139話 アーク・エアルス
フォルテ達の行く手を阻むように瓦礫は崩壊していく。ようやく外の明かりが見え、フォルテは抱えた腕により力を込めて走り抜ける。
光が体を照らすのと同時に砂が口に舞い込んでくる。酸素と共に流れ込んだ砂にせき込んだ。その振動がニーアに届いたのかうっすらと瞼を上げた。
「……ウィル兄」
求めるようなか細い声にフォルテはニーアを心配そうにのぞき込む。心配とは別にフォルテは困ったように眉を下げる。
「……下ろして」
それが兄そのものではないと気づき、頬に伸ばしかけた手でそのままフォルテの頬をつねる。痛いとも表情を浮かべず、ゆっくりとフォルテはニーアを砂地に下ろす。
「すまない」
自分が望んだ人間でないこと、その証に赤くなった頬をようやくさする。
「今、謝らないでよ。まだ聞きたいことあるんだから――――つっ……」
眠りから冷めた痛みが脇腹をつんざく。痛みに顔を歪ませるとヨネアが飛んできて治療を施す。あっという間に傷口が塞がりしかめた顔から汗が引いた。
「毒の類はないみたいですね」
「そうか……良かった」
ヨネアがミディを片づけ一息つくとフォルテはつられて息つく。
「ほんっと心配性なのはウィル兄と一緒ね」
ニーアはまじまじとフォルテの頭から足まで眺めていた。甲冑は砕け服装は以前のウィルそのものだった。
「それは、宿主の影響だろうな。記憶も感情も共有していた我にとっては彼との旅は有意義だった。妹を想う気持ちが我に移るほどに」
ぶら下がり飾りとなった甲冑を外し置くと砂に沈んだ。フォルテは繋がった腕を回しながら状態を確認する。
「堂々と恥ずかしいこと言うな」
ニーアは頬を赤らめ、軽くフォルテの左肩を小突く。
「一応、繋がったばかりなんだが……」
さすがに痛みはあったのかフォルテは眉間にしわを寄せる。その訴えを気にせずニーアは顔を背け、崩れていく城に目をやる。
「って……お父さんは?」
その声に脱出した一同は城へ視線を向けた。地鳴りは続き、城はぼろぼろと崩壊していく様の中、一人だけまだ姿が見えなかった。嫌な予感が過ぎるが、奥から人影が現れ、安堵した。だがそれも一時的だった。
『だあああっっしゅう!!』
かけ声かも意味のある言葉なのかも判別のつかない間抜けそうな複数の声が聞こえた瞬間に、その人影が望んでいた人物ではないとわかり、迎えに行きかけた足が止まる。
息も絶え絶えに転がり込んだ三人は砂にまみれ高く上がった空を仰ぎ見ていた。
「なんとか、助かったな……」
「なんとか、走ったぞ……」
「なんとか、なんだっけ……」
達成感に打ちひしがれる三人に影が落ちる。見下ろす顔に達成感から絶望感へと表情は様変わりした。
「お前らバカンス三人組じゃん」
ジェイルは自らを運んでいた三人だと気づき、震え上がる三人に手甲を消し、水を飲ませた。最初は戸惑っていた彼らだったが喉の乾きには耐えられず、一口から顔を上げて喉を鳴らした。
「ぷはあ! 生き返った……」
互いに戦う様子がないと分かると三人は正座して感謝すべく頭を下げた。
「誰が全部飲めっつったよ……」
殻になった金属製のボトルを逆さに降り、一滴も落ちてこないことにジェイルは呆れた。
「それで、もう一人仮面かぶった男がいたはずだけど? あとプルルもか」
太陽光の眩しさに目を細めニーアは腕を組んで三人を見下ろした。
「お、鬼!?」
「イストエイジアは鬼まで仲間に……しかしプルルとは甘美な響き」
「いやなに、潤った喉だけで悔いはない……」
「……質問に、答えろ」
本当に鬼の形相を浮かべると三人は震え上がり互いに身を寄せ合う。
「ひい!! 仮面の人は俺たちを助けてくれたんだ!」
「そう!! わい達に降りかかった瓦礫をぶっ飛ばして、しかしプルルとは」
「うい!! おいら達が逃げた後についてこなかったのかもしれんよ!」
「じゃあ、まだ中に……」
顔を上げもう一度、城に視線を移す。光の角度が変わり映し出されたニーアの心配そう表情に三人は胸を打たれ見ほれていた。
「鬼ではなく天使か」
「イストエイジアは天使をも」
「いや、エファンジュリアかもしれんよ」
『それはそうだ』
勝手に三人が納得したところで、再び、大きな地揺れが起き、限界を迎えた城は一気に崩れ落ちる。
「嘘……お父さん!!」
まだ姿の見えない父親に耐えきれず城に走り出そうとするニーアをフォルテは抑える。
「だめだ!」
それはニーアにも分かっていた。しかし、諦めることなどできるはずがなかった。
「ディアヴァロ!!」
身に宿る黒竜を顕現させようとニーアは涙混じりに叫ぶ。だが、その黒も、宙に紋章が浮かぶことは一向になく崩壊は収束した。
「マナが薄すぎるって、どういうことよ! それなら私のマナ全部持って行きなさい!」
その申し出は却下されたようでニーアの足の力が抜けた。フォルテは体重を支え瓦礫の山となった先を眺めていた。
「確かに……マナが急激に消失して、いや、収束している?」
ヨネアは風のように流れていくマナが崩壊した城に向かっていくことに気づいた。
「今できることはねえ、ルイのことだ、どうせまたひょっこり姿現すだろ。一旦、離れるぞ、上空の戦況もいこっちに軍配あがったようだ」
うなだれるニーアをフォルテは抱えその場を後にする。三人の敵兵士達も互いに目を合わせ頷くとその後に続いた。
上空で続いていた戦闘は今では静かなもので、よくよく砂山から周りを伺えば撃沈された数隻の戦艦が煙を上げていた。ジェイルは懐から端末を取り出し、蒼穹側と交信しているようでパネルを叩いていた。それに反応したのか小型船が蒼穹から飛び出しこちらに向かってきていた。
「よし、船に戻るぞお前ら」
ジェイルが端末を懐に戻し皆に振り返ったその時だった。フォルテに抱えられたニーアが顔を上げた。
「マナが変質してる……! ジェイル! 船を引かせて!!」
「――――分かった!!」
ニーアの真に迫る物言いに疑問も投げ捨て再び端末を操作する。すると、小型船は速度を上げ高度を下げその空域を離れる。蒼穹の動きも早く、防御術式を展開し始めた。
「完全防衛を命じたがどうしたってんだ」
説明を求めようとジェイルはニーアに駆け寄る。その瞬間、瓦礫の中から広がった光で皆の視界が白く染まった。
「うっ!」
一瞬満たされた白い光に腕で影を作る。その光は直ぐに収まっていたが、直後、瓦礫から空に突き抜けるように巨大な閃光が蒼穹に向け迸った。
大気を震わせ、切り裂き直進する光は蒼穹を捉えた。防御術式のおかげか直撃の前に展開した防壁にせき止められた。だがそれも一瞬で脆くも崩れ去り多少そらすことができた程で、閃光は蒼穹の右舷を削り取った。
「全員、捕まれ!」
音もなく突き抜けた光、その後に消失した船体の一部が思い出した用に衝撃と爆発を起こした。船員はコンラッドの指示通り各々、近場の手すりに捕まったが、耐えられず体を打ち付ける者がほとんどでコンラッドも頭をぶつけ、どろりとした液体が額に流れた。
異常を知らせるブザー音がけたたましくなり意識を失いかけたコンラッドはなんとか視界を閉じずに立ち上がる。
「……損害状況を報告しろ!」
椅子から転げ落ちた船員がよろよろとパネルを支えに立ち上がり、モニターに船体図を表示させる。右舷は真っ赤に染まっており、被害の大きさを物語っていた。
「右舷……機能停止! 右舷推進部機能停止、左舷側はまだ生きてます!」
「防御術式機構、完全に停止しています!」
「復旧は!?」
「不可能です! 許容レベルを超え融解しています!」
報告の中に良いものなど一つもなく、コンラッドは朦朧とする意識の中でも思考を巡らせ、最善策を構築
する。
「飛行は可能か」
「左舷側出力を最大にすれば通常飛行には問題ありません! 損傷部分の隔離も完了しました!」
「全部隊に通達! 閃光射出部分に攻撃を集中しろ! 我らは後方に下がる! 陛下達の回収後、撤退する!」
「全部隊に通達――――」
船員が命令を繰り返す。その間にも息を吹き返したように残ったアストレムリ軍が一斉攻撃を開始した。
「アストレムリ軍が攻撃を再開しました!」
「まさか……予定通りとでも言うのか」
示し合わせたような攻撃の波にコンラッドは自らを恥じた。まんまと誘い出されていた、敵の策略にはまってしまったことに拳を握りしめる。
「城の崩壊部分から熱源反応! これは……浮上してきます!」
瓦礫部分への攻撃は爆発すら起こさず、瓦礫と共に消失していた。そして、光の繭が地上にせり上がってきた。
地上のジェイル達はその光景に言葉を失った。あっけなく蒼穹を打ち抜いた光、そしてそれを放った光の繭が姿を現した。
「なんだよ……それは」
ジェイルは思考が追いつかずただ呆然とそれを見上げていく。光に包まれたそれは砲撃をものともせずあらゆる攻撃は光に波紋をつくるだけだった。やがて半透明に光を抑えるとそれの全容が明らかになる。
「船なのかあれは……でかすぎる……」
ダーナスは蒼穹をも凌駕する巨大さに目を見張った。まるで城そのものが浮かんでいるような印象を受ける。形だけは船とも言えるが、それも断定できないほど巨大で地上には夜が来たように闇が落ちていた。
「アーク・エアルス……」
ニーアは無意識にそれの名前を呟く。それはディアヴァロが呟いた言葉だった。いつかの時代を戴いた名はニーアの記憶から知識を沸き上がらせる。あの夢の船の名と、その光は似ていた。それもより強大だった。
光がうねり前面に収束していく。巨大船の前面にある剣先を合わせるように動き始めた六本の巨大な剣を模したその頂点に集まっていく。
「あんなもん二発も受けれるわけねえ!」
その光の収束は一撃目と同じ主砲ということは想像は容易だった。未だ防御術式を張る様子がない蒼穹にジェイルは戦慄する。そして六本の剣が剣先を合わせる。
「避けろおおおお!」
ジェイルは叫ぶが、それが叶わないことは分かっていた。それでもその願望を叫ばずには居られなかった。
剣先が花開くと同時に金属がひしゃげるような轟音が響く、それと共にうち放たれるはずの閃光は指向性を失い拡散した。
「不発……?」
光が蒼穹に届くことはなく辺りをまぶしく照らすだけだった。六本のうち一本が火花を放ちひん曲がっていた。先ほどの金属の轟音はそれだった。それと共に小さな影が船から飛び出した。みるみるうちにジェイル達の元に迫り来る影が人間だということに気づく。
「メル!!」
迫り来る影から声が聞こえ、メレネイアはすぐに力場を出現させ、その塊を勢いを殺しながら受け止めた。砂山に衝突し砂が舞い上がる。
「かー、砂が口に……!」
「死ぬかと思ったぷ……」
聞こえてきた覚えのある声にニーアはフォルテから無理矢理降りて、足を砂に取られながらもその人物に飛びついた。
蒼い紋様が施された外套が翻る。
「ぷぎゅうううう!?」
押しつぶされた軟体生物の叫びを無視してニーアは力強く抱きしめた。
「やべっ」
砂が舞い落ちきる前に仮面をかぶり直す。そして咳払いした後、うずくまるニーアの頭に手を軽く乗せた。
「お待たせ」