136話 不完全な再会
玉座の間を前にして一行は歩みを止め影に紛れた。玉座周辺には騎士がその奥を守るように布陣していた。
「で、たぶんあの奥に入ってったみたいだけど王様は」
レインシエルは落ち着きを取り戻した玉座を見据える。
「あまり流暢に構えているわけには行きませんね……」
メレネイアはグローブにマナを込めて、距離は遠いものの初手としては充分な混乱を与えられると考えた。
「では、一気にいきま――――」
「待て!」
ダーナスが手でメレネイアを制止する。再び騒がしくなったからだった。
騎士の列が割れ、奥から人がわき出てくる。
「ジェイル……まだ無事のようですね」
そこから両手両足を縛られ抱えられて出てきたのはジェイルだった。床に投げ飛ばされうなるジェイルを見て無事だと分かると息を吐いた。
だが、まだ出てくるようで幾分丁重に扱われるようにもう一人はゆっくりと床に置かれた。
「あれは――――」
「まさか国王自ら出向くとは勇敢か、愚王か。まあいい……。あまりこの手は使いたくはなかったが」
グレイは自らの剣を抜き、意識を取り戻したばかりのジェイルの首筋に突き立てる。
「つめたっ!? て、なんだあ!?」
首筋に当てられた剣の冷たさと同時に意味不明な状況にジェイルはわめく。
「……こんなのが私達と戦争しているとは信じたくもないが……噂通りか」
「なに勝手に失望してやがんだ! ってお前、グレイ・ユーフェル!?」
ようやく事態を理解しようと瞳が動く限り見渡し、目の前で膝をついてうなだれるウィルに気づく。
「ウィルか……? ひっでえ傷だな……」
「他に言うことないのか……?」
ジェイルは血まみれとなったウィルに驚きはしたが、むしろ冷静に立場を把握できた。自分が完全に人質になっていることに。
「お前……ウィルか……?」
もう一つ、気づいたことがそのまま口に出てしまった。グレイはその様子を見て唇をかんだ。
「影武者とでも言うのか……! 答えろ! お前はウィル・S・リベリではないのか!」
ジェイルの首元から一滴、血が膨れ上がる。
「……ウィルの体ではある……オルリとは一枚岩ではないようだな」
オルリという言葉にグレイは忌々しそうに顔を歪めた。
「オルリだと……どこまで人を愚弄すれば気が済むのだ」
それは憎しみ、恨みがにじみ出ていた。怒りからかグレイの剣が小刻みに震える。身の危機から精一杯首をよじりえぐられるのをジェイルは回避していた。
「グレイ、落ち着け。その話は後だろ?」
見守っていたサーヴェが震える手を掴む。グレイは次第に落ち着きを取り戻す。
「すまない……」
「次の手があるだろう」
「そうだったな……」
「次だと……?」
ウィルは首をもたげまだ諦めていない二人の表情を見た瞬間、それはやってきてしまった。
「――――ウィル兄!!」
皆、その声の方向に振り向く。玉座から見下ろした先にウィルを見つめる少女が、その後直ぐに、ぞろぞろとその仲間達が姿を現し見上げた。
「あーもう、いつぞやといい、ほんと兄妹似たようなもんだね」
レインシエルは呆れながらも双剣を抜き構える。
「あの時とは逆ということですか。一人余計な者もいますが」
メレネイアはグローブにマナを込め準備する。
「ほらな」
それが次の手なのだろう。その乱入にもサーヴェとグレイは涼しい顔だった。驚く様子など微塵もない。
「ニーア……」
ウィルの頭にエヴィヒカイトでの一件が思い出される。かつてそこにいたのはウィルだった。今度は逆にニーアに助けられる状況に入れ替わっていた。
しかし、伝えなくてはならなかった。目の前にいるのは記憶を共有しているだけの別人ということを。こうなっては仕方なかった、次の標的がニーアであると分かった以上、引いてもらうしかない。
「ニーア!! 俺は……我はウィルではない! フォルテ……フォルテ・リベリアだ!! お前の望む兄ではない! 助ける義理はない! 引け!」
力を振り絞るようにウィル、フォルテは叫んだ。兄ではないことを伝え引いてもらうために。ニーアは一瞬たじろいだものの腰に手を当てふんぞり返り、胸を張り息を目一杯吸い込む。
「……んなことは分かってるわよ! ばれないようにしようと思ったのに気がつかないなんてほんとにウィル兄を見てきたの!? だいたい、その体はウィル兄のものなんだから引くわけないじゃない!! 馬鹿なのはウィル兄だけにしてよ!」
フォルテは言葉を失った。あまりの言いぐさとはっきりとした口調に次は笑ってしまった。
「宿主も大変だな……」
フォルテは不思議にも体に力が入っていくことに気づく。右腕は使い物にならないが他は筋肉は既に悲鳴を上げているようだが無理はききそうだった。
「……」
「グレイ!!」
同じくニーアを見て何故か呆けていたグレイにサーヴェはもう一つ急速に近づいてくる気配を察しグレイを無理矢理抱えて飛ぶ。
玉座から差し込む光が遮られ影が生まれる。その瞬間、頭上の色づけされた窓ガラスが更に割れた。
騎士達はその音の方向を仰ぎ見る。それが人間だと気づき剣を向ける前に降り立つと共に胸に刃が突き抜けた。直ぐに引き抜き背後の兵士を切り裂く。鎧は紙切れのごとく切り裂かれ鮮血が飛び散る。
フォルテは倒された騎士が持っていたウィルの剣に飛びつき、ようやく影に切りかかった騎士を逆手で突き刺した。
「お、さんきゅう」
それの表情は伺えない。仮面で顔を隠した男は振り向き、膝をついたままのフォルテの左腕を持ち上げ立たせた。
「右腕……早く直せ。ヨネアがちょうどいるからな」
残った騎士達が二人を取り囲む。床に伏したままのジェイルには目もくれず、目の前の驚異に集中していた。
「……忘れてんじゃねえ!」
ジェイルが叫ぶのと同時に縛られた両手が光り、指輪から生まれた手甲がいとも簡単に縄を引きちぎった。
「なんだ、ただ捕まっただけじゃないのか」
散々、王へのイメージを落としていたダーナスだったが、あえて懐に飛び込んだのだと分かり、策士だとイメージを塗り替えた。
ジェイルは勢いよく立ち上がる、はずだった。それは鋏を持った甲殻類かのごとく足をばたつかせたままだった。暫くして足の縄に気づいたのかその滑稽な動きは止まった。
「あ……足も縛られてんだった」
「あほだ……」
ティアがぽつりと言うとダーナスは謎のダメージで膝が折れそうになった。
無駄に騒いだせいか無視を決め込んでいた騎士も黙らせることを決め剣を突き刺そうと迫る。視線がずれたのを好機と捉えフォルテは動いた、集団を低い体勢で抜けだしその騎士の足を切りつけ、よろめいた所で左足
で力一杯に蹴り飛ばした。そして剣の持ち手を歯で噛んで支え、空いた左手でジェイルの襟元をひねり上げ、ジェイルを眼下の仲間達に向け投げ飛ばし、剣を手に戻し同じ方向へ跳躍した。
「だあああああ!!」
半ば悲鳴のように地面に近づくジェイルを受け止めたのはメレネイアの力場だった。ただ衝撃を緩和しただけで床に体を擦り付けながら静止した。
「なぜ……?」
「罰です」
メレネイアはジェイルを横目に、少し遅れて着地したフォルテを迎えた。
「……何故ほどいてやらない?」
足が縛られたまますすり泣くジェイルに首を傾げながらフォルテは縄を切る。
「お前はいいやつだな……」
のそりと立ち上がったジェイルはフォルテに礼を言った。
「そうか……?」
何故か空気が冷めたような場に意味が分からないフォルテはただ首を傾げるだけだった。