13話 誰が目的、理由
ウィルは淡々と話した。
自分でも不思議であったが、話していくうちに今の現状が現実だと受け入れているからだと気づいた。
ウィルは第7次世界文明「フェルペルディア」、「ユーフェル」はウィルにとっては第6次世界文明で、つまり、過去の滅んだはずの世界であること。フェルペルディアからこの大陸は絶対不可侵領域と呼ばれていること、兄、妹、ここには親父を探しに来て妹を救いにいくことになったことを思い出せる限りで話した。
「……信じられない」
ウィルの話を聞いてやっと口を開くことができたのはレインシエルだった。メレネイアはずっと何かを考え込んでいるようで口を開く様子はない。アルフレドは目を細めたまま何を考えているかわからない。口元には薄く笑みすら浮かべているようだ。
「……ふむ、非常に面白い話ですね。だとするといつかはわかりませんが、文明が終わるということですか」
「まあ、そうだけど、文明がいつ終わったかはわからない」
アルフレドはその答えにさらに笑みを浮かべる。
「だからどうだ、ということはありません。あなたはニーアを助け、父親を見つける。私たちはそれを手伝う、ということだけです」
メレネイアはきっぱりと言い放った。ウィルは、そもそもの疑問にたどり着く。
「別に怪しいとかじゃなく純粋に聞きたいのですが、どうして俺に協力してくれるんですか?」
メレネイアは一瞬だけ眉を動かし反応した。
「それは……」
「その認識は違いますよ。実際にはあなたがいようといなかろうと事を始める予定でした。我々は、言うなればテロリスト……ですかね?」
メレネイアが答えようとしたがアルフレドが遮る。
「ほうほう……え? テロリストー!?」
大声を張り上げ驚愕したのはウィルではなくもう一人レインシエルだった。
「お母さん、テロリストだったの!? 冒険者は!?」
メレネイアに詰め寄る。メレネイアは眉間にしわを寄せて、左手をレインシエルの顔に当てて踏み込みを抑える。
「アル……誤解を招く言い方はやめなさい。」
「それは失礼。ただ立場が違えばテロリスト。こちらがどれだけエファンジュリアを解放するための組織だと言ってもね」
アルフレドは少しだけ息を吐く。
「エファンジュリアを解放? どういうこと?」
「……エファンジュリアに選ばれると人並みの生活はできません。望まぬ生活をして……引退しても家族の下へは戻れません。私たちは昔、先代のエファンジュリアと縁があって旅をしたことがあります。護衛として雇われたのです」
アルフレドの代わりに話すメレネイアの口調はところどころ言葉を選んでいるように感じた。ウィルはそれに気づきながらもただ重さだけを感じていた。それから、メレネイアは自分たちの過去をところどころ省きながらウィル達に聞かせた。
「……というわけで、思うところはあるでしょうが、最後まで付き合っていただきますよ」
ひとしきりメレネイアが話した後、最後にアルフレドが締めくくった。
「わかってるよ」
ウィルは即答する。ニーアを助ける。それは揺ぎ無い。ただ今の話でそれがさらに強くなった。だが、それはニーアでなかったら迷っていたと彼は考えていた。
満足そうにアルフレドは頷く。
「というわけで、神託祭は明日です。段取りを頭に叩き込んでください。それと、聞いたところによるとウィルさんはアーティファクトを起動できないみたいですね?」
馬鹿にしているのかとウィルは思ったが、表情からするにそんな感じではなかった。ウィルの意外そうな表情に気がついたのか、アルフレドはにこやかに笑ってみせる。
「ああ、別に使えねえなとか戦力外とは思ってはないですよ?」
前言撤回、完全に馬鹿にしている。
「一度みせていただけますか?」
「へいへい」
ウィルはぶっきらぼうに答え、懐からナイフを取り出す。
レインシエルがにやにやとウィルを眺めているが、全力で無視する。
まずはイメージ、体内のエネルギーを武器に送り込む。そして引き抜く!
「うおお!」
……レインシエルだけ拍手していることがむかついた。
「とまあ、変化なしですよ」
アルフレドはさっきと違い本当に馬鹿にしている様子はなさそうだ。
「仮に未来からウィルさんがやってきたということをそのまま受け止めるならば、フェルペルディア人、と言うことが正しいかはわかりませんが、人体の構造に違いがあるのかも知れません。」
「つまりこれは才能ではないし、俺がポンコツということではないということですね!」
安堵した表情で、グッと握りこぶしを振り上げる。
「ただ、妹君がエファンジュリアに選ばれたということは、必ずしもウィルさんがポンコツでないということにはなりませんね」
「と、いいますと」
ウィルの振り上げたこぶしが顔の前ほどへと下がる。その様子を見ながらアルフレドは続ける。
「そもそも、この世界にはアーティファクトを起動させるための粒子が空気中に存在しています。一般的には伝承に則り、マナやら魔素と呼ばれているものです。空気と同じく私たち人間にもマナを取り込み、体を巡る機構があります。血流と思ってもらってかまいません。種類にもよりますが、アーティファクトには空気中のマナを取り込むものと媒体中のマナを取り込むものが大部分を占めています。エファンジュリアはその体内マナの保有量がまず飛びぬけている。つまり、エファンジュリア候補の兄ともあろうものが、本来マナを使用できても良さそうな人間が自分のマナを使用できないということです」
「……いや、ニーアが特別で、俺が一般的なだけでは?それに最初はある兵士に預けたらそのまま使えたし!」
喜びが抜けていき拳が胸の前まで下がる。
「起動のみできる、ということが中途半端なのです。起動そのものにもマナは使いますからね。あ……! ああ、わかりましたよ!使えない理由が!」
アルフレドは手のひらにポンと握った右手を落とす。
「教えてくれ!!」
ウィルは食いつく。拳はまだ高さを保っている。
「そもそもマナ保有量が起動できる分だけしかないのです。例えるなら、砂糖ひとつまみとかそんなレベルですね」
疑問に答えが出たのでアルフレドはいつもの笑顔だった。
「まあ、剣はそれなりだから頑張ろう?」
話を終始聞いていたレインシエルに励まされると、振り上げた拳は力なく地面と向き合っていた。