152話 下へ下へ
たんこぶを作ったウィルをよそにさすがにオルキスは怒られるだけで済み、まだ用意していたイヤリングをレインシエル、ダーナス、ティア、メレネイアに付けさせる。プルルもほしがってはいたが、つけるところもなく、ショックで固まっていた。そしてニーアには一回り大きい蒼石のネックレスを渡していた。ニーアだけが違うのは、ニーアのマナの総量が桁違いであるのと楔連中にも応用ができないかということだった。
今度は慎重に試してみたが、うまくいったのはフォルテとの剣翼くらいで、ディアヴァロ達他の力を取り込むことはできなかった。ユグドラウス曰く、親和性の問題、ということで、共にいたフォルテはまだしもディアヴァロ達とは違うらしい。その辺りは適当に濁されたが、そんなことされたらされたで出番を失うとニーアは最後に聞いたが、乾いた笑いで身の内にとどめた。ただ顕現さえしてしまえば力を分け与えることは可能かもということは皆に伝えたが、竜を召喚してまでテストするのは気が引け、今はやめておいた。出たがっていたユグドラウスはショックのようだったが。
同行しているルイノルドは受け取るには受け取ったがつけはしなかった。
「なんかこっぱずかしい」
懐に入れるルイノルドはそれ以降自室にこもり、到着まで出てくることはなかった。
「ユーリとアイリは結局こなかったな」
オルキスが余ったイヤリングを荷物に戻す様子を見て、ウィルはふと双子の顔を思い出す。彼らの経緯は聞いてはいたが、どこかでウィルが復活したと聞きつけて、飛び乗ってくると期待していたが、それもついぞ叶わなかった。
「そのうち合流するだろう。いきなりそれとなく現れる気がする」
ダーナスは彼らに思うところがあるのか、そう言ってウィルを安心させる。その言葉には根拠もなにもないが、ウィル自身もそう思うところがあるため特段不思議ではなかった。
蒼穹に比べると小さく簡素な司令室で船員は索敵を続けていた。
「上空及び目標付近に敵影なし。陣は残っていますが既に放棄されたのでしょう」
髭を蓄えた見た目海賊のようなダビットは大仰に頷く。
「よっしゃ。さっさと降下して客を送るぞ! フォーゲルも置いてさっさと帰還して酒だ酒!」
「ういっす 野郎共、着陸するぞ準備しろ!」
船長だけでなく船員は血の気が多く、言葉遣いからしてもこてこての海賊だった。
砂塵が舞う。比較的、平坦で足場が固まっている場所は崩れたスルハ城の瓦礫の上だった。アーク・エアルスが出てきた穴はぽっかりと地割れのように開いていた。
『そんじゃ、達者でな!!』
スピーカーからダビットの大声が響くと飛空挺はあっという間に空の彼方へと消えていった。
ルイノルドは全員が乗れるほどのフォーゲルの挿入型のキーを懐に入れ、暑いのか影で仮面をぱたぱたとさせていた。
「で、見渡す限り塔なんてないけど、どこなんだ?」
ウィル達は辺りを見回すが塔どころか木すらなく、あるのは瓦礫か岩場のみで視界が開けていた。プルルがフォーゲルに登ると考え込むように黒目を線にして、「ぷるる」とうなる。
「ぷる! とんでもない事がわかったぷ」
かっと黒目を見開いたプルルに注目する。それが気持ちいいのかぶるぶる震える。
「聞きたいぷか? 楔はなんと――――」
調子に乗ってもったいぶるプルルに嫌気が指しながらも仕方なく付き合う一同だが、ルイノルドだけは違った。
「――――この下だ。遊んでないで行くぞ」
なだらかな斜面を選び地割れの中へとルイノルドは降りていく。
「下ってどういうことだ?」
ウィルは疑問を持ちつつもルイノルドの後に続く。一同も下へと降りていく。
「塔は何も空に伸びるだけじゃない。地下に伸びてるってことだろ。位置的にもどんぴしゃだ」
ルイノルドは振り向きもせずにどんどんと先へ降りていく。
「ああ、なるほどな」
ウィルも納得し足を早める。地上にそれらしいものがないということは地下に伸びているというのも頷ける話だ。
一同が地割れの影に消えていく中、一匹取り残されたプルルはどう衝撃的な演出で地下にあると宣言するか悩んでいたが、気づけば誰もいない。
「下に伸びる塔が! ってみんなどこぷ!? 置いてかないでぷ!!」
坂だったおかげで転がり落ち、はぐれずに合流できた。自らの扱いのひどさをいつか見返してやろうとプルルは誓うのだった。
地割れは谷といっても過言ではなかった。砂地の下には意外にも堅い岩盤が埋もれていて、太陽がその真上を空の道を歩んでいく。それが月であればさぞ幻想的な光景が見えるだろう。
アーク・エアルスがその巨体を空に上げた場所は不自然なほどぽっかりと開いていて、降り積もった砂が地面を覆っていた。
「入り口もなにもねえな」
ウィルの言葉通り、突き当たった底にはかつて地下を支えていた柱の名残が散乱しているくらいだ。空は高く、くり抜かれた空を鳥が周回している。その長く高い鳴き声は誰かを呼んでいるかのように寂しさが漂う。風は届かず、まるで時に取り残されたような印象だった。
「……地下の地下があるとは考えないだろうよ」
ルイノルドが中心に座り込み、砂を軽く払いのけると床に模様の一部が顔を出す。予想通りだったのか、ルイノルドは遅れてきたプルルに近づく。
「プルル、吹け」
先ほどの模様が出たあたりを指差す。
「置いていったあげく、吹けとは仲間に対してのお願いとは思えないぷ!」
まだ置いてかれたことを根に持っていたらしく、ぷっくりと膨らみ不平を訴える。何もない空間で手持ちぶさたの他はそのやりとりをどうでも良さそうに眺めるだけだった。
「悪かったって。仲間のお前にしかできないから頼んでんだ。な、頼むわ」
表情は仮面で読めないがおそらく無表情なんだろうとウィルは感情のこもらない言葉から想像した。プルルといえばその体のように単純で口元をひくりとあげる。
「ぷる、仲間の頼みとあれば無碍にするほど白状ではないぷ」
「おう、助かるわ」
「扱いやすくて」と言葉が小さく続いていたが、やる気になっている本人にそんな言葉が聞こえるはずもなく、黒い大口をあけて空気を取り込んでいく。ぴたりと膨らみを止めると、溜め込んだ空気を一気に吐き出す。砂の層が舞い上がる。
「目に砂があああ!」
何故か正面にいたティアが当然、砂を全身に浴び目を抑えて悶絶していた。オルキスがそんな馬鹿にも優しく水で目を洗い流していた。ティアに分け与えられた水を使うあたり分かってるなとウィルは感心する。
そうこうしている内に砂も落ち着き、露わになった床に円形の紋章が浮かび上がっていた。俯瞰した中心から根を這ったような紋章、ただ中心から伸びている根は途中でずれているようで繋がっていなかった。
「ふう、酸欠ぷ」
一仕事終えたとニーアの胸に飛び込み撫でられるプルルに労いの言葉はない。既にルイノルドはその切れた模様をどうすればいいのか答えがでたようで、剣を抜きその中心に突き刺した。
「お、おい!」
中心に剣を突き刺さしたルイノルドにウィルは思わず声を上げる。
「まあ見てなって」
心配無用とばかりに突き刺した剣の柄を捻る。ゆっくりと力が伝わり途切れた根が回転する。そして切れていた根が外側の根と繋がると、がちりと音を立ててはまる。ルイノルドは剣を鞘に戻す。正解とばかりに中心の円がせり上がり、円柱型の台座となった。
「な?」
おそらく勝ち誇った顔をしているのだろう。そのままニーアを手招きする。ダーナスにプルルを預けるとニーアは台座に手をかざす。今までの経験からやるべきことは分かっていたようでそれに躊躇いはなかった。
「じゃ、いくよ」
軽い口調の後、ニーアはマナを注ぎ込んでいく。根に沿うようにマナの光が行き届いてく。それが末端まで満たされるとニーアの体が沈む。いやその紋章の床自体が降下していた。
「やべ! 皆、早く乗れ!」
感づいたウィルが皆を急かし沈みゆく床に乗る。ダーナスもまだ目を赤くしているティアもオルキスも乗る。ルイノルドは言うまでもなく既に乗っていた。
スポットライトのように日の光は差し込み、やがてそれも薄暗くなっていく。ノグニスに飲み込まれるような感覚に陥りながら、ウィル達は覚悟を決め直すのだった。