129話 盤上、王から動く
アドルの介抱のためダーナスはつきっきりとなり、その数日で世界は次なる舞台を用意していた。
その知らせはミリアン国へアルフレドがフィドルと共に渡っている最中だった。
「ジェイル国王陛下!」
謁見の間に一人の伝令が息を切らしながら入ってきた。イリアとのスケジュール確認をしていた矢先であった。
「まずは落ち着け。だいたいは予想ついている。動いたんだな」
ジェイルは王座を立つ。伝令はせき込みながら膝をあげる。
「はい、アストレムリ軍が侵攻を開始しました!」
「よりにもよってこのアルフレドがミリアンにいるタイミングか。ミリアンへの報復か?」
ジェイルは攻めるならば大義名分のたつミリアンだと踏んでいた。しかし、伝令は首を振る。
「いえ、それが南西部旧スルハ国へ侵攻したと……!」
「スルハだと!? スルハラ砂漠地帯なんて戦略的になんの意味があんだ? それにあそこはもう国としては機能していない地域だぞ」
その回答は予想外だった。
テイントリア南西部スルハラ砂漠。かつてスルハ国と呼ばれた国も今では亡国となり、戦略的にも資源の面でも意味をなさない地域だった。
「あえて迂回して避けるような動き、いや、そんなことが」
隣で報告を黙って聞いていたヘクトリーセ王妃は思い当たる節があるようだった。
「リーチェ、なんでもいい。考えを言ってくれ」
その様子に気づいたジェイルは振り向き続きを促す。
「それがなんの意味があるのかは正直わかりませんが、あそこは十年前のーー」
そこでジェイルは思い出した。十年前、そこでなにが起きたかを。そしてその数年後に繰り返された悲劇。
「結界破りと異端粛正の地……くそ、アルフレドが居ればそれなりな検討がつくもんだが、なんにせよ見過ごすわけにもいかねえ。イリア、すぐにリーベメタリカへ迎撃の発議を出す。後手に回るのはしょうがねえ」
「畏まりました」
イリアは頭を下げその場を足早に出て行く。
リーベメタリカとしての行動はその特性上、決議によってしか連合軍を動かすことは叶わない。それでは後手に回ると改善を検討していた最中であった。
アルフレドの不在と急造組織の弱点を見透かされているような感覚があり、ジェイルは冷や汗を流した。それと、その状況でミリアンや参加各国への侵攻ではなく、あえてのスルハへの侵攻がどうしても腑に落ちなかった。
ーー
聖帝グレイ・ユーフェルは飛行戦艦の司令室、ブリッジでせわしなくパネルを操作する船員を見下ろし、正面に大画面の映像を眺めていた。
「猊下、指揮は俺、いや私がやりますので到着まで休め、じゃなくてお休みになられたらどうか?」
「サーヴェ、聖帝直属の騎士になったからって、言葉遣いまで変えなくていい。そんな教養ないだろうに」
グレイは顔だけを後ろに向け、笑って見せた。正面を向いていた時とは違い、素直な表情は年相応の若者にも思える。
「いや、そういうわけにもいかんだろ、歴代のユーフェリアン・ガードを差し置いてここにいるんだからな。少しはカッコつけさせろよ」
既に口調が崩れていることに後から気づいたようだが、それ以降、砕けた口調に決めたようだった。
「まあ、ライアン殿みたいなお方もいらっしゃる。今更気にしても仕方ないだろう」
「そらそうか。あの人は気持ちよく迎えてくれたからなあ。他は無愛想な奴とエロい姉ちゃんと妙に堅苦しい女みたいなガキンチョだしな。なんでもありだわ」
サーヴェは指を一つ一つ起てながらそれぞれのユーフェリアン・ガードを思い出す。
ここでは軽口を叩くものの正面から挑めばただではすまないことは任命式の際、相対した時に実感していた。それ故、戦ってみたいとの気持ちも高ぶったのだがそれは口には出さない。
「オルゲン騎士団もそっくり移したようなものだから、ジオネトラ殿が父上付きの騎士団との折衝に回ってもらったが、あれはさすがに申し訳なかったな」
ディエバの時代に権勢を震っていた騎士や要人達はグレイによって解体され、新たな組織としてオルゲン騎士団を筆頭に組み替えられた。もちろん既得権益の喪失を恐れた諸侯の反発はあり、それの制圧を秘密裏に、あらゆる手段で実行した。敵国に対しての消極的な戦闘は内部制圧を優先する目的もあった。
「ジオのおっちゃん、見るからに痩せてたぞ。辞めるんじゃねえか?」
各方面の調整に駆けずり回っていたジオニトラは将軍にも関わらず自らが頭に立ち働いていた。そのせいか顔を合わす度に痩せていたのだった。
「将軍はやめないさ。あの人の国への忠誠は確かだし、父上の側近を残したことで一応の面子は守られる。その点、尽力してくれたということは本人も自覚の上さ」
「かーっ、悪い奴だな」
サーヴェはグレイの頭を乱暴にかき乱す。そのやり取りに他の船員はさすがに凍りつくが、グレイは気にする様子はなかった。
「何を見ている。怠惰は懲罰の対象となるぞ」
グレイは目つきを鋭くさせ一変した雰囲気に船員は目をパネルに戻しせわしなく動いた。
「猊下、目標ポイント視認距離に入ります」
船員の一人が報告する。
「ご苦労、ロウファ君、映してくれ」
ロウファと呼ばれた若者の船員は名前を覚えてくれていた事が嬉しくなり、より声量を増した。
「はっ! メインモニタに表示します!」
正面の画面が切り替わり切り替わるごとに拡大していく。一面砂漠の景色に明らかな建造物が映し出される。砂に半分まみれたそれは旧スルハ王国の城だった。
「さて、父上。あなたの残したものはこの私が有効活用させてもらいますよ。オルリに、ミュトスに踊らされたあなたとは違うということを見ているがいい」
城を見据える目は静かに怒りに燃えそして、自信で口元が歪んだ。
「全ての駒は、僕……私の手に」