130話 消息
ようやく決が下された時には既に旧スルハ国に進んだアストレムリは布陣を敷き終わり、万全の体制だった。
ニーア達がその知らせを聞いたのは、更に後になってからだった。
場内の一室にアルフレドと共にミリアン国に戻ったラプタ、そしてユーリ、アイリを除くニーア、レインシエル、メレネイア、オルキス、ダーナス、ティア、更にプルルの 蒼の一行は集められ、一連の出来事をイリアがぎっしりと文字が積められた綴りをめくりながら、淡々と報告した。
「と、言うことです。皆様に報告が遅れたのはこちら側で対応する予定だったからです」
「つまり、その予定が変わったと」
アドルの順調な快方に向かっていることもあり、時間のできたダーナスもこの場にいた。
ダーナスの発言にイリアは首を縦に振る。
「はい。アルフレドがミリアン国との交渉に出向き不在、国王はあんななので自ら陣頭に立つと息巻いており、こちらの説得も無駄に終わりました。まああの人がいなくてもヘクトリーセ様がおられればまったく問題なしです。むしろ王を交代したらいいのです。そちらのほうが私も余計な気苦労せずに済むのに……」
「イリアさん。話ずれてるずれてる」
国王への不満をたらたらと述べ始めたイリアにレインシエルが口を挟む。正気を取り戻したのか恥ずかしそうに咳払いをすると姿勢を正した。なかったことにしたいようだった。周りに国の関係者がいないのを確認すると少しほっとしていた。
「……では、本題です。皆さんにはジェイル国王の護衛兼目付役を依頼したいのです」
「目付役って私らは保護者かっての。わざわざ頼みにきたってことは誰も適任がいないってことだろうけど」
ニーアは呆れた表情を浮かべ頬杖をつく。
「お察しいただき感謝します。私が同行するということも考えましたが、国王が止めている陳情の処理と各国との調整もあり、ヘクトリーセ様に押しつけるには心苦しい状況でして、そもそもあの人が自覚を持って定期的に処理していればこんな事にならないのに、この間も窓から抜け出したんですよ。捜索に出したら街の酒場で勝手に宴会してたようですし、それも国持ちですよ。自分の金で出せと断った時の泣きそうな表情には胸がすかっとしましたが、ヘクトリーセ様には申し訳ありませんが――――」
「はいはい、戻って戻って」
またもつらつらと不満を口に出すイリアをレインシエルが止める。また咳払いで涼しい顔に切り替えていたが、さすがに無理と気づいたのか、すみません。と陳謝していた。
その護衛の是非をイリアは待った。気づけば皆の視線はニーアに注がれていた。リーベメタリカでの協議の際、好きにやると宣言したことは周知の事実となっており、ウィルが不在の中、実質のリーダーはエファンジュリアたるニーアに半自動的に定まっていた。
「まあ、あのお調子者の王様と同行するのは構わないよ。けど……」
ニーアの詰まった言葉の続きを誰もが察する。それは皆がニーアに決定を委ねた理由でもあった。
「ウィルさんですね」
イリアも察しておりニーアの代わりにその名前を出した。
ニーアの表情は暗く沈む。
この数日、待ってはみたが帰還の兆しが現れることがなかった。
ルイノルドと別れた際に言われた、やるべきことをやれ。その言葉が楔の解放を意味しているのだと想像はついていたのだが、どうにも行動に移すことができなかった。ウィルの背中が見えていたからこそ進んできた道だった。リーベメタリカでの会議の場では感情的になり強い言葉を使ったが、裏腹に不安で押しつぶされそうだった。それほどまでに兄の存在は大きかった。
「後出しで恐縮ですが、だからこそあなた方に依頼をかけた理由なのです。王の監視はこちらの都合ですので」
「……どういうこと?」
ニーアは顔を上げる。イリアはニーアを見つめる。子犬がすがるような弱々しい目つきに会議の場で勝ち気だった彼女とはかけ離れている姿に過去の自分と重ねてしまい、少し間が空いてしまった。
「……アストレムリ軍内部に潜伏している諜報部隊によると、スルハに駐留している軍の通信記録にこの画像があったと」
紙の綴りを置き、服から端末を取り出し、軽く端末の画面を叩き机の上に置く。ほどなくして浮かび上がった画像にニーアは目を離せなくなった。
「これ……!」
ニーアの様子の変化に皆、集まり、拡大しすぎて多少荒くなっていたが、映っている人物に絶句する。
「……やはり間違いなさそうですか?」
イリアはニーア達の反応に確信し間違いなかったことに胸をなで下ろす。
「うん……ぼやけてるけどこの横顔……ウィル兄! どうして!?」
ニーアの様子は一転し表情に血が巡った。それは、砂にまみれた城の影に消えようとする少年の姿だった。
服装は別れた時とは違い、舞い上がった砂塵でうっすらではあったが、蒼い模様が見える外套を羽織った出で立ちで、風でフードが外れた瞬間を捉えた画像だった。その横顔と雰囲気からニーアは兄だと確信していた。
「そう。ニーアさんに見せれば確信できると思いましたが、正解だったみたいですね。私たちが判断したのはその服装が、メレネイアが着ている服装と同じではないか思ったからです」
ニーアはメレネイアの蒼の紋様が刺繍された長い外套と画像のウィルとを見比べる。それに関してはメレネイアが力強く頷いた。
「これは同じのようですね。ルイの物を借りたのでしょうか? だとしたら彼とは別行動なのでしょうか」
エファンジュリアの解放を誓いの証であるフード付き外套、特にわざわざ蒼を刺繍したものは蒼の災厄の畏れから着ている者も新しく作ることも皆無だった。
「それですが、どうにも解せないのです」
イリアは眉間にしわを寄せる。彼女には紐解けない謎があった。
「どうゆうことですか?」
「――――盗人がいる!」
オルキスがその意味を確かめようと顔を上げた瞬間に部屋の扉が乱暴に開け放たれた。あまりの唐突さにオルキスは驚き声にならない声を上げてダーナスにすがりついた。
その様子を気にとめることなく現れたのはイストエイジア国王、ジェイルだった。