135話 一騎
煙が立ち上るのを確認したのは当然、ニーア達だけでなく周辺を哨戒していた兵も同様だった。
「船……? とにかく行くぞ!」
城壁に衝突したために距離は兵達がより近く、ニーア達より先に現場に到着する。
「くっ……俺としたことが」
メレネイア達の予想通りジェイルは無事だった。衝突の寸前でベルトを切り飛び降りたのだった。
だがメレネイアの力場による干渉もなく城の近くのためむき出しになった石畳にもろに体を打ち付け立ち上がることもままならなかった。
「大丈夫か!?」
一人の兵士がいつ次の爆発に巻き込まれるかと思い、倒れ込んだジェイルを引きずりその場から離す。
「待て待て! こいつは……」
更に一人の兵士が明らかな仲間ではないどころか、まさかの人物の登場に言葉を失った。
「……噂通りというかなんというか、相当な馬鹿なのは確かだな」
「そうだな。どうする?」
「どうするも何も捕虜だろう。さすがに一国の王をここで殺すのはまずいだろう。責任とりたくないし」
「そ、そうだな。とりあえずオルゲン騎士団に引き渡す、だな」
「よし、そっち持ってくれ」
意見がまとまり兵達は敵国の王の脇と足を抱えそのまま場内へとかけ声をかけながら消えていった。
「手慣れてる感じだねえ」
レインシエルは物陰からその様子を見守っていた。
「どうする?」
ニーアは眉間にしわを寄せて悩むメレネイアを見上げる。
「まあ、警備もいなくなったということで後に続きましょう。目的地も気になりますしね」
周囲を警戒し他の兵がいないことを確認すると素早く暗がりの城内へと皆進んでいった。
「だから仮にも王だと……」
ダーナスだけは釈然とせずぶつぶつとイストエイジアという国を憂いながら最後に消えた。
暗がりを3人の兵士は息を合わせて王を運んでいく。
「えっほ、えっほ……つうか、俺たちこの先言っていいのか?」
「ほっ、ほっ……なんだよ。イストエイジア王を捕らえたんだそ。昇進はあっても怒られることはないだろう」
「いっちに、いっちに……正直この先に何があるか気になるしな。ちょっとくらい覗いたとしても許されるって」
『……行こう』
三人はこれからの昇進と沸き立つ好奇心に心躍らせ足を速めていった。
「……あほ共」
「えっほっほ……なんか言ったか?」
「ほっほ……いや?」
「いっちに……何も? 疲れてんだよ」
『……休暇申請しよう』
三人は砂浜でのバカンスを夢見てひた走った。
――――
「猊下、交戦が始まりました」
旗艦との通信を担う兵が端末から寄せられた連絡をグレイに報告する。
「わかった。保険が必要になるまで足留めしておけ」
グレイは眼前で剣をぶつけ合い火花が舞う二人から視線を逸らさず、冷静に言った。
「はっ!」
「サーヴェ! 時間はあまりない! 楽しんでないで目的を優先しろ!」
グレイは終始にやつきながら戦うサーヴェを急かす。サーヴェは残念そうに眉を下げると一旦距離を取り、グレイに背中を向ける。
「どうだ?」
「拍子抜けってところだな。一人だと蒼の剣も出せないらしい」
サーヴェの言うとおりウィルの剣はデザインや質でいうとかなりの業物と見られるが、蒼の輝きは一切見られず、蒼眼がなければただの少年、ただのできる剣士だった。
「言ってくれる……じゃねえか」
口調を思い出すかのような話し方には二人は初対面だったのもあり違和感を持たない。むしろ余裕がないようにも見えた。
「そんじゃ、行くぜ。蒼眼よう!」
サーヴェは片刃の剣を半円を描くように自らの頭上へと構える。サーヴェを中心に空気が張りつめる。その気配を察したウィルは右手の剣を左腰に抱え、身を沈ませた。
「いいねえ……」
互いの一撃で勝負が決まる。その単純さにサーヴェは素直に喜ぶ。
「すぅ……」
ウィルは静かに空気を肺に取り込み、そして、止めた。
二人の姿は瞬きの間に消え、開けた瞬間には互いに零距離に肉薄し二度目の瞬きで互いに背中を向け位置が入れ替わっていた。
「なめなくて良かったぜ……」
サーヴェは膝を落とす。たがその顔は充実感と達成感に満ちていた。
「まさか……」
ウィルも膝を落とすとそれとほぼ同時に右手にあったはずの剣が地面に突き刺さる。その右肩からは真っ赤な鮮血が吹き出した。ほど近くにいたグレイはその返り血を顔に浴びるが微動だにしなかった。まるでそうなるのを確信していたかのようだった。
「右腕ごと飛ばすつもりが、その前に俺の首が取られるとこだったわ」
サーヴェの首に入った一筋の切り傷から血が垂れ、指で拭うと浅かったようで直ぐに止まった。ウィルは右肩を押さえるが血が止まることはなく、右腕はだらりと垂れ下がり、指先から落ちた血が溜まっていく。
それでもウィルは方向を変え、よろけながら剣を拾いに走る。左腕を伸ばした所で剣はウィルではなく、グレイによって引き抜かれた。
「そのまま寝ていろ」
グレイは右足でウィルの右肩を蹴りつける。
「ぐあああああ!!」
痛みの大波がウィルを飲み込み、立ち上がることすらできずその場に倒れ込んだ。
「そこで見てるがいい。一応それまでは死んでもらっては困るからな」
冷たい視線をウィルに投げ、グレイは顔についたウィルの血を擦り付けるように左手で拭う。
「……やめておけ……それは人間の……に使うものではない……」
「ふん、兵器とは使うためにある。それが前時代のものだろうが使えるものは使う。戦争を終わらせるために」
グレイはそのまま光が滲む巨大な扉に近づき、ウィルの血がついた左手をつく。右手で手帳を開き記述を読み上げる。
「認証コード、RHLG001……」
読み上げた途端、扉の光がグレイの左手に集中し読みとるかのように上から下へ光の線が流れていく。すると扉の前面に赤い光の文字が浮かび上がる。
「……どうした?」
グレイの様子がおかしいことに気づきサーヴェは血糊をふき取った剣を鞘に納め隣に立つ。
「まさか、そんなはずは……」
焦ったようにグレイは再び左手を押しつける。先ほどと同じように光が過ぎ、そして同じ赤い文字が浮き出る。
「ばかな……!」
グレイは手帳をめくり、血がつくのも気にせず、そこに記述された文字と浮き上がった文字を見比べる。
「認証エラー……登録情報に該当なし……だと」
もう一度、左手をつける。しかし結果は同じでその認証エラーを示す文字が浮かび上がるだけだった。
「お前、どういうことだ!」
扉を後にしグレイは早足で近づき仰向けに倒れたウィルの襟元を掴み上げる。
「……どうもこうも、見た通りだろう……」
ウィルは掠れた声でグレイをあざ笑うように笑みを浮かべた。それがかんに障り左肩をえぐるように掴む。
「があああ!」
痛みでウィルは顔がゆがむ。
「お前の血が登録されていたはずだ!」
「……エヴィヒカイトで見たのか?」
「……!」
それは図星だったようでウィルから手を離す。背中を打ち付けたウィルは咳き込んだ。
「どこまで知っている……?」
「貴様達以上に……だ」
そこでようやく違和感に気づいた。その口調が少年のそれではなくまったくの別人のようだと。
「お前は……誰だ――――」
「ユーフェル様ああ!」
そこで、地上への階段から場違いな大声が聞こえてきた。
「おまえ達! 哨戒任務はどうした!? 一般兵は立ち入るなと命令だったろう!」
入り口を抑えていた騎士は制止も聞かず入り込んできた三人の兵士と抱えてきた人間に驚き、言いように押し切られてしまった。
「なんだ! 些細な報告なら後にしろ!」
「イストエイジア国王を捕縛しました!」
それを理解するのにウィルを含め一同、時間がかかった。