降ろしていた。開いた三つの空洞も意味を為さない穴に変わった。


「倒した?」


 ウィルがそんな疑問を持ったのは、消失するでもなくそこに居続けたからだ。


「やっぱそういうことか」


 一人納得した様子なのはルイノルドだった。トレントだったものに警戒なく近寄り、亀裂の中に手を突っ込む。そして砕けた破片を手に取り引き抜いた。苦手だったのか衝撃的だったからか、ウィルはうずくまるティアを立ち上がらせる。「あれは木、あれはただの木……」ティアはぶつぶつと唱えながら物言わぬ木をぺたぺたと触り、落ち着きを取り戻した。


「で、説明求む」


 ウィルがティアの異常性に目を背け、理由を知っているであろうルイノルドの言葉を待った。


「これは自然系の魔物によくあるコアと呼ばれる魔石の一種だ。こいつらの心臓とかそんな感じだ。それ自体は珍しくはない、が本来のトレントはコアを破壊すれば体が崩れるはずだ。加工しなくてもそのまま燃料とかにも使いやすいんだが……」


「まるで元の姿を思い出したかのように木そのものになった? 確かに、図鑑で読みましたがこの種類の樹木のトレントは聞いたことありませんね」


 オルキスはアトリエで読んでいた図鑑を思い出していた。トレントはマナの濃い地帯で生まれる。元々はただの樹木で長い間、濃いマナにさらされ、地中からも養分と一緒にマナを取り込んだ結果、凝固したマナが魔石となり意志の現出と同時に宿り木である樹木に命を吹き込むとされていた。そうしてトレントという魔物は日光や地中の養分をほぼ必要としなくなり、大部分の葉は枯れ落ちるとされていた。だが、このトレントに関してはまだまだ緑が生い茂り、トレントに成り立てとしても顔を模した空洞や攻撃のキレからはずいぶん長い間トレントとして生きていない限り考えにくかった。もちろんそれでもエネルギーが足りず葉も根も生きた上位種グランド・トレントも存在するが、それは大地に大きな根を降ろしているために素早い動きなどできず、達観した仙人のごとく、好戦的ではないことで知られている。つまりこのトレントはどれにも当てはまらない亜種、もしくは別の理由があるらしい。

 そして、ルイノルドは別の理由を支持した。


「亜種だったらそれまでだが、この魔石には何者かの遠隔操作用の術式が組み込まれていたようだ。無理矢理魔物化させているんだろう。だから木に戻れたってわけだ」


 そう言うとルイノルドは自分のマナを砕けた魔石に注ぐと数秒間、謎の術式が宙に浮かび上がって消え、破片は粉となった。


「ユグドラウスが、ノグニスしかいないだろうって」


 ニーアを通して聞いていたユグドウラウスがそう伝えた。ノグニスはめんどくさがりだから、半自律式の遠隔術式に長けているのだと言う。


「ま、とにかくコアになってる魔石を同じように壊せばいいんだろ? むしろ俺達がめんどくなるけどそれが分かればそうするだけだろ」


 ウィルは剣を納める。対処法が分かれば苦ではない。時間がかかるのは仕方ないと納得させた。


「それはその通りだがな……」


 ルイノルドはウィルの背後に視線を移すと、横に伸びた道へと歩きだし、そしていつしか走り出した。皆、ウィルの背後を確認すると顔を青くしてルイノルドに続いていく。


「ウィル! 後ろ後ろ!」


 レインシエルがウィルの背後を指さす。ようやくウィルが背後を振り向くと遠くから土煙が上がっていた。それは見る見るうちに近づいており、目を凝らすまでもなく、大量のトレントが仲間意識か怒りの形相でウィル達を睨んでいた。


「ちょっ、はやく言えよ!!」


 むき直すとレインシエル以外の背中は既に遠く、プルルは学んだのかニーアにしがみついていた。文句を考える暇もなくウィルとレインシエルは駆け出す。マッピングは続くがそれを確かめることもできず、逃走に逃走を重ね、幸運にも下層に続く階段を見つけると、索敵もせずに一気に駆け下り、枝に絡め取られる寸前で事なきを得た。


 追ってくる気配はなく一息つき、広がる光景に息すらできなかった。第二階層は土壁ではなく、鬱蒼とした森林に囲まれた迷宮。むしろトレントとも樹木とも見分けがつかない景色に一同は言葉を失った。

 


 



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