146話 伸びきる軟体
翌日、スルハ砂漠へと飛空挺に乗り込み出発が決定した。アストレムリ軍の目的がアーク・エアルスだけであるならば戦略上利用価値のないスルハ地方はもぬけの空だとふんだからだ。
ナルガ達が向かう可能性も有る以上、余裕をかましている暇はない。皆がさっそく準備のためにはけていくと最後にルイノルドとウィル、そしてニーアが残った。ウィルが立ち上がり出て行こうとするとルイノルドに引き留められる。
「ウィル、ちょっと話せるか?」
「ん? ああ、別にいいけど」
ウィルも拒否はしなかった。ウィルにも話したいことがないわけではない。改めて椅子に座り直す。ルイノルドは残るニーアに顔を向ける。
「わりい、ちょっと男同士の話なんだ。後で行くよ」
つまり出て行けと言われ、ニーアは不満げに頬を膨らませ口を尖らせるが、真剣な眼差しに諦めがつき、部屋を後にした。
「一晩中、文句言ってやるからね」
そう言い残し扉が小さくなった背中に蓋をした。
「明日、出発だっての」
勘弁とばかりに両手を振るが、嫌そうではない。ウィルは閉まった扉からルイノルドに視線を移動させる。
「で、なんだよ、ニーアを外したってことは親子の会話じゃねえんだろ」
それならばニーアを外す必要はないはずだった。それも二人で話すことに意味があるのだろうと考えていた。
「ま、そんなこった。あんま気張るなって」
ウィルの心構えとは反対にルイノルドは軽く。椅子を転がし背もたれを前にしてウィルの前に座った。
「もう良いぞ」
それはウィルへ向けた言葉ではなく、どこにいたのか生えるように姿を現したのはプルルだった。
「やっとかぷる……」
背伸びするように体全体を伸ばし、反動で小刻みに震えた。プルルがこの場にいることの理由が思い当たらず、ルイノルドとプルルを交互に見やる。二人の関係性も謎だった。どこから突っ込むべきか悩んでいると、ルイノルドが懐から棒状の筒を取り出し、カシュッ、と射出音と共に筒が延び、三本の足が開く。それを床に置く。
「ああ、一応な。認識阻害みたいなもんだ」
「確かにニーアならやりかねないな、そんな聞かれたくない話なのか?」
姿は見えないが大人しく引き下がる妹ではない。大方、扉に耳をひっつかせていることだろう。
筒の頂点が明滅する。どうやら起動しているようだ。
「ほんじゃ、本題だ。話は単純だ、お前の調子を確認したいだけだ」
もっと重要な話をするのかと身構えていたウィルだったが、予想外の言葉に椅子からずり落ちそうになった。プルルがいつの間にかウィルの頭にのっかり体温なのか暖かい。
「そんなの、ここまですることか? 調子は良いも悪いもねえけど」
「嘘つけ、違和感あるだろ」
ルイノルドに言われ、あまり気にしてはいなかったが肩を回したり拳を握ったり離したりしてみる。そう言われれば確かに力が入りきらないのかだるい感じが残っていた。
「言われればそうかなって程度だぜ?」
なんのことはないと息つく。
「フォルテの時に結構無茶したからな。その様子ならすぐ追いつきそうだな」
「なんなんだ? 意味わかんねえぞ。ちゃんと説明……し……ろ」
ウィルの視界が闇に閉ざされ首をかたげた。
「ウィル? おーい、起きねえな」
突然眠りに落ちたウィルを起こすことはなかった。その呼びかけもどちらかというと本当に寝たかどうかの確認のようだった。
「いいのぷ?」
ウィルの頭に乗ったプルルは不安そうな顔でルイノルドに確認した。
「ああ、インストールは完了してんだろ。結構詰め込んだからな」
それはプルルが飲み込んだ小箱のことだった。楔の情報以外にもあれには多量の情報が組み込まれていた。それを身を持って味わったプルルは顔の位置を下げ頷くとウィルから降りて背を伸ばす。それに反応するようにルイノルドが置いた認識阻害の装置の点る光が紫に変わり、光がプルルに注がれていく。プルルの背が縮むところか更に背を伸ばしていく。半透明だった体は不透明に変わり、下から黒い靴と膝上丈まで延びる靴下を履いた二本の足へと変わり、太ももの辺りでひらりとしたスカートが開き、華奢な上半身、こじんまりとした胸は黒服に包まれていた。それはルイノルドとメレネイア達と同じで外套がふわりと空気を包み、すらりとした体はついに顔を形作る、はずだった。
「て、顔で止まるな!!」
プルルがそのまま首の上に乗った所で成長が止まる。ルイノルドは怪物でも見るかのように椅子のまま後ずさった。
「こんなんじゃお嫁に行けない……このおおおおおお!!」
踏ん張ってどうにかなるのかと内心、ルイノルドは思ったが、そのおかげか止まっていた変化が再開し体が光に包まれる。やがて光が落ち着くとプルルだった少女が現れた。
結われた真っ白な後ろ髪の束が右肩に垂れ、前髪を右目が出るように整え、見た目十六、十七ほどの少女は満足げにルイノルドに振り向いた。髪ほどではないが瞳の色素も薄い。整った目鼻立ちと気持ち悪いほど満面の笑顔からして満足そうだった。腰を後ろに突きだし右手の人差し指と中指でV字を作り、肘を張って右目に挟むように添えた。
「じゃじゃーん。プルル改め可憐な美少女――――」
「お前、もう二十七だろ」
「…………」
ルイノルドの冷たい指摘にその体勢のまま少女は静止する。姿勢を戻し、おもむろにV字の指を閉じて下ろす。
「あっちにいたころのデータがないんだから仕方ないでしょ……いいじゃん。少しくらいさあ」
はあ、と長く悲しい息を吐く。
「俺が知ってる限りじゃ、そんな元気いっぱいキラーンってキャラでもなかっただろ」
「あ……つい心の声のままに――――ああああ!! 恥ずかし恥ずかし恥ずかしすぎるうううう」
顔を両手で多い床を転げ回る。どうやら相当の精神ダメージを受けたようだった。十往復ほどした後、ぴたりと止まり、何事もなかったようにほこりを払いながら立ち上がる。
「……初めまして、どうも」
氷のような表情でルイノルドに控えめに手を上げ挨拶する。
「なかったことにすんのかよ……」
「幸いにも目撃者はあなただけ……」
氷が解けないようにしていたが目だけは懇願するように潤んでいた。さすがに可哀想になったルイノルドはそれ以上、この件を口に出すのはやめた。
「ま、おかえり、シア」
「改めて、プルルもといシアセスカ、ついに二本足で大地に立つの巻」
耐えられなかったのか控えめにV字をやり直すシアセスカだった。