145話 規格外
結局の所、一ヶ月という期間はそのままで、変わったことはルイノルドの単独での陽動が変更となった。ルイノルドはウィル達と共にアストレムリへの潜入を行う。一ヶ月という間で可能な限り楔の解放を遂行する。アストレムリ聖帝国、帝都ルイネエンデでの電撃作戦には最悪、間に合わなくても良いという判断が下った。それはルイノルドの進言によるものだった。
「セラ達、アストレムリ側というのも正しくはないかも知れないが、奴らが大人しくしているとは思えない。道中で決着をつけられるならそれに越した事はない。あいつらの、いやナルガの目的はお前のようだからな」
ルイノルドはようやく壁から離れたウィルに目を向ける。表情は仮面に隠れておりその真意は伝わりにくい。だが、ユグドラウスの塔での一戦に心当たりがあった。不意を突かれた時、ウィルではなくレインシエルへとその刃が向けられ、その結果、フォルテの顕現となったことを思い出す。
血の光景もウィルにとっては昨日のことのように鮮明で、思わずレインシエルを見てしまう。視線に気づいたレインシエルは気恥ずかしようではにかんで見せた。ウィルは思わず視線を逸らす。その視線のやりとりを仮面の瞳が眺めていたが、その表情は読めない。
「ま、まあ確かに、あいつは俺の、フォルテの力をわざと引き出そうとしていた。戻したけど現に一本だが奪われたからな……」
剣翼の蒼剣の一本が奪われたこと、取り返しはでき、元には戻ったものの、その時の会話を思い出す。あれは元々。
「あれは元々、フォルテの力だ。半分はナルガが持っていた、なんでなんだ?」
そう、フォルテは我の力だと言っていた。それが何故、ナルガに半分渡っていたのか、そして、何故、顔が同じなのか、どうしても関係がないとは思えなかった。
「そもそも、なんで俺の中に楔が、フォルテ・リベリアが入ってたんだ? 親父、なんか知ってんだろ?」
その疑問に行き着くのは自然なことだった。自分の身に得体の知れないことが起きているのではと体が震える。答えはルイノルドに求められ、子犬のように助けを求める視線がルイノルドに向けられる。
「それはそうだな……お前がこっちに来たときにフォルテの器になったんだろう。理由はまだ分からん……だからこそナルガとの衝突は不可避だ。奴は知っているんだろう」
「十年居てそれだけかよ……」
ウィルは明らかに意気消沈した。自らに起きた異変が解決しないばかりか、どこかその話題をさけるようなルイノルドに不信感を持った。それを察したのかルイノルドは言葉を続ける。
「勘違いするなよ。ナルガが知っていると言っただろう。ようはその不安を取り除くには行くしかねえってことだよ。話し合いで終わるか――――」
「話し合いで終わる? レイを殺そうとしたあいつの理由を聞いたところで殺すことは決定してる」
空気が一変し凍り付く。怒鳴るでも叫ぶでもなく冷淡な口調で殺意を露わにするウィルに間が開いた。レインシエルは頭を下げ、顔を見せないようにしていた。どんな表情をしているか自分でも分からなかったからだ。怖いのか不安なのか、それとも嬉しいのか。その表情は誰にも見せられなかった。
「それは任せる。わりい、続けてくれ」
ルイノルドは悪びれた風で頭をかきアルフレドへ続きを促した。遅れて自分の発言の狂気を実感したウィルは髪をかき乱し頭を抱えた。自分が自分でないような感覚、いや、最初の頃から短期間に変わり続けた心の有りように恐ろしくなった。殺さなければならない自覚はある。だが、それは守るためだ。そう改めて決めたはずの昨日から、殺すことが目的に早くも移り変わっていた。必死で違うと頭の中の自分に言い聞かせながら、結局、ナルガから仲間を守るためと無理矢理に納得させ顔を上げた。
どれくらい悩んでいたのだろうか、淡々と進んでいく話にウィルはついていけず、後でまとめを聞くことに決めた。隣でニーアがずっと手を握ってくれていたことが救いだった。
話はウィル達の次の目的地の設定だった。つまり、楔の居場所である。そこでルイノルドは懐から見覚えのある小箱を取り出す。細かい模様こそ違うが、クロム遺跡でプルルがくすねてきたものと同じものであるのは明白だった。
「プルルだっけ? ほらよ」
ルイノルドは一員とばかりに椅子、の背に乗っていたプルルに小箱を投げる。
「ふえ? ぷるおっ!?」
話についていけず寝ていたプルルはいきなり呼びかけられ目を覚ますと、欠伸で開けた口に小箱が飲み込まれる。半透明な体に小箱の影は映らず、体を伸ばして小刻みに震える。
「いきなりやめてくれぷる……」
「いや、寝てんじゃねえよ」
反論できないプルルはぐぬぬと唸るが、オルキスが背中? をさすってくれたことですぐに気を良くした。
「仕方ないぷ、インストールするぷ」
咀嚼でもしているように左右に頬を膨らませる光景は異様だった。プルルはもうなんでもありなんだろうと他の面々は突っ込むことさえしなくなっていた。
咀嚼を終え、頬を目一杯膨らませ、ぽん、と空中へ吐き出した。
「「うわあ……」」
一同の引き気味な声にもプルルは気にしない。空中で止まった小箱が輝きながら光の球体へと形を変え、一気に膨張した。なんとなく仰け反る一同に、プルルは憤慨する。
「ぷるる! ばっちくないぷ!! だいたい好きでやってるわけじゃないぷる!!」
苦笑いを浮かべる一同、オルキスがよしよしと背中? をさすると気分が良くなり憤慨も消え去った。
膨張した光は縮小し、映すべきところがなかったのか球体から形を変え一枚絵のように広がった。それはテイントリア大陸の全体地図でクロム遺跡にはなかった大陸北西部アストレムリ方面の描写がされていた。
黒くなっている点は五つ、位置的にはミリアン北東部のユグドラウスとイストエイジア東のリヴァイアスを指しており残る2つは大陸西と北、どちらも広大なアストレムリ領土内だった。そして、もう一つはイストエイジア、正に今いる場所のようだった。
「黒点は既に解放された点を示したぷ。ここはフォルテのことだと思うぷ」
机に上り腕を伸ばしてプルルは解説する。ウィルはフォルテを指す点を眺めて胸に手を置く。
「楔の位置は俺のままなのか」
「うん、聞いてみたら同調おかげでそう設定されたままみたい。フォルテの力はウィル兄に繋がってしね」
今、フォルテに聞いたようにニーアは伝える。ウィルはなんとなく悪い気はしなかった。相棒が常に一緒にいるような感覚で胸が熱くなった。
「でもよ、あの黒竜、ディアヴァロの点はどこなんだ? もう一つ黒くなっててもいいだろ」
ジェイルはヘクトリーセの突き刺す視線に耐えながら、呆けていたわけではないと証明するように黒点を数えた。
「ディアヴァロは決まった場所がないからだって」
ディアヴァロからの返答をニーアが伝える。到底納得できる回答ではなかったのだが、一仕事終えたとばかりにジェイルは追求することはなかった。
「確かに、普通にいましたからね」
登場に居合わせていたティアは懐かしげに思い出す。
「この白点は?」
発言できていなかったダーナスはこの時を逃すものかと身を乗り出す。ティアは過去にふけったせいで、一歩遅れたと歯を食いしばり、レインシエルは苦笑いだった。
「まだ解放していない楔ぷお。それにしてもどこで完全なデータを入手したぷ?」
くるりと体をひねりこれを持ってきたルイノルドを見つめる。
「決まってんだろ。エヴィヒカイトだよ」
「ああ、エヴィヒカイトで、納得納得ぷ……て、まじぷ?」
さも当然のように言い放つルイノルドにプルルは謎の分泌液を垂らし、もう一度確認する。
「まじぷ。ってやらすなよ、恥ずかしい」
「勝手にやったくせにぷる……」
プルルは意気消沈し体が半分ほど沈み込んだあと、また元の形に戻る。一同もまたミュトス、敵の本拠地ともいえるエヴィヒカイトからの情報を軽く言うルイノルドに驚愕していた。
「言ってなかったか? あの時フォルテと飛ばされたのはアストレムリ領だったんだよ。エヴィヒカイトも結構近くてな。そうなったら行くしかないだろ?」
きっと仮面の下は笑っているのだろう、小馬鹿にいた言い方がそう想像できる。ニーアが素早く仮面に手を伸ばすと仰け反ってかわした。ちっと舌打ちがニーアから聞こえた。
「ま、残念ながら取れた情報はそれくらいだ。ガーライルと鬼ごっこする羽目になったからな。おちょくってやったら顔真っ赤にしてな、まじで鬼だったぜ。思い出したら笑える」
過呼吸にでもなったのかと思うほどルイノルドは一人で腹を抱えて笑っていた。度胸が据わっているのかただのアホなのか一同だけでなく、血の繋がった兄妹もあきれ果てた。
再度、仮面に手を伸ばすニーアだったが、華麗に避けられ二度目の舌打ちの後、落ち着きを取り戻したルイノルドが打って変わって物静かに白を数える。
「ふむ、後六つか。なら、まずはここだな」
ルイノルドは一つの白点を指さす。そこは先日の戦争の地、スルハ砂漠だった。