141話 無謀な勇気
スルハ砂漠地帯での戦いは目的は果たしたものの戦争という面ではイストエイジア、リーベメタリカ側の敗北で終わった。現状、最強と謳われた旗艦である蒼穹は修繕を余儀なくされ、戦力の一角を失ったリーベメタリカ側に休息なぞ許さず、アストレムリ軍の新型巨大飛行戦艦、呼称【アーク・エアルス】こそ戦線に参加しなかったが、今までの報復とばかりに戦線を押し上げ占領地の色を塗り返す。
アストレムリとそうではないリーベメタリカ、ユーフェル大陸地図は赤と青で二分され、息を吹き返したようなアストレムリ軍の進軍に帝国民は沸き上がった。評判を落としていた新聖帝グレイの評価は上向きに反発し戦意で人々を満たしていった。
それでも、解放領土をいくつか失うだけでリーベメタリカ側が善戦を続けられたのは、アーク・エアルスが出てこないこと、スルハで放たれたアークレイと判明したマナによるレーザー兵器が放たれないことにあった。それはルイノルドによる一部機関の損壊によるものであるとはリーベメタリカ側も認知しており、いつ修理が終わり閃光が軍をなぎ払うかでリーベメタリカ内は対応策を急ぎ練らざるを得なかった。
蒼穹を出せない戦況は地の軍力の違いを明確にし、今までの好戦具合が蒼穹とアストレムリ側の策略であることも如実に示していた。
何度ともなく同じ議題で答えのでない会議を重ねていたリーベメタリカにようやくミリアンに出向いていたルイノルドの帰還によって一応の方向性を見いだした。
「電撃作戦?」
イストエイジアで待機せざるを得なかったニーア達は珍しく真顔で伝えたアルフレドに聞き返した。
「そうです。敵の新型アーク・エアルスの潜在的脅威がこちらの手が封殺されているのも同義です。蒼穹もまだ復帰には時間がかかります。幸いにも敵側も同じ状況というのが、諜報部の情報ですが希望的観測を含めても一ヶ月と見ています」
「それって短い? 長い?」
ニーアは難しい表情のアルフレドに問いかける。アルフレドは視線を落とし長いため息を吐く。
「正直、短いです。これには蒼穹の復旧までの時間でもあります。復旧後、アストレムリへの電撃作戦を実行します。アストレムリ勢力範囲に潜入し、楔、竜の解放をお願いします。その後、王都ルイネエンデにて本軍と合流し共闘、アーク・エアルスに潜入できればこれの破壊、間に合わなければそのまま王城の制圧へ移行してください」
淡々と告げるアルフレドに一同言葉が出てこずそのハードルを見定めかねていた。
「ルイノルド、いや、ルイ、決定事項か?」
アルフレドの向かいで壁にもたれ掛かっていた仮面の男、ルイノルドが口を開いた。
「できれば……ウィルさんの意志に反することが続いて、顔向けもできませんが、ニーアさんの力をお借りせざるを得ません」
アルフレドも必要でなければニーアの力を頼らないと方法を考えたかったが、それも叶わない様子で、両目の隈をみる限り相当悩んだ結果であることは伝わっていた。
「それは別にいいって。私は私の意志でそれに乗るから」
ニーアは横目にウィル、ではなくフォルテを見るとアルフレドの作戦に同意する。一同は難しい顔をしていたが、余りにもあっさりと覚悟を決めたニーアに追随を決める。それは流されているわけではなく確固たる各々の決意の上だった。それほどまでに仲間の絆が高く、暫くみない内に強固になった絆にアルフレドは感心する。
「では――――」
「却下だ」
お願いしますと頭を下げかけたアルフレドが止まり、その声の主、ルイノルドへと注目する。
「はあ……お父さんも危険だっていうの?」
かつて同じ部屋でウィルがニーアの参戦に激高したことをニーアは思いだし自分の親ながら呆れてしまう。
そもそも仮面を頑なに取らない意味も不明で、ことあるごとに外してやろうと試みたが都度交わされてしまい、すっきりできないもやもやがニーアを苛立たせていた。
その一触即発の雰囲気にオルキスはわたわたとし始め、ダーナスやティアに助け船を求めるが二人ともそのつもりはなく呆れた様子で静観していた。
「危険どころか無理だ。ルイネエンデに乗り込んだ日にゃ、ユーフェリアン・ガードにぶっ殺されるか、生きて帰れるかも怪しい」
簡単に死を宣言するルイノルドにニーアは反発するかと思いきや立ち上がりかけるだけで再び腰を下ろした。
「ほらな……わかってんだろ。無茶だってな。あのサーヴェとかいう騎士並の奴が四人だ。そもそもルイネエンデに留まっていることすら怪しい、電撃作戦とか考えてることすら看破されていて、アストレムリに入るルート上に待ちかまえられてってのがオチだ。らしくねえぞアル」
ルイノルドは頭を上げたアルフレドに矛先を向けた。
「……では代案を」
アルフレドは表情を一切変えず、細い眼差しをルイノルドに向ける。その様子に何か感じるものがあったのかルイノルドは後頭部をかく。表情は伺えないがアルフレドの意図を感じ取った。
「鬼畜かよ……。あーまああれだ。俺とフォルテで暴れてやる。そうすりゃお前達の潜入の目くらましくらいにはなるだろ」
初めの言葉は小声で誰にも聞かれることはなく、それを誤魔化しながら単独で動くことを進言する。それにはニーアも黙っていなかった。
「それっておかしいでしょ。なんでわざわざ死にに行くようなこと言うわけ? 私には無茶だって言っておいてお父さん達はいいって意味不明なんだけど! そんなに強いわけ!?」
ニーアは語気を荒げルイノルドに近づき怒りに燃えた瞳で見上げる。たがルイノルドはそれにたじろぐわけでもなく澄んだ瞳で彼女を見下ろした。
「ああ、強いね。少なくともお前等が一斉にかかってきたとしても勝てる。フォルテは抜きな」
あっけらかんと言い放つルイノルドにニーアは言葉に詰まる。目の前の人間の過大にも思える自信に複雑な感情が錯綜する。そして形容できない感情は握り拳となってルイノルドの仮面を捉える。思った以上に堅い仮面は衝撃と共に痛みをニーアの右手に返した。ルイノルドは多少首をもたげ仮面のずれを戻した。
「な、なによ。それ……わけわかんない。ウィル兄は別人になって、やっと会えたと思った父親はまた私の前から消えるつもりなの!? そもそも、その仮面いい加減に外しなさいよ!! 本当に――――」
「ニーア」
フォルテが遮るように声をかける。きっと視線をフォルテに向けると怒りはフォルテにも向いた。
「その顔で、その口で名前を呼ばないで! いつまで経っても説明しないあなたを信用なんてできるわけない! ……ウィル兄は、ウィル兄はいつ戻るのよ!」
フォルテはそれ以上なにも言えなかった。ただ悲しそうな目をするだけで言葉をひねることもなかった。ただただニーアに贈られた腕輪がすれて軽くきしんだ音を奏でていた。
「……ウィルは戻す。というか既に戻せんだよ」
赤く張らした拳がふるえた。ニーアにはルイノルドが言っている意味がわからなかった。ルイノルドはフォルテに頷く。
「良いのか?」
フォルテは若干迷った様子でルイノルドの真意を確かめる。
「ああ……しゃあねえだろ。お姫様が仰るんだ。計画に支障はないさ」
二人だけが分かるやりとりで互いに頷く。
「ちょっと……戻せるってどういうこと?」
「なんだよ、戻ってほしくないのか?」
そうではない。ただ状況に追いついていないだけだった。戻せるということは分かったがなんで戻していないのかが分からなかった。再開を果たした時もそんな素振りなどなく、むしろまだ戻らないというフォルテからの謝罪も今では疑問に変わる。
「ま、ちょっと手間取ったけど、この話が終わったらそうするつもりだったんだよ。最後の仕上げはニーアにやってもらう必要があったからな」
「私が……?」
既に牙が抜け落ち、先ほどの怒りが有耶無耶となり、困惑とウィルへの希望で上塗りされていく。そして、いままで、一切、口出ししなかった内なる存在、ディアヴァロがそれを肯定する。それの意味が分かり近くの椅子にへたり込んだ。
「そうだ。フォルテは楔なんだよ。後は――――」
「解放……」
ニーアは素直に喜べなかった。無論、ウィルが戻るのは喜ばしいことだとは思っているが、彼の体は、彼自身に何が起こっているのか。拭えない不安が心の奥底から湧いてきていた。