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蒼眼の反逆者 〜ウィル〜  作者: そにお
アストレムリにて
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15話 神託の儀

 人ごみをかきわけ前進することはかなわなかった。あまりにも多すぎる。奥で整列している兵士群と群集の距離は離れているものの予想以上に多い。後ろでは人数が定員に達したのかこれ以上増える気配はなかった。

 中空には大人の頭一個分くらいの球体がいくつか飛んでいた。また老夫婦に聞いてみるとあれは映像記録と配信装置とのことだった。入りきらない人のために、街や基幹都市やらに中継されているらしい。便利なことだ。と悠長なことは言ってられなかった。事を起こせば、ウィル達の姿は全世界にさらされることとなる。

 例えこの計画がうまく行ったとしても逃げられる可能性が非常に低くなる。ウィルとレインシエルは目深にフードをかぶることしかできなかった。

 ざわざわと人々が言葉を交わしあい雑音が耳を嫌にくすぐる。そんな喧騒も鐘の重く重く響く音でかき消された。ゆっくりと鐘は6回鳴ったとき、いっそう扉の紋章の光が増した。


「これよりエファンジュリア神託の儀を執り行う!!」


 扉の前に出て堅苦しく叫んだのは豪華な服飾に身を包んだ初老の男性だった。

 ひげをたくわえ、眼光はするどく見た目に反し鍛え抜かれた体で服が膨らんで見え、皺が老いではなく経験から刻まれたもののように感じた。それはまさしく、


「聖帝!!」


どこからともなく声が上がる。その声は増え、一つの塊へと変貌する。


「聖帝ディエバ・ユーフェル様!!」

 

 その光景は異常だった。全員が口々に世界の名を冠した聖王の名を称える。それが聖堂全体に響き渡りきるころ、聖帝ディエバは右肘から上をあげる。その数瞬で先ほどまで鼓膜が破れるほどの振動がなりやんだ。あまりの落差に耳が痛くなる。

 聖王ディエバは左手にもつ古びた本を次に掲げる。


「聖典の導きに基づき、ヴァイスエファンジュリア神託の儀を行う。」


 聖王の隣に控えていた白服の神官が前に進み、聖王は横の少し上ったところに席がありそちらに座った。そこには一人の筋肉隆々とした日焼けした男が控えていた。

 王たる人物が脇に収まるということは、あくまでエファンジュリアが主役であることが伺えた。神官はよく通る声で民衆に宣言した。


「エファンジュリア信託は前回、異郷のものにより、延期され世界のために祈り続けているエファンジュリアは大変心を痛めていた。そしてついにその力を受け継ぐにふさわしい者が現れたのだ! エファンジュリアの祈りの聖歌と共に皆の前にそのお姿を!!」


 神官の声は建物の形状の影響かよく響く。場内が少しざわめく、期待がもちろん大多数だが前半にあった異郷の者ということに対し怒りの形相を浮かべている人も少なくなかった。ウィルの前にいる老夫婦も含まれていた。

 ウィルは心臓がちくりとさされるような感覚がしたが、目の前におきることに集中する。

 紋章の光が扉へと流れる。こんな状況でなければ、その美しい状況に見とれていたいと心底思ったのだがそれは許されず、無意識に力が入る。そして扉がゆっくりと開かれる。


 歌が聞こえる。美しく自然と耳を傾けてしまう歌声。周りを見ると涙している者さえいる。

 レインシエルの目にも涙が浮かんでいた。ウィルが見ていることに気づくと、ごしごしとその潤んだ瞳を腕で拭く。


「ごめん、正直感動してた」

 

 レインシエルはきゅっと表情を固くする。


「感動ね……」

 

 感動という言葉は正しいのかもしれないが、ウィルにはどうしても素直に感動できるような歌声には聞こえなかった。


「泣いている……?」

 

 ふと口から出た言葉にレインシエルがきょとんとする。


「いや、なんでもないよ」


 慌てて取り繕い緊張感を取り戻す。光に満ち溢れた扉の奥から、光を背中に受け進んでくる。それが皆の前に姿を表した瞬間、歓声があがった。

 ウィルの耳にはそんな歓声など届かなかった。目の前の光景が現実であると容赦なく打ち付けられたのだ。


「ニーア……」


 間違いなくニーアそのものだった。純白のドレスに身を包んだその姿は、花嫁と錯覚するほど美しく思えた。


「落ち着いてね? 合図まで動いちゃだめだよ」


 しかしむなしくもレインシエルの言葉すら耳に届かない。

 聞こえるのは哀しげな歌だけ。それともう一つニーアの目に光が灯っていなかった。それを目の当たりにすると突如とした衝動がウィルを突き動かす。ごめん、と口に出したときにはすでに前方へと走っていた。


「ウィル!!」


 後ろから呼ぶレインシエルの声はウィルの背中には追い付かなかった。


「ニーア!!」


 民衆の塊を抜け出て力一杯叫んだ。全注目がフード姿の少年に向けられた。それは異物を見るかのような視線だった。


「ニーア!」


 もう一度呼び掛ける。ニーアは無表情のまま視線だけ向けていた。神官がはっとして声を上げる。


「っ! いかなる理由があろうと神聖な儀を妨げる者は反逆者と見なす! 兵よ!」


 一瞬遅れて兵士の列が剣を抜く。行けると思ったが、兵士の雰囲気が変わる。迷いなく殺意を向けてくる。ウィルはそれに動じることなくアーティファクトを掴み力を込める。抜き放たれようとするナイフから熱風が溢れる。その風はウィルのフードを捲り、顔が明らかとなった。


「蒼い瞳……?」


 兵士がその様子にたじろぐ。神官はにいたっては汗が吹き出ていた。


「蒼眼の……! ーー奴を殺せ! 災厄の蒼眼である!」


 兵士の一人が勇気かそれとも恐怖からかウィルへと踏み込む。切りかかろうとした刹那、先程より熱い、火傷するほどの熱風が前方へ放たれ、紅い閃光が兵士を真横に凪いだ。兵士はそのまま倒れる。無論、命を失ったからだ。重い甲冑が床へと倒れ、重低音が鳴り響く。


 兵士を切り裂きながら抜き放たれたその刀身はナイフの長さ、大きさを越え、紅い燃えるような光を放つ剣へと姿を変えていた。


「災厄の蒼眼……うわあああああ」


 ウィルの背後の民衆がその場から逃げようと下がる。

 だが出口は入口と同様なため、同時に脱出できる人数は限られ、後方へと極力下がることしか現状できなかった。それでもスペースはでき、兵士はウィルを取り囲む。


「通してもらう!」


 ウィルは倒れた兵士には一瞥もせず、眼前の敵へと踏み込んだ。


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