144話 集結
翌日、見るからにニーアは不機嫌だった。朝食のため宿の食堂に合流するなり、ウィルを睨みつけていた。
「なんだよ、朝っぱらから」
朝食のパンとスープを持って正面に座り、合掌してから口を満たしていく。
「別に、我が兄ながら軽蔑しているだけ」
ニーアの両隣にはダーナスとオルキスが肩を並べており、言葉にはださないものの表情だけでニーアと同じ気持ちなのは槍に刺されるような目線で分かった。
居心地が悪くなり席を移動しようとしたが他の離れた席は既に埋まっており肩身が狭い中、眼を合わせないように食事を続ける。
「おっはよー」
隣に食器が置かれウィルは顔を上げると、レインシエルが欠伸をかみ殺しながら席についた。
「ウィル、もっと食べないとだめだよ。ほら」
肉の腸詰めをぽんぽんとウィルの皿に載せていく。なんとなく食欲がなかったのだが、レインシエル以外の無言の圧力で、それも口に運んでいく。
「どしたの、皆。朝から怖いよ」
レインシエルが周囲の様子に感づきながら、食事を始める。
「なんで、そんな清々しいの? やっぱりなんか隠してない?」
女の勘かニーアがむしろ元気な様子のレインシエルにフォークを向ける。ぴくりとダーナスとオルキスの動きが止まり耳が音を拾おうとしていた。
「うっ――――」
レインシエルは思わぬ投げかけに喉にパンが詰まり、水を一気に流し込む。ふうと一息ついた。
「な、なんにもないって!」
「本当に?」
疑う目をやめないニーアにウィルは一旦、胃に飯を流し込む。
「ああ、昨日、寝ちまってごめんな。次は起きてるからさ」
ウィルの発言にニーアは辻褄があったようで、長い長いため息の後、食事を再開した。食器がフォークでつつかれる音が心なしか大きく、ウィルは食欲が失せはじめ無理矢理流し込む。
両隣のダーナスとオルキスも息は吐くもののほっとしているような感じも否めず、妙な空気の食い違いがあった。
「いいよー。私こそごめんごめん」
気にしてないとばかりにレインシエルは手を止めない。それからは他愛のない話で落ち着いた。
城内の会議室にはアルフレドとルイノルドが向かい合っていた。暫くすればウィル達が合流し今後の予定を決定することになっていた。先だって早めに集まった二人は先に話をまとめていた。
「まったく、俺を悪者にしたてやがってよ」
「うまくまとまったじゃありませんか」
両手を上げ大したことではないとアルフレドはにやつく。
「あのなあ……まあ終わったことをどうこう言わねえよ……。で、オルティとキャスが帰ってきたってんなら当然、技術部に組み込んでんだろ?」
ルイノルドは両手をおろし、細い目をさらに細める。
「さすがに想定済みでしたか。その通りですよ」
ルイノルドは悪態をついて椅子に座り、机を指で軽く数度叩く。
「そりゃそうだろ、お前があいつらをのほほんとさせてるわけねえし、あいつらもそうだろうからな。俺の見立てじゃ蒼穹の修繕は一ヶ月どころか二週間で完了するだろ。あいつらが設計に関わってんだから、錬成もすぐに終わる。そんで、改良ともう一つ、あるんだろ?」
見上げるルイノルドにアルフレドは観念したように向かいの席へと座る。そして周りを伺うようにしたあと口を開いた。
「ご名答です。電撃作戦用にもう一隻、準備しています。これが、後一ヶ月というところです」
「やっぱりな。で、密偵まで入りこんでるのか」
ルイノルドは周りを探るような素振りをしたアルフレドの様子からその可能性に行き着いた。アルフレドは無言で頷き、肯定した。
「まだ内部の裏切りか密偵かは分かりませんが、各地での戦闘状況をみるに情報が抜かれていると考えています」
「あれを使ってるにしては規模が大きすぎるか」
「あれとは?」
「ん、ああ、アストレムリの技術がこっちを上回っているじゃねえかって話」
「アーク・エアルスでしたか……話は聞きましたがやはり信じられませんね。前時代エアルスの兵器とは……おかげで戦術を見直す羽目になりましたよ」
言葉とは裏腹にアルフレドの表情は余裕そうだった。前線に出てきていない現状のため、時間的な猶予があったおかげだ。
「本当は酒でも飲みながら昔話に花咲かせたいところですが、そうもいかないようで」
「……そうだな、おっ来たみたいだな」
アルフレドの提案にルイノルドは間を置いて頷く。それでもそんな時間がまったく作れないわけではないのだが言葉を濁した。
「では、こじれそうになったら最後はうまくまとめてくださいね」
「へいへい」
ルイノルドは心底めんどくさそうに頬杖をつき扉を見やった。
「って居たのか」
入ってきたのはウィルで二人の顔を見るやいなやすぐに一番遠い席に座った。
「なんで、そんなに離れるのか分かりませんが、久しぶりですね、ウィルさん」
アルフレドは立ち上がりウィルに向かう。ウィルは椅子を下げて背中を壁につける。心外そうに残念そうにしてアルフレドは足を止めた。
「戻ってきたなりに耳元に来られたらトラウマもんだからな」
いつもの如くいきなり背後に現れようものなら、ようやく戻った自分が飛んでいくような不安があった。万が一にもないとは分かってはいたが、鮮明に甦る恐怖への抵抗の現れだった。
視界に捉え続けるアルフレドが諦めて席についた時に、他の仲間も入ってきた。メレネイアはその遠い距離感に繭をひそませる。
「何故、そんな離れているんですか」
当然の質問だった。むしろ戻ったばかりのウィルに問題があるのかと心配そうにする。
「いや、念のために」
「はあ……? ああ」
ウィルの真剣な様子とその先にいるアルフレドに納得し、メレネイアも席についた。そして、横にいたルイノルドも背もたれを壁につけていることに気づく。
「あなたは大丈夫でしょうに」
「いや、念のためだ」
メレネイアは訝しげにするが、親子に通ずるものがあるのだと呆れと共に納得し皆の着席を待った。
暫くして最後にジェイルが正面に立ち、視線を集めた。さすがに寝ていないのか目は虚ろだったが、両手で頬を叩き気合いを入れる。
「よしっ! 我らがウィルが戻ってなによりだ。元気か?」
真向かいの壁に張り付いたままのウィルを気にせずジェイルは声をかける。
「あ、ああ。そのなんだ、迷惑かけました」
ウィルは立ち上がり改めて頭を下げた。一応の区切りとなり、ジェイルは微笑むと本題へと移った。
「それじゃ次の予定だが、アル! 後は任せた」
あの気合いはなんだったのか、早々にアルフレドと交代し自らは偉そうに椅子にもたれかかる。実際偉いのだが、この仲間内の中ではそんな一般的な評価はなく、やれやれとそれを咎めることなく見送った。
「知りませんよ。イリアに知られても」
代わり際にアルフレドは、ジェイルの天敵の名を引き合いに出す。一瞬焦ったジェイルだったが、思い出したようにまた顔が緩んだ。
「あーあいつは今、ヴェローナに出張中だからいねえんだったわ」
イリアは現在、ヴェローナへと出張し防衛に関しての陣頭指揮に当たっている。アストレムリ側への防御壁の構築のため暫く帰ってこないのだった。
「よく分かりました。代わりに私が同席しましょう」
新たなに聞こえた女性の声に、ジェイルは硬直し滝のように汗を流し始める。背後から突き刺さるような殺気に確かめたくないという本能と安心したいという想いで首筋が切れそうになりながらも振り向いた。そこには満面の笑みを浮かべた王妃ヘクトリーセが立っていた。
「邪魔しました。では、続きを」
笑みを崩さずにジェイルの隣へとヘクトリーセは腰を下ろす。その瞬間、ジェイルは背筋を延ばし顔を引き締め、アルフレドにむき直す。
「アルフレドよ、続けたまえ」
アルフレドは失笑した後、仕切り直しとばかりに咳払いを一つして、姿勢を正した。
「では、ルイとの話は先ほどつきましたので修正案として提案します」